破滅の形
「ふ、ふふ──あははははっ! いやぁ、ド派手にやったねぇ、少年!」
杖が粉々になったことにより、使っていた魔法が全部消えたので、無様に落下していたらアテナ先生に拾われた。
何笑ってんだ、と文句を言いたいところではあるのだが、完全にそれどころではない。
俺の渾身の一撃は意味を為さず、抵抗する為の手段は、手元で爆発して跡形もなくなったのである。
いや……ちょっとこれ、本当に恥ずかしいな……。
空から現れたと思ったら特に何もできず、ただ落下してきただけのガキンチョになってしまった。
「まったく、そう卑下するんじゃない。かなり良い魔法だったよ……今の魔王なら、直撃してればオーバーキルですらあった、とこのせんせーが断言するほどにはね」
「は? いや、直撃はしたと思うんですけど……」
滅茶苦茶な爆発とか起こっていたし、何よりアレだけ撃って、全部外すのは流石にあり得ない。
もしそうだとしたら俺、ノーコンとかってレベルじゃないからね?
「んー? 仕方のない子だな、キミは……ほら、良く観察したまえ。さっきと今では、大きく違う点があると思うよ?」
「違う点……?」
そんなに分かりやすい感じの影響出てたかな、と疑いつつもぼやける目を凝らせば、当然、見えるのはゲーム内で良く見た魔王だった。
このデカい会場を以てして、やっと収まるほどの体躯を誇る、龍を模した姿。
その鱗に傷は一つとして無く、血の一滴すら流れていない。
余裕綽々って感じの表情で、俺達を眺めているくらいには無傷だった。
「え、いや……え? 何一つ変化が見て取れないんですが……」
「え? もしかして少年って、目が潰れてる感じかい?」
「節穴よりエグイ罵倒が出てきたな」
本当にちゃんと見てる? とかなり真剣な顔で問うてくるアテナ先生だった。
流石にそうまで言う以上は、何かしら起こったんだとは思うのだが……。
俺の記憶にある魔王と、眼前に佇む魔王に違いは何一つ無いように思えた。
敢えて言うのなら、こうしてまじまじと見ていると、遅れて恐怖がやってくる、ということくらいか。
「あのねぇ……アレが最初に纏っていた魔力、目に入ってなかったのかい?」
「────あっ。あーっ! そっか!」
未完全体の魔王って、魔力を纏ってたんだっけ!
あまりにも完全体の方が見慣れ過ぎていて、全然違和感が無かったのだが、そうか。
一応、効いていたのか……ていうかあれ、装甲だったのかよ。
ゲームだと主人公が、特殊な力で消し飛ばしてしまうから知らなかった。
へぇ、力押しで剥がせるんだな、アレ。
「まあ、だとしてももう、俺に出来ることは無いんですが……」
「? 何言ってるんだい、本番はここから。そうだろう?」
「無茶苦茶言いますね……」
いや、確かに本番なのはここからだろうが……。
普通に俺がもう、限界だった。
過剰な量の魔力を吸収・変換・収束・出力したせいか、肉体が悲鳴を上げている。
多分、地上に降ろされたらまともに一人で立てない。
今でさえ、気を抜けば意識が軽く飛びそうなのだ。
それに、何より杖が壊れた。
魔法使いにとって、杖とは生命線だ。基本的に魔法使いは、杖が無ければただの一般人であるのだから。
要するに、今の俺は何かボロボロな魔法使い、ではなく、何かボロボロな一般キッズである、という訳だった。
魔法を扱う為の手段が失われた以上、戦いにすらならないのは明白である。
「そうかな? せんせーは、そうとは思わないけれど」
「……魔法魔術師からすれば、そうかもしれませんが。魔法使いからすれば、これは常識ですよ」
「ああ、いや、そうじゃなくってさ。少年の言う通り、杖は手段であるけれど、同時に手段の一つでしかないってことを、せんせーは言いたいんだよ」
魔王が無作為に放つ、死の光線を気楽に躱しながら、アテナ先生は授業でもするかのように言う。
端的に言って、何言ってんだこの人? って感じではあるのだが、流石にこのタイミングで、無意味な情報を垂れ流すとは思えない。
やれやれ、と俺は耳を傾けた。
「言ってしまえば、杖とはプリセットされたプログラムに魔力を通して、魔法を発動しているに過ぎない」
「まあ、そうですね」
「だよね。でもそれってさ、本来人の脳みそでも出来ることだろう?」
「いや、そりゃあ、魔術師がいる以上、構造的には可能なんでしょうが……だから、魔術属性は才能って言われてるんでしょ」
「うんうん。でもさ、魔術師と魔法使いの脳みそに、これといった違いは存在しなかったらしいよ。これってさぁ、つまり────魔術をより簡素にした魔法くらいなら、《《普通の人間でも脳で処理するのは可能ってことだよね》》?」
「は?」
滅茶苦茶な暴論を振りかざすのはやめろ! と。
そう言いたかった────否、言ったのだ。確実に口にはしたつもりだった。
ただ……そう。次の瞬間、
「そういう訳だから、実践よろしくね! そぅら、がんばれ~!」
という掛け声と共に俺がぶん投げられていなければ、ちゃんと言葉になっていただろう。
ちょっと洒落にならない速度を伴って、俺は魔王へと放たれる────いやこれ死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
ちょっ……本当に死ぬやつじゃんこれは!?
