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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第五章 バステリト王国
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第三十五頁


 メグルを探した時に、城内は何度もぐるぐる回ったから、もう大体の構造は記憶している。


 一旦、謁見の間と入口へと繋がっている広間を抜けて、通路を真っ直ぐ行けば兵団長室だ。


「アイルズ? いるかー?」


 扉をノックすると、アイルズは静かに出てきた。


「スグルくん、静かにね」

「お、おう」


 扉の音が立たないよう、アイルズは閉めた。


「まあ、とりあえず座ってくれよ」

「ああ……」


 言われるままに座った。

 だが、数時間前のように深くは腰かけない。

 アイルズには悪いが、俺ははやく風呂に入りたいのだ。

 すぐにでも本題に入ってもらおう。


「確か、大事な話があるとか言ってたな」

「そうなんだ。実は、スグルくんにこの国に来てもらったのはそれが真の目的でもある」

「真の目的?」

「早い話が、七護と幻魔の事についてなんだけどね」

「…………」


 七護と幻魔。

 そのキーワードだけで、どれだけこれからの話が重要なのかがわかる。

 それらは、もしかしたらこの世界自体に関係する存在なのだから。


「……どんな話なんだ?」

「さすがスグルくん。その様子だと、この話がどんなものなのか理解しているようだね」


 アイルズは、ラランに出した物と同じクッキー、それと紅茶を出してくれた。


「長い話になりそうだからね。遠慮せずにどうぞ」

「ありがとう」


 せっかくだからと、紅茶だけ一口啜っておいた。


「じゃあ、さっそくだけど、七護は幻魔という魔物に消されたというのは本当なんだね?」

「ああ、戦ったけど七護が負けて、それで……」

「その幻魔という存在は何か言ってなかったかい? 七護についてでもなんでもいいんだ」

「何かって言われても……」


 まずは俺が異世界人だということに驚いて、それで後は戦闘が好きな奴だったとしか……。

 いや、幻魔ではなく七護が言っていたことを思い出すんだ。


 確かイタチは、俺が幻魔から七護を守る存在だと言っていた。

 そして、幻魔自身は、自らを七護を消滅させる存在だとも。


 しかし、それの何処から話したらいい?

 まずは俺が異世界人だということを話さなければならないのか。


「……幻魔は、七護を消滅させる存在だと言っていたな」


 とりあえず、アイルズの質問だけに答えておいた。


「七護を消滅させる存在……」


 俺の返答に、アイルズは何か考え込んでいる。


「何か、覚えでもあるのか?」

「スグルくんは、七護の伝説はもちろん知っているよね」

「え、あー……」


 伝説、と言われるといまいちピンとこないが、世界には七護という七つの存在がいて、それぞれが世界を守護しているということでよかったんだっけか?


「まあ、うん……」


 分からないとなると、俺が異世界人だということを説明しなくてはならなくなるから、少量の知識ながら知っているということで頷いておいた。


「それで僕は、少し前に城の図書館で古文書を見つけたんだけどね。その古文書が七護伝説の一部について書かれた物だったんだ」

「それが、どうかしたのか?」

「……また質問になるけど、スグルくんは七護がどうやって世界を守ってるんだと思う?」


 また突拍子もない質問だな。

 異世界から来た俺に、そんなことが分かるはずがない。


 しかし、一方でそれは俺も気になっていたことでもある。

 いつかのおじさんが言っていた。

 七護は世界を本当に守ってくれているのか。そうならば、どうして魔物が増える一方なのだ、と。


「七護は……世界なんて守っていないんじゃないのか」


 俺もそう言わざるをえなかった。

 だが、何もその答えはたった一人の意見を参考に導き出したものではない。

 七護自身が俺に放った言葉。


 お前は七護を守るために呼び出された。だから戦え。


 そんな言葉だった。

 七護は守ってくれる存在なのではなく、守られる存在だと思っても仕方がない。


 だが、アイルズの顔はそうではないと言っていた。


「まあ、僕らこの時代の人間たちは、古文書を書いた人々が生きていた時代のように、七護に触れる機会も目にする機会も無いからね。その恩恵を受けているのかどうかなんて一切分かるはずもない。ただ、現実的には、それでも七護は僕らを守ってくれているようなんだ」

