↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線の商人  作者: カミツキ
三章 銀貨開戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/82

第53話 戻ってくるもの

 同じ日の午後、西門近くにある大商家の倉庫では、西へ出す二台の荷車への積み込みが終わっていた。


 荷台には複数の商会から預かった箱と樽が縄で固定され、御者も出発を待っている。それでも門へ向かえないのは、護衛依頼に必要な確認が一件だけ戻ってこないからだった。


「まだ出てないのか」


 倉庫へ入ってきた商人が、自分の印を付けた三つの箱を見つけて足を止めた。


 大商家の責任者は、届いていた確認書を確かめた。


「あと一件だ。人をやってる」

「俺のところは?」

「あんたのところはもう取れてる。途中で引き返すのも、荷を捨てる判断も、こっちへ任せる。それで受けてる」

「だったら、俺の荷は出せるだろ」

「同じ荷車に載せるんだぞ。途中で魔物が出て、残りの荷をどうするか決められなきゃ便そのものが動かせん」


 昨日までなら、こんな確認を待って荷車を止めることはなかった。


 商人は荷車を見上げた。


「今日中に着けたいんだ」

「分かってる。確認が取れ次第出す」

「何時になる」

「向こうが返事を寄越せばすぐだ」


 商人は自分の荷を指した。


「降ろしてくれ」

「何?」

「俺の三箱だけ降ろしてくれ。商業ギルドへ持っていく」

「今から荷車を探すのか?」

「探すっていうか、戻る奴を聞くんだよ。午前中に西から荷を運んできた荷車がある。荷を下ろしたら、夕方までには向こうへ戻るらしい」


 責任者は商人を見た。


「戻る荷車だと?」

「空で帰るところに載せてもらうんだよ。帰り道なら、新しく一台頼むより安い」

「そんな都合よく行き先が合う荷車を、誰が探す」

「商業ギルドで聞ける。今日どこに戻る荷車があるか、分かるようになってるんだ」


 昨日まで、そんな話は聞いたことがなかった。


「誰がそんなこと始めた」

「リール商会の案だよ。最初はあそこで帰りの荷を紹介してたらしい。荷運び人も空で戻るより金になるし、こっちも安く送れる。助かってんだ」


 また、石鹸商人か。


「本当に今日出せるのか?」

「向こうに載るか確認してもらってる。三箱なら大丈夫だろうって話だ。だから降ろしてくれ」


 責任者が倉庫の入口を見ると、その向こうに荷台を空にした荷車が一台止まっていた。御者が商人を見つけ、片手を上げた。


 もう話は進んでいる。


「……降ろせ」


 近くにいた作業員二人が荷台へ上がり、三つの箱を固定していた縄を外した。先に積んだ樽をずらし、箱を一つずつ地面へ下ろしていく。


 三箱だけだ。


 積み終えたはずの荷台に床板が見えた。外で待っていた御者も倉庫へ入り、商人と一緒に荷を通りへ運び出した。


「来月の王都便はまた頼むよ。あっちは途中で倉庫も使うし、自分で全部探すのは面倒だからな」

「ああ」


 商人は御者とともに倉庫を出ていった。


 荷を下ろした作業員の一人が、床板の見えた荷台を見上げた。


「残り、詰め直しますか?」

「寄せろ。確認が取れたらすぐ出す」


 作業員が樽と箱を動かし、緩んだ縄を締め直している間に、降ろした荷は通りの荷車へ積み直された。御者が馬を進ませると、荷はそのまま西門の方へ遠ざかっていく。


 こちらは、まだ出られない。


 * * *


 夕方、オルメイの工房では、リグレットが作業台の前で弓を引いていた。


 弓身の両側には削った角板が沿わせてあり、ネロズワルドの腱から作った新しい弦が張られている。リグレットが弦を胸元まで引き込んでも、以前のように弓身が負ける様子はなかった。