風圧で身動きが取れず、ただ絶叫するしかなくなった面白人間砲弾と化していたら、不意に魔王と目が合った。
「────無様だな」
「あ!!!? 一連の流れ見ておいて、そんな煽りが許されんの!?」
お前、全身を魔力でコーティングして、本気で砲弾になってやろうか────と、考えたところで、ふと気づく。
今俺、自然と魔力を無手で使う発想が出てきたな、と。
というか、そうする為の方法が、考えるまでもなく分かったな、と。
何でだ? と思う前に答えに辿りつく。
これ、目がぼやけてるんじゃなくて、魔力が視えてるんだ。
急激かつ大量の魔力を扱って、魔力神経が限界まで励起したお陰か? ともかく、理解すると同時に、世界の視え方が変わっていくのが分かる。
俺達の生きる世界とは別に、重なるように存在している、本来魔力で満ちている世界────別のレイヤーとでも言うべき世界が視える。
え、やば。魔術師って、もしかして生まれた時からこうやって視えてるの?
そりゃ強いわ。魔術師だけが、魔装に至れるのも納得できる。
「飛行魔法:高速展開」
「……ほう、触れたか。魔導の深奥、その一端に」
杖無しで、しかし展開された魔法陣を足場に跳ねて────飛ぶ。
次いで、追尾してきた幾条もの光線を、展開した四枚の守護魔法で防御した。
一枚、二枚、三枚と割れ、四枚目で止まる。良し、計算通り。
「──! 予知したか、余の魔導を! 世界の軌跡を!」
「いや別に、そこまで大仰なものじゃないと思うけど……ただ、今は世界が良く視える、ってだけ」
互いに展開した魔法陣から放たれた極光が、ぶつかり合って弾け合う。
火力的には、ほぼ互角。
今の俺と、今の魔王は、瞬間的に発動できる攻撃のレベルがほぼ同じということだ。
それはつまり、守護魔法や強化魔法に関しても、同じと言っても過言ではない。
無論、魔王が手を抜いているという可能性もなくはないのだが……あっちだって、加減をする理由は無いはずである。
こまごまとやり合うのは、時間の無駄だ。
と、なれば。
「最大火力勝負になるよなあ!」
「────無意味な抗いだ。魔導の深奥に踏み込んだとはいえ、その領域では所詮、一歩目に過ぎぬのだから」
巨大な魔法陣が、互いを脅すかのように展開される。
向き合うは、闇色の魔力光。
それを自身の魔力で押し潰さんと、脳を限界まで回転させて、かつ魔力を練り上げる。
「王核限定解除────之なるは、始まりにして終わりの破滅」
魔王の詠唱を聞きながら、冷や汗を垂らして魔法を用意する────魔法使いが、魔法を発動する際の掛け声は、いわばただの音声認証だ。
魔術に詠唱はつきものであるが、魔法は特別必要という訳では無い。杖に必要、というだけだ。
これまでの魔法行使で確信したが、脳で回せるのなら、言葉は不要だ…………あれ? もしかしてこの考え、ダメか?
「此処に滅亡を。愚かなる星に鉄槌を。乱れた世に制裁を」
闇色の魔力との拮抗が、僅かに崩れ始める。
こちらの本気が、徐々に浸食されていく。
詠唱するなんて行動は、本来戦闘には向かないはずだ。喋るより動けってなるだろ、普通────では、何故そうならなかったのか?
俺ですらこうやって、言葉を必要とせずに魔法を発動できるのに。
魔装なんて、どう考えても無言で発動させた方が利便性も良いし、虚も突けるだろうに。
これまでの間、魔術師が、詠唱破棄を重要視しなかったのは、何故だ?
「────秩序は此処に、砕け落ちた」
考えるまでもなく、目の前の闇が答えだった。
魔術師は、詠唱することが最適解であると、本能的に分かっていたんだ。
要するに魔術とは、生まれ持った魔術属性を扉とすることで、重なり合う別レイヤーに接続し、《《言葉でそっちを改変し》》、《《こっちに超常現象を齎すこと》》なんだ!
あー、これまずったな、と直感的に理解する。
気付くのが遅すぎた。かつてない万能感に身を委ね過ぎて、調子に乗った。
これ、死んだわ。
「王核限界駆動────"訪れよ、第一の滅亡"
「っ、ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
直後、同時に引鉄を引いた。
蒼の砲撃と闇の砲撃はぶつかり合って──拮抗しない。
俺の放つ砲撃魔法を、当然のように喰らい尽くした闇色が迫る、迫る、迫る!
ありったけの魔力を総動員し、大気の魔力をかき集めてなお抗えない────やり方の効率が悪すぎて、追いつかない!
「消えよ、特異点」
「────ッ!」
言葉を発することすら出来なかった。
いいや、違う。
何かを言い返す前に、視界は真っ黒に染め上げられて。
意識は溶けるように消え落ちた。ただ、それだけのことだった。