「どうやってだ?」

「それは、膜だ」

「膜?」


 どうやって守っているのかという質問に対し、膜。

 答えになっていない。


「なんだよ膜って」

「まあ、膜って言ったのは喩えだけど、膜の様な物を七護たちは創ったんだ。この世界にね。その膜っていうのが、虹さ」

「虹? もしかして……」

「そのもしかだね。僕らにはとって当たり前のように存在している、空のあの虹さ。あれは、雨上がりに出る物とは全くの別物だ」


 そうだったのか。

 始めの頃、空を見上げた時にずっと不思議だと思っていた。


 朝も昼も、ずっと空には薄い虹色が映し出されているのだ。

 夜だって、月の光が虹の色を透過していた。


 俺は、この世界が異世界だから、単にそういうものなのだと思っていたのだが。


「古文書によると、あの虹の膜は(レイン)(ボーダー)と呼ばれていたらしいんだ」

「そうなのか。けど、結局は何から世界を守るために、そんな虹を張るなんて大層なことしたんだ? 魔物だってたくさんいるじゃないか」

「それは……。実を言うと僕にもよく分からない……」

「なんだよ……」


 だが、これは少なからず有益な情報なのではないだろうか。

 俺は七護を守るために七護に呼ばれた存在であり、その七護は昔から今に至るまでしっかりと世界を何かから守っていた。

 となると、やはり俺も七護を守るという使命? なのかは分からないが、全うする必要がありそうだ。


 ようやく、俺自身の旅の目的が出来たということでもあるのか。

 ただ、一つ疑問が。


「どうして、その話を俺にしたんだ? しかも、大事な話だなんて……」

「実は、ここからが本題なんだけど……」


 まだ本題じゃなかったのか……。


「……もちろん、僕にも七護が何を守っているのかは分からない。それでも、幻魔なんて七護と敵対する魔物が現れたということは、やはり七護が境虹をいまだに張っているのは何らかの理由があると思うんだ。それを、僕は失くしてはならないと思ってる。失えば、世界は恐ろしい事になるかもしれない……」

「恐ろしいこと……」


 確かに、考えてもみれば、何の意味も無い行動を七護がしているとも考えづらい。

 七護が存在しているのにも、ちゃんとした意味があったということだ。

 だが、その境虹という世界を覆っている膜が失われた時、世界はどうなるのだろう。

 それに、七護の中の一つはすでに……。


 俺が言いだす前に、アイルズが俺の手を握って来た。


「七護の一つはすでに消失してしまったんだ。これは、単なる序章に過ぎない。だけど、今でも世界に危険が迫ってるかも知れないんだ。だから、スグルくんにお願いがある」

「お、お願い?」

「ああ。僕は国を守ったり王の命令を受けたりしなければならない。他国と争っている場合でもないと思うし、できる事なら僕が七護を守りたいんだ。守って、世界を魔物の手から救いたい。けど、やっぱり今の僕にはこの生活を捨てる結城なんかない……。だから……」

「だから、俺に七護を守って欲しいってことなんだな?」

「そうなんだ……。引き受けてくれるかい?」


 言われるまでも無く、それは俺の仕事らしいからな。


「ああ、もちろんだ。と、言いたいところだが……」

「だ、駄目かい?」

「いや、ちょっと気に食わなくてな?」

「ご、ごめんよ。僕が図々しいばかりに……」


 アイルズは、握っていた手を離し、俯いてしまった。


「いや、そういうことじゃないんだ。ただ、世界の命運がかかってるかも知れないんだろ? だったら、それを王に言えばいいじゃないか。仮に世界の危機とかってのが世界の消滅だとする。なら、国が存在していたって意味が無い。王様だって、分かってくれるんじゃないか?」

