第21話 余裕のある国
商会前の道を直した翌日、メルドの前には、今回の修繕に使った材料代とオルメイの工賃をまとめた紙が置かれていた。商会から受け取ったものはなく、支払いはすべてこちらで処理されていた。
「材料の数とオルメイさんから聞いた内容は一致しています。商会側から人を出した記録もありません」
「分かりました。次の候補も確認しましょう」
商館の前へ出ると、直したばかりの場所を荷車が通り、そのまま商館の入口で止まった。荷運びの男が荷台から箱を下ろし始める。その後ろから来た別の荷車は商館では止まらず、道を抜けて市場の方へ進んでいった。
「商会へ納める荷は、今日もここを使っていますね」
「ええ。管理する側が変わっても、届け先まで変わるわけではありません」
シェナは商会から引き継いだ二件の要望も持ってきていた。店の前まで直してほしいという話と、倉庫まで雨の日にも荷車を入れたいという話だ。
「どちらも、まだ順番は決めていません。実際の使われ方を確認してから比べます。ただ、どちらを進めるにしても、新しく材料と人手が必要です」
「今回分は払えています。ただ、要望が増えれば、次の材料費と修繕費まで今の予算で足りるか確認が必要ですね」
管理を引き取った以上、費用が足りないからとリールへ戻すわけにはいかない。商会が金を出せる場所から直すなら、止めた選び方に戻る。
「二件とも必要性の確認は続けてください。費用を出せるかどうかで、先にする場所は決めません」
「分かりました。ただ、続けるなら、道路に使うお金をどう確保するかは別に考える必要があります」
* * *
工房では、オルメイが作業台の上に紙を広げ、湊と何かを書き足していた。昨日、リールがオルメイに渡そうとしていた紙だった。
「今度は役人まで道の相談か。俺はいつから道路屋になったんだ」
「直せる人を知っているので、確認に来ただけです。毎回あなた一人へ頼むつもりはありません」
「その言い方なら、湊よりましだな」
「俺、昨日ちゃんと言い直したじゃないですか」
湊が返すと、オルメイは紙の一部をメルドたちへ見える方へ寄せた。前に商会の道を直した手順のうち、職人が判断するところと、決めたあとで別の者へ渡せる作業が分けてあった。
「全部俺がやるよりは減らせる。掘る場所も深さも決まったあとなら、そこまで職人を張りつける必要はねえ。ただ、材料が消えるわけじゃねえし、地面を見て決める奴も要る」
「人手の使い方は変えられても、修繕そのものが無料になるわけではない、と」
「当たり前だ。石まで勝手に増えるなら俺も欲しい」
シェナは紙に書かれた作業を湊と見比べていた。
「湊さんのいたところでは、こういう道が街中にあったんですよね」
「全部が同じ作りだったかは分からないですけど、雨が降るたびに道が泥になって車が止まることはなかったです」
「それを使う人から、その場でお金を集めなくても維持できていたんですよね。便利だけど、ずっと直していくなら大変そうです」
「俺も、こっちに来るまで誰が直してるかなんて考えたことなかったですよ。壊れてたら、そのうち工事してるくらいで」
使うたびには払わない。それでも、壊れれば誰かが直す。
なら、その費用はどこから出ていたのか。
「それだけ道路へ費用を使えて、利用するたびに支払いも求められないのであれば、あなたがいた場所は、よほど余裕のある国だったのでしょうね」
「余裕があったんですかね。給料はそんなに増えないのに、買い物したときに払う分は何度か上がって、好きなものも前より買いにくくなってましたよ」
「買い物の方が高くなっていたんですね」
買い物の方ですか。なら、今は口を挟まない方がいい。シェナに続きを聞いてもらおう。
「そうなんです。特に食べ物とか、毎日必要なものまで高くなると嫌だって話はよく出てました。俺も欲しいものを買うのをやめたことありますし」
「それは、便利な道があっても嬉しくないですね」
「道と関係あるなんて考えたこともなかったですけどね」
湊自身も、道路と買い物の値上がりを結びつけてはいない。ここから先をこちらから聞けば、答えまで与えることになる。
「そうですか」
オルメイが次の作業を始めると、湊も紙を持ってそちらへ戻っていった。
工房を出たあと、シェナは先ほど確認した内容をまとめながら、道路の費用について書いた部分で止まった。
「先輩、湊さんの話も記録しますか。道路そのものの話ではありませんでしたけど」
湊自身が価値をつけていない話まで、リールは拾って使う。なら、リールだけを見ていても足りない。
「残してください。それと、今後は湊さんも継続して見ます」
「湊さんもですか。今のところ、違反はありませんよね」
「ありません。ですから、監察を始めるわけではありません」
「先輩。でも、湊さんの故郷の話を聞き出すために近くにいることは、したくありません」
こちらから聞きたいことを先に示せば、湊が自分から何を話したのか分からなくなる。そこはシェナの言う通りだった。
「その必要はありません。普段どおり接して、湊さんが自分から話したことだけ残してください」
シェナは道路の記録から、湊の買い物について書いた行に戻った。
「道路と関係なさそうな話も残しますか。今日の買い物みたいな話まで」
「彼がこことの違いとして話したことなら、できるだけ残してください」
シェナは、先ほど書いた行の続きを空けた。
「分かりました。明日から、湊さんのところへ行きます」
「本人が大事だと思っていない話も、忘れずにお願いします」




