第二十九頁
メグルの腕のアクセが光った。
驚異の瞬発力で飛び出し、風魔に斬り掛かる。
そのメグルを待ち構えるように、風魔は攻撃をかわそうともせず、大きく長刀を振りかぶった。
メグルが、左下手から刀を振ろうとした瞬間、先に振りかぶっていた風魔の長刀が動き始めた。
「速い……?」
何かを感じ取ったのか、メグルは風魔を目前にして宙に舞い、翻った。
「ぬうんッ!」
僅かコンマの間で、メグルが到達しようとしていた地点を、風圧と共に真横に長刀が走った。
速い!
振りかぶりと攻撃の出だしが遅く見えたから、攻撃自体も遅いのだと思えた。
だが、実際に遅いのは初速だけだった。その後の長刀の加速が凄まじい。
風の力でも利用しているのだろうか。
ともかく、長刀のリーチもあるからして、あの速さには注意を払わなければ。
風魔が攻撃をからぶった直後、メグルは風魔の背後を取っていた。
しかし、その後の斬撃をいともたやすく受け止められてしまった。
長刀を逆手に持ちながら、敵ながら見事に刀身で受けていた。
「そんな……!」
メグルの表情は驚愕に満ちていた。
だが、すぐにきりっと顔つきを変え、刀と刀を交える。
互いに一刀も譲らない。
刀と刀のぶつかり合う音が響き渡っている。
メグルが頑張っている。
俺も、早く支援してやらなければ。
そんなことは十分に分かっていた。
しかし、矢を放とうにもそれが出来ない。
刀を振り、乱舞するメグルの動きが、俺の視界に入って来る。
もしかしたらメグルに当ててしまう。
そんな気持ちが邪魔して、どうしても放つことが出来なかった。
あの時は、熊の魔物を倒した時は必死だった。狼を殺した時も必死だった。
怖くて怖くて。
初めてアクセを使わざるを得なくなって心配だった。
どうしようもなく助かりたいという想いだけが強かった。
もちろん、今だって死にたくはない。
ただ、あの時とはまた心境が違うんだ。
メグルを守りたいという気持ちが強くなった。
守りたいからこそ、こうして当ててしまうのではないのかという不安感が湧いて出てくる。自分で傷つけてしまうのが何より怖いから。
公爵の一件の時だって、俺はメグルに嫌いと言われて内心ではとても傷ついた。
他の誰でもない、俺がメグルを傷つけた末に出た言葉だったからだ。
それはやっぱり、メグルが俺にとってかけがえのない存在にありつつあるからなのかもしれない。
だから、俺は今、撃たなくてはいけないのだろう。
なのに、それが出来ない。
互角に見えたメグルと風魔だったが、よく見ればメグルが防戦一方になりつつあるじゃないか。
必死に攻撃を受け止め、やり過ごしている。
このままでは、いつやられてしまってもおかしくは無い。
「やるしか、ない……!」
その時だった。
風魔の一撃を、メグルが懐に潜り込む様にしてかわした。
長刀の軌道に刀身を置く。
振り抜かれた長刀は、柄の中心辺りから真っ二つに割れた。
「……やりおる」
「どうですか!」
やった。
相手の武器を潰したぞ。
今日のメグルはとてもかっこいいじゃないか。
俺は、思わずガッツポーズをしていた。
しかし、喜ぶのも束の間。
割れた長刀が消えたと思えば、風魔は新たな長刀を出現させた。
「そんな、どうして……」
いや、メグルは解せないようだが、どうしてでもなんでもない。
奴は幻魔なのだ。
魔物なのだ。
それは、魔物特有の石の力で動いているということ。
俺達のように、武器を何度も具現化させるなどお手の物だろう。あちらが本家なのだろうから。
だが、それに気づくと同時にある疑念が湧いた。
奴の、風魔のルーンストーンはどこにある?
全身が鎧で、それを着ているのは暗闇。
鎧の無い、顔の部分と足を見ればわかる。そこにはただ、真っ暗な物体が存在しているだけなのだから。
だとするならば、鎧の中にはストーンなどないはず。
しかし、それ以外に見当たりそうもない。
弱点が無ければ、この強敵を倒すことは出来ないのでは?
