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ふと顔を上げると、たまたま目に入ったカレンダーには大きな丸印が付いていた。
「この丸印は何?」
「これ? おかあさまがうちに来た日だよ」
パズルで遊んでいた義理の息子──ルイスが答える。
「……もう一年も経つのね」
いつの間にそんなに経ったのだろうと、驚きを禁じ得ない。それと同時に、ルイスが健やかに育ってくれていることに感謝した。
バレステロス公爵令嬢だったイサベルがアンドレウ侯爵家に嫁いでから、早一年。
思えば本当に色々なことがあったと、イザベルはこの一年を思い返す。
──きっかけは、アンドレウ侯爵の後妻としてこの屋敷に嫁いできたことだ。
イザベルは初夜に突如前世の記憶を取り戻し、ここが乙女ゲーム『グランハートファンタジア~スランの聖女~』の世界であることに気づいた。しかも、転生したのは未来の天才魔術師ルイスを虐待し、その人格を歪ませる悪虐継母──イサベル・アンドレウだったのだから驚きだ。
乙女ゲーム『グランハートファンタジア~スランの聖女~』は、平民として暮らしていた少女がある日膨大な魔力を発現し、行方不明になっていた伯爵家の息女であることが判明し引き取られるところから開始する。
攻略対象は全部で五人。王太子のミゲル、大神官のルーク、次期伯爵のアダン、天才騎士のレオン、そして、天才魔術師のルイスだ。
イザベルはこの攻略対象のひとり──ルイスの継母であり、ゲーム本編では名前すらろくに出てこないくせに、彼にとんでもない心の傷を負わせてヤンデレ化させる最低最悪の女だった。
それに気づいた当初こそイザベルはルイスと関わらないことで不幸な未来を回避しようとした。しかし、実際のルイスは親の愛情に飢えた、とても素直で愛らしい男の子だったのだ!
そしてイサベルは決意したのだ。
絶対に、ルイスを幸せにする。愛情いっぱいに育てて、未来のヤンデレ化なんてさせないと──。
カレンダーを見つめたまま思い出に浸っていると、ルイスが駆け寄ってきた。
「おかあさま! 見て」
「なあに?」
ルイスのほうを見ると、彼はスケッチブックをイザベルに見せてきた。
「これ、きのう見つけた虫さん」
「まあ、本当ね。てんとう虫だわ」
「はねに七つ、丸があるの」
「すごい。よく数えられたわね」
「うん! えへへ」
褒められたルイスは、嬉しそうに笑う。
(あああああ、可愛い! うちの子が可愛いぃぃ!)
一言で言うなら、天使だ。
今日もうちの子が天使すぎる。
ついでに言うと、絵も天才的に上手いのだ。例えばこのてんとう虫。今にも飛び立ちそうな躍動感がある。間違いなく天才だと思う。
そのとき、窓の外から屋敷の門が開く音がした。
ルイスはハッとして窓に駆け寄ると、外を見る。
「おとうさまだ!」
ルイスの表情がパッと明るくなる。
「ぼく、おとうさまむかえに行く」
「ルイス、走っちゃだめよ!」
「うん、わかってる」
ルイスはそう言い残すと、早足で階段を駆け下りる。
「わたくしも迎えに行かないと」
イザベルは椅子から立ち上がると、ゆったりとした足取りで玄関へと向かう。
(まだ日が沈む前なのに、アレックス様も変わったわよね)
空が夕焼けに染まっているのが窓から見えて、イザベルはしみじみと思う。
魔法省のトップを務めるアレックスは、各所から舞い込む魔法庁への依頼への対応で、いつも忙しそうにしている。結婚当初は、放っておけば朝早くから夜遅くまで働き続けるとんでもない仕事人間だった。
それが、イザベルが『ルイスとの時間を大切にしてほしい』と伝えてからは、こうして日が沈む前に帰宅する日も多くなった。真面目な性格の人なので、ルイスのためと聞いて時間を作るために色々と頑張ってくれているのだろう。
この一年、ルイスが成長したのはもちろんだが、アレックスも父親として成長したように思う。
イザベルが玄関ホールへ到着したちょうどそのタイミングで、帰宅したアレックスが玄関から入って来た。
「おとうさま、おかえりなさい!」
ルイスは待ちきれない様子で、アレックスに駆け寄った。
「ああ、ただいま。何も変わりはないか?」
「うん。今日はおかあさまとお絵描きして遊んだ」
「そうか、よかったな」
アレックスの目が優しく細められる。そして腰をかがめ、ルイスの頭を軽く撫でた。
ルイスが嬉しそうに笑う。
(ふふっ、嬉しそう)
見ているこちらも思わず微笑んでしまう。
「おかえりなさいませ」
イザベルもアレックスに声をかける。アレックスはイザベルの顔を見ると、柔らかく微笑んだ。
「ああ、ただいま」
アレックスはイザベルに一歩近づき、彼女の頬に触れるだけのキスをする。
(本当に、変わったわ)
結婚したばかりの頃は毛嫌いされており、顔を合わせるのも嫌がるほどだったのに。イザベルから頼んでルイスの前では仲の良い夫婦を演じてもらっているが、すっかり板についた様子だ。
今では、休日に時間を作って三人でピクニックに出かけることもある。
こうした親子の時間の積み重ねは、きっとルイスの成長に良い影響を与えてくれるだろう。
「おとうさま、おかあさま、来て」
ルイスが両手で、イザベルとアレックスの手を引っ張る。
「わかったから、引っ張るな」
「あ、ごめん」
バツが悪そうに、ルイスがはにかむ。
その姿がなんだか本当の家族みたいで、胸がこそばゆかった。




