Catalyst
「ひとまず、制圧完了ーとっ」
手に持っていた鈍器を放り投げ、光は軽く肩を回しながらそう呟く
「ああ、つっても長居は無用だ、さっきの銃声を聞いて警察が突入して来るだろうしな......俺は人質の状態を調べるから、光は犯人達の持ち物を改めて逃げた奴の手がかりがないか探してくれ」
「りょーかい」
二人は二手に別れ、テュールは人質の女性の元へ歩み寄り、膝をつく。
痛ませないよう注意をはらいながら丁寧に手足の縄をほどき、目隠しを外すと女性の顔が露わになった。
その素顔は一言で言うと容姿端麗。モデルと言われても納得するであろう美貌だ。
スーツに身を包んだその姿は気絶していてもなお、凛とした雰囲気を纏っている。身長も見る限り170cmほどあるようで、後ろで結ばれたポニーテールの長い髪が床に静かに広がっていた。
縄を解き終えたテュールは、彼女を楽な姿勢で休ませようと、そっと頭を支えて 床に寝かせようとする。その時、掌に少しねっとりとした違和感と指先にかすかに熱を帯びる感覚を覚えた。手袋を見ると鈍い赤色が付着していた
「...血か」
見れば、彼女は頭部からわずかに出血していた。拘束されていた際にどこかへ打ち付けたのか、それとも犯人に乱暴に扱われた痕跡か。整った顔立ちが、微かな苦痛に歪んでいる。
テュールは再度、右手の手袋を外すと傷口にそっとかざす。するとテュールの右手から柔らかな黄金色の炎が溢れ出し、彼女の傷口を優しく包み込む。それは相手を焼き尽くすような強固な炎ではなく、暖かい太陽の光のようだ。やがて裂けた皮膚がみるみる塞がってゆく
(完治だと不自然だと思われるからな...)
やがてテュールは傷を完全には治さず、寸前で炎を止めると、「こんなもんか」 と息を吐いた。
「...ふうっ........ん?...」
彼女をそっと床に横たえようとしたその時、はだけたスーツの内ポケットから、
一本の黒い紐が力なく垂れ下がっているのが目に入った
「ちょっと失礼...」
テュールがその紐を指で手繰り寄せると、重みのある革製の二つ折りが滑り出してきた。開かれたその中には、見慣れた旭日章の紋章に、彼女の名前と顔写真―― 警察手帳だ。
「まあ、今までの被害者もそうだったからまさかとは思ったが、この人も刑事か..
名前は"近藤真由美"、いや、ていうか..それよりも...」
すぐにしまい直そうとしたテュールだったが、ある項目に目が留まり、動きを止めた
「警部補..?、見たところ二十代半ばあたりに見えるが...
この若さでか?こう見えて相当なエリートなのかもしれないな。」
写真の中の彼女は、今よりもさらに鋭い眼差しで前を見据えていて迫力がある。
テュールは手帳をそっと内ポケットに戻し、彼女の顔を一瞥した。
「終わったか?相棒。」
すると犯人達を調べ終えた光が、足音を忍ばせて戻ってきた
「ああ。少し出血してたが傷は大体治した、それと...どうやらこの人も刑事みたいだぞ。」
「本当かよ?被害者遺族には心の底から同情するが、警察官連続誘拐殺人なんて そうそうお目にかかれるもんじゃねえぞ?...しかも、5人も殺害されて犯人の 居場所どころか、素性すら掴めないままとはな..」
光は呆れたように肩をすくめた。
「まあ、遺族の気持ちもわからなくはねえだろ。被害者が出続けているのに一向に犯人が捕まらないんだからな...警察を信用できずに、俺達みたいなのに依頼するのも無理はない...この人も俺達が依頼を受けなきゃ。今頃は冷たくなってただろうしな」
テュールは眠る真由美を一瞥した。
「警察を信用できずに...ねぇ?...本格的にお前の懸念していたことが正しそうだな。」
「あの事か?マスターのコーヒー飲みたくねえから、適当にはぐらかそうと思って言っただけなんだけどな...そういえば、そっちはどうだった?」
「これといった収穫なし....と言いたいが、強いて言うなら、最後に倒した男の懐から、この2つが出てきた。」
そう言って光はテュールに、犯人が持っていた携帯電話と紙を渡した
「携帯と.....なんだこりゃ?」
テュールは渡された紙の内容を見て、怪訝そうな表情を浮かべる
「それと..いい加減、あっちも痺れを切らしたみたいだぞ」
光がそう言うと上の方から足音がかすかに聞こえてきた、おそらく警察が突入してくるものと思われる。
「あらら、団体様のおなりだ、そろそろ行こうか。」
テュールは不敵に口角を上げ、闇に溶けるように身を翻した。二人はすでに自分たちがここから離れることだけに意識を切り替えていた。
だが、その直後――
(……あつい……)
真由美の瞼がかすかに震えた。 深い沼の中に沈んでいた感覚が、肌を撫でる奇妙な温もりに導かれて浮上していく。焼けるような痛みではなく、まるで春の陽だまりに包まれているような、ひどく心地よい残熱だ
「……ん……っ」
朦朧とする意識の中で重い瞼をわずかに持ち上げるが、視界はひどく濁り、焦点が合わない。だが、逆光の中に溶けていく二つの人影だけははっきりと瞳に映った
(……だれか…いる…?)