「嬢の手の内は尽きたか?」
ゆっくりと、大きく。
余裕を持って、長刀を構える。
風魔は、今まさにメグルに斬り掛かろうとしている。
「メグル、危険だ! 逃げろ!」
「そんな事言われましても……」
「くそっ……」
苦し紛れに、俺は矢を放った。
頭部に目掛けて飛んだ矢は、いとも簡単に弾かれた。
風のように見えない長刀捌き。
相手にならなかった。
「まずはこの嬢の命。幻魔の糧とさせて頂こう」
すると、風魔の鎧が青白く発光しはじめた。
「……我は風を切るだけではない。起こす事も出来る。喰らうがいい! 我が風切り奥義。風邪薙ぎ(なぎ)を!」
風魔が長刀を投擲の構えで持った。
「メグル! 避けるんだ!」
「ど、どこに……」
風魔は、手に持った長刀を回転させながら、自らの身体も一回転。
「ふんっ!」
地面と平行に回転する長刀をぶん投げた。
回転を伴った長刀が、メグルを目掛けて飛んでいく。
びょおう、という凄まじい風を切る音が聞こえてくる。
メグルは、それを上空に逃げてかわした。
だが、それがいけなかった。
回転する長刀は、プロペラのように上下に大旋風を巻き起こしている。
足のついてないメグルが、風に煽られ始めた。
「ス、スグルさん!」
「メグル!」
こんな時でも、メグルはスカートを押さえている。
それどころじゃないだろ。
「風邪薙ぎは意のままに風を操る技。人如き、宙に捕らえるなど造作もないわ」
風魔の投げた長刀は、不思議なことに、木に突き刺さるでもなく、メグルの真下で留まり回転し続けていた。
それを、操るかのような手つきをし始める風魔。
「いたっ……」
メグルの、そんな声が上から聞こえてきた。
「だ、大丈夫か!?」
見上げると、メグルは宙に浮いたまま静止していた。
風が籠となり、メグルを捕らえているようだった。
その風が、徐々にメグルを傷つけていく。
「痛いっ……! や、止めてください!」
肌が傷つけられ、僅かながらも出血が伴っている。
何よりも、
「ほ、本当にもうやめてくだしゃい!」
メグルの服がみるみるうちに切り裂かれていく。
これじゃあ、公開破廉恥処刑じゃないか。
「おい、止めろ!」
色んな意味で!
本来ならもっとやれと言いたいところだが、このままではメグルの服どころか、メグル自体がボロ雑巾のようになってしまいかねない。
どうにかメグルを助けなければ。
そんな時、俺の脇を何かが通り抜けた。
「おねえー!」
ラランだった。
ラランが、メグルを目掛けてとんでもない跳躍をした。
「ラランちゃん!」
だが、メグルは今、風の籠に捕らわれている。
このまま突っ込めば、ラランもただでは済まない。
「この! メグルを離しやがれ!」
俺は、風魔の風を操っている腕に向けて矢を当てた。
「ぬうっ……!」
風魔の鎧の左肩部分が、矢の一撃により少し砕けた。
そのお蔭か、長刀は地面に落ち、風邪の籠が消え去った。
「おねえ! あたいに掴まって!」
空中で、メグルがラランの手を掴み、ラランがそれを引き寄せた。
ラランに抱きかかえられたメグルは、風の籠の中から抜け出した。
二人は、木の中へと落ちていく。
「異世界人よ……。不意打ちとは卑怯なり!」
「んなもん知るか! 女の子を剥いていじめる方がありえねえ!」
「何を訳の分からない事を!」
「お前に、男のロマンが分かってたまるか!」
「スグルさん! どうでもいいことで口喧嘩してないでください!」
向こうの木の上から、メグルの声が聞こえてきた。
良かった。どうやら、無事ですんだようだな。
ラランの声も聞こえてくる。
「スグル、そいつはあたいの村を吹き飛ばした奴だ! むかつく、倒す!」
その言葉と共に、ラランが木から降りてきた。
猫のように、手と足の四本で軽やかに着地する。
先ほどは気が付かなかったが、肩には弓矢が掛けられていた。
「スグル! 二人でがちゃがちゃの化け物倒すぞ!」
ラランは闘志に燃えていた。
そうか。今になってやっとわかった。
街を襲った竜巻も、ラランの村を壊滅させたも、全てはこいつが元凶だったのだ。
七護の所為なんかじゃ、イタチの所為なんかじゃなかったんだ。
ラランの平穏な生活を奪ったのは、全てこいつ。
戦いの欲求の為に、平気で罪のない人の幸せを吹き飛ばしやがったんだ。
「ララン! やるぞ! ただし、俺と向かい合うなよな!」
「おー!」
戦闘開始だ。
俺とラランは、木の陰に隠れた。
だが、お互いの位置はしっかりと把握している。
