第三十四頁
「こちらです」
使用人に連れて来られたのは、城内の一室だった。
かなりの広さに加えて、生活に必要なあらゆるものが備わっている。
てっきり、城の外にあるそんじゅそこらの宿を提供され、まあそれでもいいとは思っていた。
だが、あの王様意外とやるじゃないか。
それともあれか、お金持ち特有の金銭感覚的価値観の違いなのだろうか。
俺だって、両親がそこそこの収入を得ていたからといって、俺自身がそのお金を使ったりすることなどなかった。当たり前だけどな。
だから、実際にお金持ちの感覚というものは理解できない。
もしかして、このクラスの部屋を、「この程度」くらいにでも思っているのだろうか。
「ここ、私たちが使っていいんですか!?」
使用人はもういない。
俺に言っているのだろう。
「ああ、メグルのデートと引き換えにだけどな」
「そうでした……」
「ばいーん! ばいーん!」
ラランは、広いベッドの上で飛び跳ねていた。
「ララン、寝る前にあんまり汚すなよー」
「ばいーん! あたいのおっぱいもばいーんばいーん!」
「そういう下品なノリも止めような……」
しかし、ラランが喜ぶのも無理はない。
ベッドは一人に一つ用意されているのだ。しかも、その一つ一つが大きい。
今日は久しぶりに、首を痛めずにぐっすり眠れそうだ。
広い部屋を見渡していると、本当に何でもそろっていた。
テーブルの上には、その辺で木から取っていた果物とは別物の果物が、ナイフと一緒に添えられているし、蝋燭やランプまで必要以上に備えてある。
だが、そんな物は必要ないということに今更気が付かされた。
「スグルさん、そういえばこの部屋、どうして明るいんでしょう?」
「どしてって、そりゃあ電気が……」
何気なく、さも当たり前のように見上げた。
「電気!」
「眩しいですね~。お日様みたいです。これがデンキっていうんですか?」
「ああ……。そうだぞ」
電気だ電気だ。
俺は、半ば感涙の域に入っていた。
電気なんて久しぶりに見た。
性能こそあまりよくなさそうだが、それなりに白く煌々と輝くその丸い物体。
ああ、電気だ。
ここにいれば、夜中にでも起きていられるし、燃え移る心配もしなくていいのか。
文明の利器ってのは素晴らしいなあ。
しばらくその電球を眺めていると、メグルがまた何か発見したようだ。
「スグルさん、これはなんですか?」
今度はなんだろう。
メグルが入って行った、個室の様な所を覘いてみる。
「何か、箱みたいなのがあります」
メグルの言う箱みたいなもの。それは、
「お風呂じゃないか!」
俺の目の前に飛び込んできたのは、見るも輝かしいバスタブだった。
「これ、お風呂なんですか……。ちっちゃいです」
「どうして残念そうなんだよー。バスタブがあるってことは、ほら」
もちろん、水かお湯を出すための蛇口があった。
そして、バスタブばかりに気を取られていたが、シャワーまである。西洋風なのか、バスタブが小さめなことを除けば、十分すぎる程だった。
今までは、水浴びもそうそう出来なかったから、タオルを井戸水なんかで濡らし、体を拭いて耐えてきた。ローフタウンで宿に泊まった時だって、シャワー無しのバスタブこそあったものの、水が止められていて使えなかったのだ。
メグルたちはなんともないようだったが、俺ばかりが臭くは無いかなど気にし、旅の悩みの一、二割はそのことだった。
だが、やはりこの世界の人々は基本的に風呂が発達していないのか、風呂に入るという概念があまりないのか、皆が同様に……まあ、言ってしまうと汚い。
臭いなんかも、俺自身、慣れてしまって実際に気になる程ではなかった。
しかしだ、やはり清潔なのに越したことはない。
今日は、俺もメグルたちにも綺麗になってもらって、さっぱりとしたままベッドに入りたいものだ。
と、その時、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
扉の前まで出向き、許可を出す。
「失礼いたします」
先ほどの使用人だった。
「お食事の準備が出来ましたが、お運びしてもよろしいでしょうか?」
「え、食事までついてるんですか!?」
「はい。メグル様に運ぶように、と」
「そ、そうですか。じゃあお願いします」
「かしこまりました」
会釈すると、使用人は戻っていった。
「あの人、アイルズのこと好きなんだぞー」
ラランが言った。
「どうしてそんなこと分かるんだ?」
「匂いだ!」
「そ、そうか」
でも確かに、兵団長室に来た時はおどおどしていたな。
まあ、アイルズもイケメンでそれなりの地位だし、モテていても驚きはしない。
「そんなことよりだ。メグル! メグルのために王様が食事もくれたぞ。俺たちも食べていいよな!?」
「もちろんです」
「ご飯なのか!? あたいも! あたいも! あたいも食べるー!」
「一緒に食べようなー」
久々のまともな食事。
ここへ来てから、公爵のことを除けば、今のところ良いことずくめだ。
思えば、ラランを助け、そこから竜巻事件を解決し、アイルズに出会って王に事情を説明した。
事柄が繋がっていってるじゃないか。
これが、コツコツ頑張るというものなのか?
