第二十八頁
「……炎蛇なら、俺達が倒したぞ」
俺は、鎧の奴を訝しがりながらもあえてそれを伝えた。
「なんと! 人の身でありながら炎蛇を倒したとな!? ……面白い。一つ、手合わせをしようではないか」
鎧は、突如にして両手に長刀を出現させた。
それを、俺の方に構えてくる。
「……や、やる気か!?」
「やる気も何も、君はこいつらを倒すためにも呼ばれたんだぞ! やらない
でどうするんだ! 早く戦え! 七護である僕を護れ!」
イタチが、五月蠅く騒ぎ立て始めた。
七護を護るために呼ばれた?
俺は、そんな十代な役割を持ってこの世界に連れて来られたってことなのか。
なら、どうして何も教えてくれなかったんだ。こいつは。
そもそも、世界の守護神である七護を守るだなんて、俺に務まるのか?
いや、メグルたちの世界なんだ。
やらなければならないはず。
何よりも、目の前の鎧は間違いなく幻魔。
世界にとって、人々にとって害をもたらすのなら、俺が始末してくれる。
「……来いっ!」
武器を出現させるのも手慣れた。
相手は長刀。
近接武器とはいえリーチがある。
なら、いつも通りどちらもこなせる変形弓は活躍してくれるだろう。
弓が具現化し終え、身構えた時だった。
「まった! まった! 駄目! 駄目!」
また、イタチが騒ぎ出した。
神とはいえ、蹴飛ばしたくなる。
「おい、うるさいぞ」
「うるさいって言う君がうるさい! ……じゃなくて、その力は魔物の物だな!? こいつら幻魔と、同じ物を使ったな!?」
メグルは、本来は魔物の生命力の源となっているルーンストーンに、ルーンを刻むことによって人も扱えるようにしていると言っていた。
それならば、確かにこれは魔物由来の力だ。
けど、俺達はこれが無いと戦えない。
戦っても、強大な力を持つ魔物や幻魔に対抗する術がない。
「悪いけど、俺はこれが無いと戦えないんだ」
正直に伝えた。
しかし、イタチは癇癪を引き起こしたように地団太を踏んだ。
「だから、それは駄目だってぇ! 魔物を世界から排除しなければいけないのに、どうしてその僕たち七護が魔物の力に護られなくちゃいけないんだい!?」
イタチの言うことにも一理あるのかも知れないが。
「仕方ないだろ。俺達はただの弱い人間なんだから」
そもそも、護ってもらっている分際で文句を言うな。
本来は、七護が世界を護るんじゃないのか?
「あー! じゃあ、もう君は下がっててくれよ! 僕が戦う! 幻魔ぐらい、この風の守護、鎌鼬さまが吹き飛ばしてやるさ!」
イタチが闘争心を現すと、鎧もイタチの方へと身構えた。
「……我の目的は、我と対になる七護を消滅させること……。異世界人はその後でも構わぬか……」
長刀をイタチに突きつけた。
ここはイタチを手伝うべきなのか。
いや、イタチ自身がそれを拒んだんだ。
俺は、二人の対峙をただ見ているしか出来なかった。
すると、これまでは止んでいた風がまた吹き始めた。
だが、何かがおかしい。
風が、ぶつかり合っている?
見れば、可視化出来る程に一匹と一つの間には風が吹き荒れていた。
まるで風の壁。
イタチは左回りの、鎧は右回りの風を纏っている。
「我は風の幻魔。風切風魔なり! 鎌鼬の風など切り裂いてくれよう……!」
風魔が、ガチャリと音を立てて進撃した。
重厚な鎧とは思えない、風の様に軽やかだ。
長刀の一閃が小さなイタチを捉えようとする!