「不意を打ったこと、後悔させてくれるわ!」
幻魔というのは、追い詰められると怒る性質なのだろうか。
こいつもまた、いつかの炎蛇のようにご乱心だ。
しかし、俺はこの風魔とやらを倒す。
実は、メグルが捕らわれた時に、すでに弱点も見つけてある。
「ララン、撃て!」
まずは、俺が指示を出した。
ラランの持っている矢は、ここから見るに五本。
その全てを使い切ってしまっては、恐らく勝ち目はないだろう。
相手が長刀を持っている以上、矢はいとも簡単に弾かれてしまうからだ。
「あいさ!」
ラランが、一発放った。
さすがは矢を扱う種族、素早い一線が、風魔を襲う。
それを、予想通り風魔は弾いた。
が、直後、風魔の兜が砕け散った。
「ぬおっ……!?」
ラランが矢を放ったのは、俺と風魔に線を引いて見て、九十度右手の位置から。
風魔がラランの矢を弾くだろうと予想して、ラランが矢を放った瞬間に俺も射る。
そうすれば、一度に二方向からの攻撃は防げまいという作戦だ。
この調子で、奴の鎧を破壊し尽くす。
そう、俺は気が付いたのだ。
風魔が風邪薙ぎを使った時、鎧が発行したのを見て、間違いなくストーンの光と同じだと感じた。
風魔とメグルが戦闘を開始した時、メグルのアクセが同じ光を放っていなければ、俺はそれに気が付くことは出来なかっただろう。
だから、風魔を倒すにはあの鎧を完全に姿形無くなるまで破壊すればいいはず。
魔物の生命力の源であるストーンを破壊すれば、風魔は動くことさえ出来なくなるのだから。
「…………」
無言ながらも、意思は通じ合っている。
俺は、ラランに手で合図を送った。
次は、胴部分を狙う。
さっきと同じように合図を送り、撃たせた。
俺も撃つ!
「ぬがっ!」
脇腹の辺りを直撃した。
よし、いけるぞ。
ラランの矢は残り三本。
それを使い切るまでに幻魔を仕留める。
二人で木の影を行き来しながら、風魔を錯乱させる。
「そこおっ!」
突然、風魔が此方を振り向いた。
「え? どわあっ!」
巨大な風の刃が、しゃがんでいた俺の頭上を通過して、背後の木を切断していった。
「あ、あぶねえ……。頭落とされるとこだった」
「スグルー!」
「ああ、大丈夫だ!」
にしても、まだあんな力が残っているとは。
ここからは短期決戦か?
だがその時、風魔は長刀をその場で振り回し始めた。
今までの行動からして、あれは何らかの技の前兆だろう。
「風守ッ!」
瞬間、風魔の身を風が包みはじめた。
風は見えないが、風魔の辺りに落ちている葉が回っているのが分かる。
「小細工はもう通じん! 出て拙者と勝負せい!」
だれが出て行くものか。
勝負にこだわり、勝ちを逃すほど馬鹿なことはない。
それだけは、向こうの世界で得た、唯一教訓になった事だ。
特に、今は命がかかっているんだからな。
みすみす、危険を冒すことは無い。
俺は、ラランに待ての合図を出した。
ラランがこくりと頷くのを見て、俺は風を纏った風魔に矢を放つ。
矢は、風の守りに容易く破壊された。
「……そんなの、予想済みさ」
次の一手をラランに合図する。
「やれ……!」
ラランは、三本目の矢を構えた。
「いい加減、出て来ぬと――」
「おい! 鎧玩具! 俺はこっちだ!」
木の影から出て、俺は風魔に矢を向けた。
すると、風魔は長刀を振り回し、風守は維持しながらも此方を向いた。
「……先ほどから卑怯な人間よ。やっと出てきたか」
「ああ、そろそろまともに戦わなくちゃいけないと思ってな」
「なら、今ここで拙者と刀を交えよ!」
「ああ、いいだろう。けどな――」
俺は頭上を指さした。
「――もう、攻撃は始まってるぜ」
「何ッ!?」
風魔が、俺の指さした方を見上げる。
そこには、真っ逆さまに落下してくる一本の矢があった。
あの矢は、俺がラランに指示して、風魔の頭上に落ちるように仕向けたものだ。
上手く頭上に放てば、竜巻状の風守を通り抜けて風魔を射ることが出来る。
普段から弓矢を使ってただろうラランの技術を買っての作戦だ。
――だが、目的は風魔に当てるためじゃない。
「いつの間に……! だが、この程度の威力でッ!」
風魔は、振り回していた長刀を一旦止め、矢を弾いた。
もちろん、落下するだけで威力の少ない矢は呆気なく壊される。
だが、ここがチャンスだ。
振り回していた長刀の動作が切り替わると同時に、風守が消え去った。
そうだ。ラランが放った矢はただの囮に過ぎない。
ここから猛攻を仕掛ける!