まあ、努力とは少し違うにせよ。俺たちの行動が、俺たち自身の未来に変化を与えてはいるようだな。
しばらく待っていると、食事はカートに乗せられて運ばれてきた。
使用人は、それを次々とテーブルの上に置いて行く。
何だか、俺たちが王族になったかのようだ。
「はやく食べたいー」
「そうですねー。でも、ラランちゃん。お行儀が悪いのは駄目ですよ?」
「おぎょーぎってなんだ?」
「大人しく座って待ってることですよ。あと、手で食べちゃ駄目です。食べにくかったらスプーン使いましょうね」
「メグル、すっかりラランのお姉さんだな」
「でへへ~、そんなおねえしゃんだなんてぇ」
「…………」
何はともあれ、本当に美味しそうな食卓だ。
上品に切り、盛られた魚や、てかりのあるソース。まさにステーキと言わざるを得ない肉や、綺麗に切り分けられたハム。野菜の盛りつけに関しては、芸術作品かとも思え、食べるのが惜しいほどだ。
メグル宛てということではあったが、しっかりと俺たちの分まで用意されていたのが、何よりも嬉しかった。
「あの王様も分かってるじゃないか……」
大方、条件を出した俺の分も用意しなければと、後から思ったのだろう。
理由はどうであれ、もう待ちきれない。
「いただきます!」
それは美味しく楽しい食事を、三人で過ごした。
◇◇◇
食事を終え、すっかり満腹になった夜のこと。
俺もメグルもラランも、部屋で好きなようにくつろいでいた。
部屋には時計もある。
時間は、まだ八時あたりだった。
壁には、カレンダーもあった。
今がどの日付なのか詳しくは分からないが、月は六月となっている。
「……?」
俺がこの世界に来たのは、十月だったはず。
もう、半年以上も経ったっていうのか?
せいぜい、二カ月ほどだと思っていたのだが。
「メグル? この世界の月日は一から十二月までで合ってるか?」
「そうですよー」
メグルは、ラランと手遊びをしながら答えてくれた。
どうでもいいが、あんな大層なドレスいつまで着ているんだろう。
まあ、いいか。
「月日の流れが同じとなると……」
もしかすると、この世界と向こうの世界の時間は同じ進み方であるものの、季節は全くの反対なのではないだろうか。
仮にだが、俺が元いた世界が十月だとする。そうすると、こちらの世界は四月という計算だ。それならば、今が六月だというのも頷ける。
極めつけは気温だ。
十月からは次第に寒くなるというのに、だんだんと温かくなることに俺は疑問を持っていた。だが、同じくらいの気候である十月と四月が入れ替わったのならば、季節が逆行しているように感じてもおかしくは無い。
俺が勘違いをしてしまったのも、恐らくはそのせいだろう。
「そうか、そうか。そういうことだったのか」
ここへきて、もやもやの一つも解決してしまった。
すっきりして、俺はベッドの上に横になってみる。
「…………」
が、やっぱり体が汚れていると不快感がある。
六月というだけのこともあって、最近は汗もかくことが多かった。
寝る前に布団を汚すのはいただけない。
そういえば、アイルズが夜に来てくれとか言ってたっけか。
やっぱり、風呂は寝る前がいいかな。
まずは、アイルズに会って来るか。
「メグル、俺、ちょっと出てくるから先に風呂入ってていいぞ」
「どこ行くんです?」
「アイルズのとこにな」
「くきー貰うのかー!?」
「貰わないって……。ま、そういうわけだから、ラランの事もよろしく。たぶん、すぐには終わると思うからさ」
「わかりましたー……」
俺は、部屋を出た。




