第97話 マシュの狙い?
「眠たいな〜。今日の授業はまだ終わらないのかな」
「まるで、昨日と立場が変わったようだな、マシュ」
大きな口を開けながら欠伸をするマシュ。身体を後方に向け力強く伸ばしたことで、椅子の前足が軽く宙に浮く。マシュの体重を全て支える必要になった後ろ足は、悲鳴をあげているようだ。ギィギィという音が、未だ朝の日差しが降り注ぐ教室に小さく響き渡る。
「昨日色々あってな、ってそういうシルだって目の下に隈ができているじゃないか。人のこと言えないぞ」
シルの目の下を指差しながら、マシュは僅かに目の端に水滴を浮かばせながら呟く。
「こっちも色々あったんだよ。ほんと、この場所に来てからというもの、まともに寝れた記憶がないよ」
そう苦言を呈しながら、シルは教室を見渡す。どうやら、眠気に襲われているのは、何も二人に限ったことではないようだ。誰もが、人目を憚らず大きな口を開放的にし、中には全てを諦めて机の上に伏せている者もいた。
「みんな、やる気がすごいんだよ。僕と同部屋の彼だって本当に燃えていたよ。この模擬戦に対してね」
「やっぱ、燃えるよな・・・。そりゃ、そうだよ。強いやつと戦えるんだからな!」
「多分、その理由でやる気に燃えているのは、シルだけだと思うよ?」
えっ、と驚きの声が漏れ、そのままの勢いでマシュの顔を見つめる。しかし、彼の顔に浮かぶのは呆れたような表情だけだ。まるで、シルだけが子供だと言わんばかりのそれは、余計にシルの感情を揺さぶった。
「なんで、みんながこの模擬戦に対して熱意を高めているのか。それは簡単だよ、シル。皆んな悔しい思いをしたんだよ、きっとね」
「悔しい? 何に対してだ?」
問い返すシルに、マシュは一度首を横に振る。そして、苦笑を浮かべて、再び閉じた口を開いた。
「その先は、パートナーである彼女に教えてもらいな。シル、僕と君はこの世の誰にだって遅れを取らないパートナーだ。それは、断定できる。でもね、この模擬戦に限っては敵同士なんだよ? そこのところ、もう少し考えた方がいいんじゃないか?」
「考えるって、どういう意味かしら?」
「アン? いつの間に、そんなところに立っていたんだ?」
突如として会話に参入してくる三人目。彼女は、後方から二人に近づき、そしてタイミングを見計った上で声をかけた。明らかに敵意の目線を、マシュに向けながら。そこまで敵対心をむき出しにするアンに、困惑するシルであったが、マシュはそれを笑みで受け止める。まるで、そんなものを何も気にしていないとでも言うように。
「言葉通りの意味だよ、アン・オーウェル・ラザーム。風を操る少女、だったかな? 君たちも分かってると思うけど、この模擬戦明らかに僕たちは不利だ。そう思うだろ?」
「なぜ・・・私の本名を・・・?」
「能力が他の人に知られているからか?」
アンの囁き声をかき消すように、シルは一歩前に出て大きな声を発する。思った以上に出たその声は、微かにマシュの眉を曲げる。だが、彼が言葉を止めるほどの威圧にはならなかったみたいだ。
「その通りだよ、シル。昨日の戦いで、僕たちは手の内をさらけ出した。はっきり言って、奇襲の類は使えない。勝負の結果だって、見通せたものじゃない。でもね、一つだけ言えることがあるよ!!」
シルの大きくなった声よりも、遥かに大きな声を出すマシュ。普段なら絶対に行わない彼の行動に、シルは少し戸惑いを覚えた。いや、戸惑いを通り越して、それは違和感と言ってもいいだろう。とにかく、あまり表立つ行動を取らない、彼らしくない行動であった。
「この模擬戦、優勝をかけて戦うのは間違いなく僕とシル、僕たちのグループだってこと! 理由なんて、いくつもある。でもね、決定的なのは一つさ、ねぇシル。僕達が能力を割れたことは・・・デメリットになるのかい?」
マシュの問いに、シルは自信を含ませて首を横に振った。
「いや、デメリットなんかになるはずがないな。だって、」
「「まだ本気を出していないから」」
意図せず重なった言葉に、教室から音が消えた。会話の声の音ではない。もとより二人しか話していなかった。それではなく、彼らの呼吸の音すらも奪い去ったのだ。呼吸の仕方までも忘れてしまったものも、いるかも知れない。
「そうさ! 僕たちの実力は、あんな三下程度では出し切れるはずがないじゃないか。それにさ、思い出してみてよ、シル。能力が分からない生徒ってさ・・・昨日グラウンドで何をしていたの?」
はっと、声にもならない声が教室のどこかから上がった。次に言われる言葉を、すでに予期したかのように。
「命を繋ぐために戦ったのかな? 他の誰かを救うために、盾となったのかな? いや、全部違う!! 彼らは、戦う恐怖に駆られて逃げたんだ。能力を使おうなんて、考えもしなかっただろうよ。だって、生き延びるのに、必死だったんだからな!!」
「もういいだろう!!!!」
声を上げたのは、シルではない。それどころか、アンですらない。声の持ち主は、教室の端の席に座り、机に伏して眠っていた男子生徒だった。
彼は、スッと立ち上がると、三人の元にゆっくりとした動作で歩み寄る。マシュの前に立ちはだかるように、立った彼はかなりの高身長であった。前に立たれたしまえば、小柄なマシュの姿は覆い隠され、見えなくなってしまうほどだ。
「君の狙いは、十分効果を果たしたんじゃないのか? なら、もういいだろう。大佐ももうすぐ来られる。今は、静かに席に着席して、その時を待つべきではないのか?」
「何を言っているのかは分からないけど、とりあえずその意見には賛成だね。僕も少し疲れた」
そう言うと、一番初めに自分の席に戻っていくマシュ。その背中からは、どこかやり切ったような達成感のようなものが、溢れているように見えた。