「そうかもしれないけど……」


 目の前の兵団長さんはやけに小さかった。


「分かってくれないなら、無理に従う必要だってないんだぞ? 自分が正しいと思った事をやればいいんだ。周りに流されて嫌々やっていても、後で絶対に後悔することになる。失敗した時なんかは特にな。ああ、あの時、自分の信じた様にしておけばよかったって。それに、アイルズはみんなに信頼されてる。いざとなれば、王様の命令なんか関係なしに民も兵も動かせるはずだ」

「……ははは。……スグルくんは、まるで革命家のようだね。荒っぽいけど、まったくのその通りだ。自分で考えて行動しなくちゃならないよね。でも……」


 依然として、アイルズは視線を落としたままだ。


「僕にはやっぱり、王に逆らうなんてできないよ。あんな王だけど、ちゃんと本国の皆は養ってくれているし、僕もその一人だ。もちろん、もしかするとそれは未来の王自身のための投資なのかもしれないよ? でも助けてもらってる事実は変わらない。王は、僕らの様な同族にはそれなりに優しいし……。だから、あんな公爵を助けるようなこともしちゃうんだろうけど……」

「そうか……」


 俺は、ずっとアイルズの様な出来た人間が、どうしてあんな王の下で戦争を起こしたり、身勝手な推測で出張に出たりしなければならないのかと考えていた。

 だから、この機会に脱却できる機会を設けてやろうとでも思ったのだけど。


 まあ、失敗とは言わない。

 アイルズが決めた事なのだから、そのアイルズ自身をも否定するようなことは止めよう。


「まあ、僕だって戦争はしたくない。これまでだって、ほとんどの国は交渉だけで済んできたんだ。今回も、ルクリエイトには書状を持たせた使者を遣わすし、出来るだけ事を穏便に済ませるよ。王も、ただ他国の珍しい技術や領土が欲しいだけで、人殺しや破壊をしたいだけではないと思うからね……」

「そうじゃないと困るしな」

「……。ああ、もうこんな時間だ!」


 壁に掛けられた時計に目をやると、時刻はすでに十時になろうとしていた。

 もう、二時間近くも話し込んでいたのか。


「すまない! 旅の疲れを癒してるところだったろうに……」

「いや、いいんだ。俺にとっても大切な話だったからな。それに、今日は色々と良くしてもらった。ありがとう」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

「あと、七護の事は任せておけ」

「本当かい!? 助かるよ! 僕もいずれは兵団を連れて調査には行こうと思う。旅先で何か分かったら手紙なんかで連絡してくれるかい?」

「あ、ああ。まだ旅立ちはすぐじゃないと思うけどな」

「ご、ごめんよ。頼みごとをして急かすようなことまでして……」

「そんなに謝ってばかりいるなよ……」


 イケメン団長の癖に結構気弱な奴だなぁ。

 いや、それこそがモテる秘訣なのだろうか?

 まあいい。結局はイケメンという万能属性が付いていなければ、どんなギャップを付与しても何の意味も無いのだから。


「あ、そうだ。城の図書館ってのは使っていいのか?」

「大丈夫だよ。調べものかい?」

「ほら、さっき言ってた古文書とかいうのを俺も見たくなってさ」

「スグルくん、僕の頼みごとにそんな無理をしなくてもいいんだよ……?」

「い、いや、別にそう言うわけじゃ……」

「そうかい? スグルくんって何だか頑張り屋さんっぽいから、あまり無理をしないでくれよ。僕が頼みごとをしたばかりに、スグルくんの身に何かあったらいたたまれないからね」

「……別に、俺は頑張り屋さんなんかじゃないさ……」

「スグルくん?」

「まあ、今日はありがとうな」

「いえいえ、こちらこそ」


 図書館の場所だけ聞くと、俺は兵団長室を後にした。



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