だが次の瞬間、イタチはその身の全てを風へと変えた。
旋風をさらに小さく、より小さくした感じの風だ。
その風は長刀の一撃をかわすと、風魔の鎧に纏わりついた。
「七護の力を見せてやる!」
纏わりついた風は、急激に風速、風圧を高めた。
周りの木々がゴムのように靡き、俺も吹き飛ばされそうになる。
何とか気にしがみ付きながら、その光景を目の当たりにしていた。
これでは、風魔とかいう幻魔も一溜まりないのでは、と。
「…………!」
しかし、風魔はびくともしていなかった。
文字通り、山のように動かない。
長刀を地面に突き刺し、ただただ仁王立ちで静観している。
「…………我は風の幻魔。風使いでありながら風とは敵対する。風を切り裂く風とは我のこと」
風魔は、イタチの風に包まれながらも一切煽られることなく、おもむろに長刀を地面から引き抜いた。
天に掲げ、イタチの風とは逆方向に回転させはじめた。
「……奥義、風車!」
風魔が回転させた長刀は、その回転によって竜巻を伴い始めた。
イタチとは、逆回転の竜巻だ。
それが、竜巻自身であるイタチの体を引き裂いていく。
風魔の巻き起こす風が強くなるたび、イタチの風が弱まっていく。
これが、風切りということなのか。
「あ……!」
完全に風が止んでしまった。
風魔の頭上から、動物の姿に戻ったイタチが落ちてくる。
イタチは満身創痍だった。
小さな身体は斬られたような傷を負い、立ち上がるのがやっとの様だ。
「……僕は、七護、なのに!」
口だけはまだ達者な様だが、もう限界だった。
イタチが戦えるとは思えない。
「もう止めろ! 俺が戦う! お前が死んだら、俺が来た意味は無いんだろ?」
「……駄目だ。魔物の力を使うなんて許さない……!」
イタチは、これまでにない凄みのある目つきをしていた。
そこまでして、魔物を嫌うのか。
だが、やっぱりやられたら意味が無い。
力ってものは、使い方次第じゃないのか?
悪しき力でも、善い方向に使えばいいものじゃないのか?
「……怪我をしてるのに見過ごすなんてできない!」
俺は、矢を取り弓を構えた。
「うっ……!?」
ものの一瞬だった。
俺が矢を取り出したと同時に、イタチはそこに風をぶつけてきたのだ。
「どうして……!」
「その力は……。その力は駄目なんだって言ってるだろ! 僕は七護。魔物からこの世界を守護する一つの存在なんだ。悪しき力は許さない!」
「そんな……」
イタチは、再び旋風となった。
だが、今度は勢いがはるかに失われている。
そんなイタチが、最期の攻撃を仕掛けようという時、俺に何かを告げた。
「……それに君は、この世界にとって重要な……なんだ。ここで死なせるわけにはいかない……!」
「なん、て……?」
凄まじい突風が吹き荒れた。
イタチの旋風が一点に集中し、風魔を押し始めた。
「……負傷の身でありながらこの威力。死なば諸共というところか。だがしかし――」
風魔は、徐々に押されながらもその足で踏ん張りながら、長刀を大きく振りかぶった。
そして、大きく縦に空間を叩き割った。
イタチの風と共に。
「うあっ!?」
ほんの一時、何かが破裂したかのような凄まじい風圧が周囲を巻き込んだ。
しかし、途端に無風と成り果てる。
イタチの風が、完全に止んでしまった。
「イタチ…………?」
姿形もなくなり、死んでしまったのかさえ分からない。
ついさっき出会ったちょっとうざい奴。
そいつが、今はもう跡形もなく消えてしまった。
親しくもないのに、何だか言いようのない虚無感に捕らわれる。
俺は、七護を護るためにこの世界に呼ばれたらしいというのに、それが出来なかった。
向こうの世界で失敗ばかりだった俺が、またしても同じ過ちを繰り返したのか。
どんなに止められても、俺が少しでも手を出してやれていれば……。
「……異世界人よ。邪魔な鎌鼬は消失した。炎蛇を倒したというその腕、お相手願おう」
淡々と、鎧を着た闇が歩み寄って来る。
獰猛に喰らおうとしてくる炎蛇よりは話の分かる奴だと思っていたが、こいつはそんな落ち着いた奴じゃない。
戦いたくて仕方がないだけの、魔物なんだ。
「スグルさん!」
メグルが、ラランをおんぶしてやって来た。
「メグル! ここは危険だ! ラランを連れてどこかに逃げてくれ! こいつは、幻魔なんだ!」
「幻魔ってあの……! そ、そういうわけにはいきません。なおさら、スグルさんのお手伝いをいたします!」
メグルは、ラランを木に寄り掛からせ、刀を構えた。
「ほう、刀使いがおるのか。そちらの嬢とも一戦交えたいものだが……」
「スグルさん! 私が斬り掛かります! その間に後ろから援護を!」
「そ、それじゃあメグルが危険に……」
「何言ってるんですか。初めの頃もそうだったじゃないですか」
「そ、そうだな」
メグルは、一歩ずつ風魔に歩み寄って行く。
「……正々堂々とはならぬか。まあ、よい。二人ともまとめて相手してやろう」
「あなた方魔物は人々に脅威をもたらしています。私たちの平穏な暮らしを奪おうというのなら、許しません!」
「ならば、我を……いや、拙者を倒すがよい。拙者の長刀は凪のように穏やかではござらんぞ?」
「行きます!」
「いざ、尋常に勝負ッ!」