声を出そうにも唇は震えるばかりで音にならない、ただ、背を向け歩き出す一人の人物の姿を捉えようと必死に視線を向ける。
そしてその人物が右手の手袋をくいと引き上げ、無造作に伸ばされた左手の手首が、捲り上がった袖口から一瞬だけ、ほんの僅かに剥き出しになった。
白皙の肌を侵食するように広がる、滲んだ赤黒い火傷のような色。それは先ほど まで彼女を包んでいた温もりとはあまりに不釣り合いな毒々しい色彩を帯びていた。
それが真由美が再び意識を手放す前に見た、最後の記憶だった――
直後、地下へと続く重い扉が、爆破と聞き間違うほどの凄まじい音と勢いで蹴り開けられる。
「警察だ! 動くな!!」
同時に、装備を着た隊員たちが盾を並べて地下室へ雪崩れ込んだ。
隊員達は眼の前の状況に、多少の困惑を覚えたが、すぐに犯人達を取り押さえ始める。
「先輩!真由美先輩っ!!」
するとその隊員たちの困惑をかき分けるようにして一人の刑事が飛び込んできた、背は真由美より頭一つ分ほど低く、短い黒髪がよく似合っている。彼女は三上千尋、真由美のバディである。
千尋は真由美の傍らに滑り込むように膝をつくと、今すぐ抱き起こしたい衝動を抑え込むように、その肩にそっと手を置いた。
「先輩っ、...しっかりしてください先輩っ...!」
「ああっ、ちょっと君!...落ち着いて、むやみに揺らさないで!」
隊員の一人が千尋にそう言い、なだめる
「あっ、すみません...」
その声で、千尋は憑き物が落ちたように我に返った。
「……っ、はぁ、はぁ……」
荒い呼吸を整え、ゆっくりと顔を上げ、おそるおそる辺りを見回す。
気絶して倒れている犯人たちと、不自然なほど無事に横たわる真由美、まるで嵐が過ぎ去った後のような異常な光景が、ようやく彼女の意識にも届き始めていた。
すると千尋も次第に刑事としての冷静さを取り戻していく。
(……これ、全部先輩が?)
否、その考えはすぐに改めた、真由美の優秀さは誰よりも理解しているつもりだが、現場には、激しい格闘の痕跡も、弾痕の一つすらない。この人数を一人でしかもここまで静かに制圧するのはどう考えても不可能だ、
(……いや、ありえない。)
まるで、形のない何かに一瞬で飲み込まれたかのような、静かすぎる制圧の跡
「誰が、こんなことを……?」
千尋の口から、乾いた疑問が漏れた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
前回の投稿から一週間近く経ってしまいました。
なんとか一週間に一話というペースで進めたいと思っているのですが、やはり謎解きを考えると頭を抱えてしまいますね(苦笑)。
あらすじでも触れた通り、ミステリー要素はあくまでエッセンスとして楽しんでいただければ幸いです。あまり複雑にしすぎると、後々自分の首を絞めてしまいそうなので……!
最後に少し補足ですが、冒頭でテュールを「少年」と書いているので小柄なイメージを持たれるかもしれませんが、実は174cmあります。光の178cmとあわせて、 二人とも日本人からするとやや高めなコンビなんです。
謎解きも考えたので次回はなるべく早く投稿したいと思ってます!
今後も彼らの活躍を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!




