第37話:透明なる世界と「摩擦の喪失」
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第37話は、極致に達したフェイトの清掃技術が、ついに「世界の物理法則」そのものに干渉し始めます。
汚れを一切排した結果、王都に訪れたのは美しすぎる「透明」と、制御不能な「滑らかさ」。
もはや歩くことさえ困難となった極限状態の中で、フェイトが下す「清掃屋」としての意外な決断とは?
ファンタジーと物理法則がシュールに交差する、ノンストップな展開をお楽しみください!
「腐汁の軍団」を徹底除菌し、王都にラベンダーの香りと平穏を取り戻したフェイトたち。しかし、極致に至った清掃技術は、ついに世界の理そのものを変質させ始めていた。
数日後、王都の住民たちが目にしたのは、美しさと恐怖が同居する「究極の透明」だった。
「お、おい……。俺の家の床が見えないぞ。いや、床はあるんだが……地面の下の土層まで透けて見えてるんだ!」
混乱は王都全域に広がっていた。フェイトとヴォルグが徹底的に磨き上げたあらゆる物体が、物質としての不透明さを失い、まるで高純度のクリスタルのように透き通り始めたのだ。壁は向こう側の景色を映し出し、石畳は地下を通る下水管(これもまたピカピカに洗浄済みである)を露呈させている。
だが、真のパニックは「視覚」ではなく「物理」において発生した。
「止まれない! 誰か止めてくれ! 一度歩き出したら、どこまでも滑っていくんだ!」
王宮の廊下では、着飾った貴族たちが、まるで氷上のボウリングの球のように四方八方へ滑走していた。フェイトの「概念消滅洗浄」によって、物質の表面から『摩擦』という名の不純物までもが削ぎ落とされてしまったのである。
一度足を踏み出せば、慣性の法則に従って壁に激突するまで止まることはできない。そしてその壁もまた、あまりの滑らかさに衝撃を吸収せず、接触した者をさらなる加速とともに弾き飛ばす「無限反射地獄」と化していた。
この「超潤滑事態」の真っ只中、フェイトは一人、離宮のテラスで静かに紅茶を啜っていた。彼の椅子は、空間そのものに「固定」する魔法で固定されているため、滑ることはない。
「師匠! 大変です! ヴォルグが、ヴォルグが止まらなくなって、現在時速百キロで王都の外周を回り続けています!」
血相を変えて(しかし、特殊な『吸着靴』を履いているため安定して)駆け込んできたミレーヌが報告する。
遠くを見ると、王都を囲む城壁の上を、一筋の金色の閃光——もとい、エプロンをなびかせたヴォルグが、凄まじい速度で周回しているのが見えた。彼は自らの磨き上げた「摩擦ゼロ」の城壁に捕まり、止まる術を失ったまま永久機関と化していた。
「……計算通りだ。摩擦とは、物質同士の衝突が生む『迷い』。それが消えた今のヴォルグは、物理法則の束縛から解き放たれ、光速に近づいている。あれこそが掃除の向こう側、『絶対無阻』の境地だ」
「感心している場合じゃありません! このままじゃ、ヴォルグさんが空気との摩擦(それだけは辛うじて残っている)で燃え尽きちゃいます!」
フェイトはため息をつき、おもむろに立ち上がった。
「やれやれ。清潔すぎるのも考えものだな。……ミレーヌ、準備しろ。世界に『適度な汚れ』……つまり、グリップを取り戻す作戦だ」
フェイトが取り出したのは、これまで彼が忌み嫌い、封印してきた禁断の物質——「あえて粒子を荒くした、超吸着性ワックス」であった。
彼はそのボトルを手に取ると、高速で周回するヴォルグの進路、そして滑り続ける王都の地面に向けて、魔法的な散布を開始した。
「いいか、清掃の真髄とは、ただ白くすることではない。そこに住む者が『歩ける』ように整えることだ。……ヴォルグ! 今だ、そのワックスの粘りに魂を預けろ!」
数秒後、王都を揺るがす巨大なブレーキ音……物理現象を無視した「キュキュッ!」という凄まじい音が響き渡った。
光速の清掃員と化していたヴォルグは、フェイトの撒いたワックスに足を取られ、激しい火花を散らしながら(しかし、エプロンは無傷で)国王の座る玉座の真ん前でピタリと停止した。
「……ただいま、戻りました、師匠。……世界は、少しだけ『ザラついて』いる方が、踏みしめる実感が持てて良いものですね」
全身から湯気を出しながら、ヴォルグは満足げに微笑んだ。
行き過ぎた清浄がもたらした世界の危機は、フェイトの「あえて汚す(整える)」という逆説的な英断によって回避された。
しかし、この騒動を通じて、フェイトの離宮は「世界の物理法則を書き換える特異点」として、近隣諸国から「核兵器以上の脅威」としてマークされることになったのである。
第34話をお読みいただきありがとうございました!
「摩擦」すらも汚れの一種として削ぎ落としてしまうという、フェイトの徹底した合理主義が引き起こした未曾有のパニック。時速百キロで王都を周回し続けるヴォルグの姿は、もはや勇者というより新種の彗星のようでしたね。
「あえて汚す(ワックスを塗る)」という、清掃屋としての究極の矛盾に辿り着いたフェイトの成長(?)も感じられる回となりました。
物理法則すら書き換えてしまう離宮の存在は、もはや一国の手に負えるレベルを超えつつあります。
次は、この「摩擦ゼロ」の噂を聞きつけた隣国のスピード狂たちが勝負を挑んでくるのか、あるいは滑りすぎて世界の裏側に落ちてしまった何かを掃除しに行くことになるのか……。
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