「うわ、重っ」

「当たり前だ。前と同じ力で引ける弓作ってどうすんだ」

「リグちゃん、か弱い乙女なんだけど」

「その乙女が飛竜の腱持って帰ってきたんだろうが」


 リグレットは弦を戻し、今度はゆっくり二度目を引いた。


「でも、いいね。前より最後まで引ける」

「矢も今までと同じじゃ合わなくなる。飛ばす前に持ってこい」

「はいはーい。じゃあ明日は矢のお買い物かなぁ」


 湊が作業台に残っていた削り屑を端へ寄せていると、工房の扉が開いた。


 振り向いたところで手が止まった。


「シェナさん」


 記録帳を抱えたシェナが立っていた。


 あれから何度も考えた。追いかけるなら何を言うのか、今度会ったら何を話すのか。


 もう決めている。


「湊さん。話があります」

「はい」


 シェナは工房の中へ入り、湊の前で足を止めた。


「あのときの『一緒にいたい』は、どういう意味だったんですか」


 意味を知らずに言った。そこは変えられない。


「婚約の意味だとは知りませんでした」


 シェナが記録帳を抱く腕に力を入れた。


「やっぱり、そうだったんですね」

「でも、あれから色々考えました。一緒にいたいと思ったのも、本当です」

「……はい」

「シェナさんがいなくなるのが嫌だったから、あのとき言いました。婚約の言葉だって知ったあとも、それは変わりませんでした」


 作業台の向こうで、リグレットがまだ新しい弓を持っている。オルメイもそこにいたが、湊はシェナから目を外さなかった。


 シェナは記録帳に視線を落とした。


「私は、まだ返事はできません。それと、任務から外れると言ったことも、もう一度考えます。ただ……記録したことを、なかったことにはしません」

「記録してもいいです」

「えっ?」


 シェナが顔を上げた。


「俺の故郷のことだけじゃないです。一緒に働いたことも、普段話したことも。シェナさんが監察に必要だと思ったなら、記録してください」

「でも、湊さんは、それで――」

「今度からは教えてください。何を記録するのか、俺にも」


 シェナは記録帳を見てから、湊へ顔を戻した。


「……分かりました」


 食事のときも、マトリカリアで話したときも、自分が話したことの中には記録に残されたものがある。嫌だったのは、それを自分だけ知らなかったことだった。


「それなら、もう大丈夫です」

「……本当に?」

「はい」

「これからもずっとシェナさんと一緒にいてください」

「あの……」


 シェナが記録帳を抱え直した。


「だから、その……心の準備がですね……。えっと」

「返事は今じゃなくていいです」

「え?」

「俺はずっと迷って、分からなくなってました。工房で働くのか、冒険者を続けるのか、弓を覚えるのか。シェナさんのことも」


 そのたびに誰かに聞いた。



 でも、これはもう聞かなくていい。



「一緒にいたいです。そこは、もう迷いません」

「だから!」


 シェナの声が工房へ響いた。


「そういうことをまっすぐ言わないでください!」

「えっ」


 記録帳を胸元に抱えたまま、シェナは工房を飛び出していった。


 扉が閉まり、通りを走る足音が遠ざかっていく。


 リグレットが新しい弓を肩へ掛けた。


「Fランク君……。ご飯行こっか」

「……はい」


 * * *


 次の通りまで来たところで、シェナは足を止めた。



 また逃げた。



 返事は今でなくていいと言われた。湊は待つと言ってくれたのだから、あの場にいればよかった。


 なのに、


 ――これからもずっとシェナさんと一緒にいてください。


 そこだけが、工房を出てから何度も戻ってくる。


 シェナは来た道を振り返った。


 今度こそ、ちゃんと話そう。


 工房まで戻ると、中にいたのはオルメイだけだった。作業台にはさっきまでリグレットが持っていた弓もない。


「オルメイさん。湊さんは?」

「さっきリグレットと飯食いに行ったぞ」

「二人でですか?」

「ああ、工房から二本先の食堂じゃねえか」

「ありがとうございます」


 シェナはまた通りへ出た。


 食堂の扉を開けると、すぐに二人を見つけた。


 壁際の卓で向かい合い、リグレットは新しい弓を椅子の横へ立てている。湊の前には煮込みとパンがあり、何かを相談しているのか、リグレットの話を真剣な顔で聞いていた。


 さっきまで、自分にはずっと一緒にいてほしいと言っていたのに。


「湊さん」


 声をかけると、湊がこちらを向いた。


「シェナさん?」

「どういうことですか」

「えっ?」

「さっき迷わないって言いましたよね! これからもずっと一緒にいてほしいって言ってくれましたよね!」

「はい。言いましたけど」


 なんで、こんなに嫌なんだろう。


「どうしてリグレットさんと二人でご飯に行っているんですか! 誰でもよかったんですか!」

「ち、違います!」


 湊は椅子から身体を起こした。


「シェナさんがまた逃げたから、何が駄目だったのかリグレットさんに相談してて」

「またすぐ人に答えを聞くんですか!?」

「じゃあ、逃げずに答えてください!」

「えっ」

「俺はちゃんと言いました。シェナさんも、逃げないで答えてください」

「それは……」

「なんでそんなに怒るんですか!」



 どうして。



 返事はまだしていない。工房から逃げたあと、話し直そうと戻って、ここまで湊を追ってきた。リグレットと向かい合う湊を見つけた瞬間、会えたことより先に、嫌だと思った。


「私も……」


 湊と目が合う。


「湊さんと……一緒に……」

「えっ?」

「察してください!」


 シェナは踵を返し、食堂の扉を押し開けた。


「また!?」


 背中から湊の声が追ってくる。


「Fランク君」

「……はい」

「めんどくさいよ?」

「俺がですか!?」

「二人とも」


 シェナは扉を閉め、食堂を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。