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SIDE F:面倒だからお断りよ

 

 

 休暇の通達にも等しい待機命令が下されたあと、アルファとの面談に向かおうとわたくしに声をかける者がいた。

 

「Fさまぁ。お休みなにします? 変装して街とか――」

 

「黙りなさい。お前と違ってわたくしには成すべきことがいくらでもあるのよ。街に出たいのなら勝手に一人で行けばいいわ」

 

 鼻にかかったような甘ったるい声音を途中で遮断して、わたくしは駄犬()に冷たく言い放った。

 別にそこまでキツく言うつもりはなかったのだけれど、先日の任務で余計なことをしてしまった件を思い出すとどうにも当たりが強くなってしまうのよね。

 

 こいつのことだから、何も気にしてはいないでしょうし、どうでもいいわ。

 

「え……。また魔法の改編とか研鑽ですか……? たまには少しくらい遊んでもいいと思うんですけど」

 

 やっぱりそうよね、気にするだけ無駄なのよ。

 それにしても、暇があるなら少しは身になる何かを学べばいいものを、どうして世の中の凡愚というのは無益に遊ぶことを優先する者が多いのかしら。

 

「黙れと言ったでしょう。……ちょっとアルファ! 話があると言っていたこと、忘れてないでしょうね」

 

 仮にもわたくしのペアとして配属されているのだから、もっと自覚を持って己を磨くべきだと駄犬に苛つきながら、一人で退室しようとしている髭面を見つけて呼び止める。

 

「あ? あー、おう。顔見ただけで何の話か分かるわ……めんどくせぇなあ……」

 

 察しだけは良い上司の男は、どうやらわたくしが打診を蹴るつもりなのを見抜いたらしくうんざりとした顔を向けてきた。

 いくら気が乗らなくても、きちんと対面で返答を聞くべきなのだから、ボヤいても仕方がないというのに。

 

 

 念のため人気のない隣室へ移動し、アルファが遮音の結界を張り直す。

 

「単刀直入に言うわね。やっぱり面倒だからお断りよ」

 

「ハッ! お前さんよぉ……。秘伝だけちゃっかり受け継いでおきながら、そりゃねーだろーが……?」

 

 なにが秘伝よ。

 理論と術式の構築さえ分かれば一度実演を見ただけで模倣できてしまうようなあんな闇魔法ひとつで勿体つけてるんじゃないわよ。

 

「ケチな男ね……」

 

「ツートップの技だけ盗んでった強欲な嬢ちゃんにケチとか言われたくねえなあ!?」

 

 強欲は認めるけれど、嬢ちゃん呼びは虫唾が走るわね……。

 まあ、実際に組織として異例の継承をさせてしまったわけだから、呼び方くらいは大目に見てあげるわ。

 

「責められたところで、わたくしの気持ちは変わらないわよ。諦めて次の候補を探しなさいよ」

 

「ふざけんなよぉ。お前みてぇなクソ優秀なヤツがいて奥義の継承まで済んでんのに、なんで今さら別の後継なんか考えなきゃなんねえんだよ……。大人しく候補の席に座っとけや」

 

 その優秀なわたくしにまともな任務を寄越さなかった元凶のくせに、このヒゲはなにを言っているのかしら。

 

「イヤよ。しつこい男は嫌われてよ? わたくしは元々あなたなんてお呼びじゃないけれど」

 

 時間を浪費していることへの苛立ちに、余計な嫌味が口をついて出てしまったら、アルファの眉がピクリと震えたのが分かった。

 

(嫌だわ。この男、怒らせると面倒なのよね……)

 

「あァ? 俺だってテメェらみてえなガキなんざ相手にする気も起きねーよ。まあそうだよな? ガキ同士仲良しこよしなんだから仕方ねぇかあ」

 

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてそんなことをのたまうアルファ。

 売り言葉に買い言葉で下世話な話を振ってくるのにも慣れているけれど、聞き捨てならないのはそこではなかった。

 

「……は? 誰と誰が仲良しですって?」

 

「Fお嬢様は、可愛い可愛い駄犬ちゃんと離れたくないんだもんな? コンビ変えろって吠えてんのもただのポーズで、本気でMから離れる気なんてねぇんだろ」

 

「馬鹿げた妄想はやめなさいよ!」

 

「図星突かれたからって上司に武器飛ばすなよ。あぶねえなぁ」

 

 気持ちの悪いことを言う髭面に暗器を投げつけるけれど、傷を負わせる前に容易く掴み取られてしまった。

 本当に腹立たしい男だわ。

 

「……下らない。妄言を吐くほどに老衰しているの? 見た目以上に老いているのかしら」

 

「うるせえな。ボケ老人扱いしてんじゃねーよ」

 

「それなら後継だなんてまだ先でいいじゃない。少なくともあと数年くらいは現役でいられるでしょう?」

 

 それまでにはあの駄犬だって、流石にわたくしの隣に立つのに恥ずかしくない程度には育っているはずよね。

 時期トップに請われるこのわたくしの傍に居ながら、その場所に見合わない低レベルのままでいようだなんて許されることではないもの。

 

「……やっぱそういう魂胆なんじゃねえか。めんどくせぇヤツらだなホント」

 

「何を言っているのかよく分からないわね」

 

 本当にこのヒゲときたら。

 全てを見透かしたかのような目で、呆れたようにため息をつくのはやめて欲しいものね。

 わたくしは別に、あの駄犬と並んでトップに立とうだなんて考えているわけではく、誰であろうとわたくしの隣に立つ者が不相応な実力では納得がいかないと思っているだけなのに。

 それがたまたま、いえ、この男のせいでMがその座に居座っているだけなのよ。

 

「そうかよ。……なあF。早いとこMの実力の底上げするにはどうすればいいと思う?」

 

「知らないわ。わたくしが聞きたいくらいね」

 

 群を抜いて優秀なわたくしに後継の座を投げ捨てられて項垂れる中年を残し、静かにその場を後にした。

 ただの構成員のひとりとしてのわたくしは、空いた時間に済ませておくべきことが沢山あるのだから、有効に使わなければならない。

 

(この期間中に、解析中の呪いを完全にモノにして、あの愚か者共で試し撃ちしてみないといけないわよね)

 

 研究を進めるために足早に自室に戻ると、駄犬が部屋でキノコの栽培でも始めたのかというほどにジメジメとした空気を撒き散らしていて。

 不快だと告げると、わたくしの帰還に気付いていなかったらしいMは飛び上がって間抜けな叫び声を上げた。

 

 

 

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