至りし者
「あっ、もしかしてこれ、ヤバい感じ?」
上空で一人、「まあ、何だかんだ少年ならいけるっしょ」と余裕をぶちかましていたアテナは、砲撃に呑み込まれた甘楽を見て、初めて危機感を覚えた。
辛うじて守護魔法は破られていないが、会場自体には大穴が空いており────そこから、彼が這い上がって来る様子は見られない。
……。
…………。
………………。
(や、やばいやばいやばいやばいやばい! 少年、死んじゃった!? やだやだやだやだやだやだダメダメダメダメ!!! うわぁぁぁああん死んじゃやだ~~!)
滝のように汗を流し始め、泣きそうになりながらアテナは空を踏みしめる。
くそぅ、許さない。絶対に殺してやるぞ魔王! と、半分くらい責任を擦り付け────しかし、飛び出さなかった。
何故ならば。
一条の蒼い閃光が、魔王を穿ったからである。
「ゔっ、おぇ……ぐ、ま、マジで、死んだと思った……」
「────有り得ぬ。何故生き残れた、特異点」
「いや、生き残ったって言うか、死んでないだけ、みたいなもん、なんだけどな……」
土煙から現れた甘楽は、生きているのが不思議なほどに満身創痍だった。
全身が、自身の血に塗れている。
歩くのは覚束なく、左腕はひしゃげてだらしなく揺れている────それでも、魔王には不可解だった。
当然だ、多少の拮抗はしたものの、直撃したのである。
一片すら残さず、消し飛んでいて当然だ。それなのに、何故?
思考・分析を開始して数秒。
魔王は解答を得る。
「守護の魔法を、壊れたそばから展開し続けたか」
「えぇ……分かる、んだ。まあ、魔法は基本的に、高速かつ、大量の展開が売り、だからな」
「理解した────であれば、次こそ消えるが良い、特異点」
慈悲は無く。ゆえに躊躇は無く。
魔王は再び、先程と全く同じ魔法陣を展開した。
それを見て、心の底から安堵していたアテナが、「今度こそやばい!」と、魔装を振るおうとするのと。
「久遠の彼方 祓われざる闇の先 沈まざる光の雫」
右手を前に出し、甘楽が詠唱を口ずさむのは、同時のことであった。
思わずアテナは動きを止めて、絶句した。
そんな彼女とは逆に、魔王は少しの逡巡も無く、口を開く。
「王核限定解除────之なるは、始まりにして終わりの破滅」
「理を壊す道 堕ちた天は何を見ゆ」
それは、アテナからしてみても、有り得ない光景だった。
今、甘楽が行使しているのは《《魔法ではない》》、《《魔術だ》》。
いや、いいや。
先天性魔術属性を必要としていないアレは、最早魔術と言って良いのかすら分からない。
未来の記憶にさえ無いそれを、すぐに理解することは出来なかった。
しかし、ただ一つ、分かるとするならば。
彼は今、魔法と魔術、二つの方程式を解析し、独自の形に落とし込んでいるということだけだ。
「此処に滅亡を。愚かなる星に鉄槌を。乱れた世に制裁を」
「恐れること勿れ 讃えること勿れ」
膨張する魔力は、先程とは違い完全なる拮抗を生み出した。
ナタリアとアテナの張った守護魔法が、その余波だけで震えている。
「────秩序は此処に、砕け落ちた」
「導に従い ただ弓を引け」
二つの詠唱が、同時に終わりを迎える。
しかし、起動するのは魔王の方が早かった。
純粋な闇の破滅が、先んじて解き放たれる。
「王核限界駆動────"|訪れよ、第一の滅亡《Prima Distruzione》"」
それは魔王本来の持つ切り札と、世界の自滅機構が備えていた仕組みが合わさった、第一の終焉。
容易に星を喰らい尽くし、常識を粉々に打ち砕く、終わりへと向かう一撃。
それが、今たった一人の少年にのみ向けられて、放たれた。
「展開────"第壱砲撃魔導:無窮"』
対し、迎え撃ったのは蒼色の希望だった。
すべてを呑み込まんとする闇を、逆に喰らい尽くす光の権化。
アテナの理解は、半分正解で、半分不正解だった。
現在、甘楽の行使しているモノは、超科学でも無ければ、幻想でも無い。
その二つが融合せしめた境地。あるいは、七つの滅亡のみが行使できる、世界を壊す秘奥────魔導。
何もかもが限界以上にまで到達した甘楽は今、本来人の身では辿りけない……辿り着いてはいけない領域に、ほとんど意識を失った状態で、指先だけ触れていた。
不完全な身で放たれた魔導と、不完全な理解で放たれた魔導。
どちらが勝ってもおかしくはなかった。
それほどまでに、互いの出力は拮抗しており────しかし。
「し、信じ、られぬ……有り得ない! 余は、余こそは! 第一の滅亡にして、魔王であるぞ!」
勝利の女神は、少年に微笑んだ。
勢いを増し続ける蒼色が、ついに闇を呑み込み、魔王を射抜く。
外装を剥がされ、弱体化した肉体を、一条の光芒が貫き天へと至る。
────魔王は、この世界において特別な存在だ。
選ばれし者による攻撃でしか、命を落とすことは無い。それはこの状況においても変わることは無く、しかし、魔王と一体化した、世界の自滅機構の方は別だった。
音がする、壊れる音がする。
死と再生を繰り返す度に剥がれ落ちていく不純物が、純然たる力を前に、完全に消し飛んだ。
逃げる力さえも失った魔王は、その場に崩れ落ちた。
同時に、気が抜けたのか、甘楽もその場に崩れ落ちる。
それを見て、
「え……えっ? 凄いを通り越して、ちょっと気持ち悪いな……」
アテナは、自分を差し置いて普通にドン引きした。