「ララン! 残りの二本を絶対に当てるんだ!」
「あいあいさー!」
向かい側から、ラランが此方に向かって、しかし風魔目掛けて矢を放つ。
仮に矢が俺に向かって流れてきても、気になどしない。
風魔の背後にラランを置き、意表を突くため、敢えて初めに出した指示と矛盾するように俺はラランを向かい側にいて囮になったのだから。
そして、それが効いたようだ。
俺にばかり気を取られていた風魔は、背後をラランに射られた。
一本は背に刺さり、もう一本は右肩を破壊した。
残っていた右肩を失い、風魔は長刀を落とす。
もう、攻撃は出来まい。
「ララン! そこから退いてろ!」
ラランが素早く退くのを見て、俺はありったけの力を込めて弦を引き絞る。
右足、左足。
渾身の力を込めて矢で貫く。
「ぐおっ……! ぬおっ……!」
風魔は、矢を受けて踊る様に足を崩していった。
「もう一本だ!」
最後に、残った胴に矢を放つ。
すでに脇腹と背にダメージを受けている。鎧にはヒビも入っている。
もう、これを耐えることは出来ないはず。
「ラランの家族の分を受け取りやがれ!」
「……この拙者が……!」
風魔の体は砕け散った。
最期に、言葉を残して。
「……む、無念――。だが、一つ。いつぞやお主の身は、その力に溺れ支配されることだろう……。それを己が内に引き込むか、囚われるかはお主次第……」
風魔の鎧、いや、鎧自身であった風魔は粉々になって、地面に散らばった。
輝くルーンストーンの砂は、さらさらと風に乗って消え去った。
「……力に支配される、か」
炎蛇も、確かそんなことを言っていた気がするな。
「…イタチ様」
ラランは、社の前に膝を落とし、嘆いていた。
俺は、その傍に寄る。
「ごめんな、ララン……。イタチを守れなかったのは俺の責任でもあるんだ。あの時、躊躇わずに戦ってさえいれば……」
「スグル! そんなことないぞ! ただ、あたいはイタチ様が死んで悲しいだけ……。スグルが悪いとか、思ってない……」
「そうか……。ありがとうな」
悲しんでいる人に気を遣わせるなんて、俺はまだまだ駄目な男だな。
お祈りが終わったのか、ラランは立ち上がった。
その表情は笑顔だった。
「スグル! あたいもう行くぞ!」
「もう、いいのか……?」
「うん! イタチ様も仲間ももういないんだ! 悲しんでも仕方ないんだぞ! 母ちゃんが言ってた。あたしの墓に来るなら、家族にご飯を食べさせろって!」
「そ、そうか……」
墓参りも大事だとは思うが、ラランの種族は食べる事を重要視しているのだろう。きっと、それゆえに種が生存するための言葉として、ラランの母はそんなことを言ったに違いない。
「じゃあ、今まで通り一緒に行くか?」
「行く!」
「戻って来れないかも知れないけど、泣くなよ?」
「あたい、泣いたことない!」
「そうか……」
俺のどんな言葉にも、ラランは笑顔で返してきた。
だが、俺にでもわかる。
純粋なラランだって表情を偽ることはあるのだと。
ラランの決意に満ちた悲壮な笑顔を見て、俺は守るべきものが増えたと感じた。
四章終了です。
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