第60話 受ける場所
数日後、クリストフから届いた手紙には、近辺の護衛依頼が減り、DランクがFランク向けの採取依頼まで取っているとあった。仕事がないと受付へ訴える者も出たという。
セレスティーヌは、リール商会と始めた保証金事業の帳簿を閉じた。
金を用意できても、冒険者ギルドの掲示板に依頼書は増えない。
手紙を机の引き出しへ入れ、商業ギルドへ向かった。
* * *
商業ギルドの外には荷車が二台止まり、一台はもう荷を積んでいた。中では荷運び人が行き先を告げ、受付では商人が声を荒らげていた。
「だから、ルミナシアの今日の船に載せる布なんだ。荷車が決まったなら、護衛も一人、ここで頼めないのか」
「だからぁ、それは冒険者ギルドに頼んでよ。こっちは荷車だけでも列ができてんだから」
褐色肌の猫獣人族の書記は、次の客が持っている荷札を一枚預かった。商人の手には、まだ荷車の手配票が残っている。
「向こうで依頼を出したら、この荷車は待ってくれるのか?」
「待たせるなら運び手と話して。アタシに言われても困るよ」
列の後ろから男が進み出て、懐からギルドカードを取り出した。
「護衛なら俺がやる。ルミナシアまでだろ」
商人は男の差し出したカードに視線を落とし、不審そうに男の顔を見上げた。
「あんた、荷運びの仕事を聞きに来てた奴じゃないのか」
「護衛の仕事がなくてな。荷下ろしでもと思ったんだが、こっちの方がいい」
「初対面の相手に布を預けろって?」
「見てのとおりDランクだ。雇うかどうかは、あんたが決めてくれ」
ランクだけでは、男の腕前も実績も分からない。
「チコさん、こちらの荷車も出発時刻を決めたいそうです」
隣の窓口から声がかかった。チコと呼ばれた書記の前で、商人は手配票を持ったまま動かない。
「Dランクなら、この道の護衛を頼めるのは分かる。だが、誰もこいつのことを知らないんだろ。ギルドで紹介してくれるなら雇える」
「アタシだって初めて見たよ。勝手にお墨付きは出せないって」
「じゃあ、荷車も取り消す。夕方の船には間に合わん」
窓口の後ろで、荷運び人が声を上げた。
「出さねえなら、俺の車は次の荷を積むぞ。昼までここで待たせるな」
セレスティーヌは列の脇から窓口へ進んだ。
「お二人が条件を決めたら、支払いと契約をこちらで扱えますか」
「書くことはできるけどさ。あんた誰?」
「セレスティーヌ・フォン・ブーケです」
商人は手配票を持ったまま、セレスティーヌの顔を凝視した。
「ブーケ家の方なら、こいつを知ってるのか」
「いいえ。今、初めてお会いしました」
「知らねえなら、ここに入ってくるなよ。あんたがいいと言ったと思ったじゃないか」
そう受け取られるのは当然だった。貴族の名を出してから、見知らぬ冒険者を選ぶよう迫ることはできない。
「わたくしはこの方の腕を保証しません。お二人が話し合ったことを残せるか、伺いました」
「そりゃいいよね、あんたは。話がまとまったら、こっちに仕事を増やせるんだから」
「お二人が列の脇で話す間、次の荷車を受け付けていただけますか」
「……護衛が決まらないと、荷車まで取り消すんでしょ。じゃあ二人で脇で話して。アタシは次の荷車やる。契約まで書くなら、その分は別料金ね」
「手間賃まで取るのか」
「仕事が増えるの、アタシらじゃん。荷車の分とは別だよ」
「……分かった。まずこいつと話す」
商人と冒険者が列の脇へ寄ると、チコは荷札を預かっていた次の客を窓口へ呼んだ。荷運び人が入口へ歩き出し、商人は手配票を持ったまま、その背中を呼び止めた。
「もう少しだけ待ってくれ。昼前に出す」
「昼前だぞ」
運び手が荷車へ戻ると、商人は冒険者に尋ねた。
「道中で魔物が出たらどうする。俺の布を守ってくれるんだろうな」
「追い払えるなら追い払う。無理なら御者を連れて戻る。俺一人を残して荷のそばで死ねって言うなら、この仕事は受けねえ」
「布が届かなきゃ、俺は船に払った金まで失うんだぞ」
「だったら、俺に弁償させるのか?」
「……いや。そこまでは言わん」
「港まで届けて全額。途中で引き返しても、御者と一緒に戻ったなら半額を払う。それでどうだ」
「帰りも荷は載せるのか」
「空だ。帰り着くまでが仕事だ」
「なら、受ける」
チコは次の客へ荷札を返すと、商人と冒険者を窓口へ呼んだ。
「話、ついた? じゃあ護衛の金は先に預かる。二人の名前も教えて」
入口の向こうで、荷を積み終えた荷車がゴトゴトと動き出した。
冒険者はセレスティーヌに尋ねた。
「これを受けても、冒険者ギルドの依頼を終えたことにはならないんですよね」
「ええ」
「昇格には数えてもらえない」
「そうなります」
「……今日は金が要る。こっちを受けるよ」
冒険者と商人が名と条件を伝え、チコが書いた。商人が報酬と手間賃を預け、二人は署名した。出発を待たせていた運び手も戻り、昼前の出発を確かめた。
商人と冒険者が荷車へ向かうのを見送り、セレスティーヌも扉へ歩き出した。「あんたがいいと言ったと思ったじゃないか」という声が残っていた。契約について尋ねた言葉が、男の腕へのお墨付きとして受け取られた。
「チコさん、今の契約、荷車とは別に記録しておきます」
「お願い、ノノちゃん。今の一件、受付の数に入れといて。増員の話、今日するから」
「次も、護衛を探す方と冒険者がいらしたら、こちらでお会わせしますか?」
「会わせるのはいいよ。契約まで受けるかは、先にアタシに聞いて。今みたいに客を待たせ続けられないじゃん」
セレスティーヌが扉を出ると、布を積んだ荷車が東門へ向かって動き出していた。冒険者は御者のそばを歩いていた。




