秘密の共有
「えっと……っすね。私。あぅ……その、やっぱりなんか。もっと自然なタイミングでいいっすか……?」
「焦らされるのは嫌だからここまで来たら言ってほしい」
「うーん……! ならヨースケもっス! 人間なら隠し事の一つや二つあるっすよね? それ言えっす。私から言うっすよ? 私は――魔族は魔族でも淫魔の類なんすよ」
秘め事を明かすようにノーチェは目を閉じて声を響かせる。脳内で翻訳されていく異界の言語。意味が伝わってくるが正直な話あまり動揺はしなかった。
「……反応薄いっスね。これ意味伝わってるっすか?」
「実在はしないけど言葉としては俺の世界にもあるから理解はできてる。いや、ノーチェがなんだろうが今更だし、……あんまり意外性もないから驚くことがない」
途端に険しい目つきで俺を睨むと両肩を強く掴まれた。そのままぐわんぐわんと身体を揺さぶられた。
「それは酷くないっスか!?」
声が裏返るぐらい不服らしい。尾が感情を示すようにいきり立って力強く揺れ動いている。
「悪かったって。冗談だから怒らないでくれ」
「淫魔ッていうのは最低なんすよ。人間から魔力を奪わないとやってられない肉体。魔族としても寄生虫みたいな生き方をするから嫌われ者で種族そのものが恥! 恥っす! はしたない奴ばっかで――――!」
勢いのままに言葉を零して、不意に何かを思い出したように黙り込む。切ないような表情で瞳をわずかに潤ませて、けどすぐに素面に戻ってしまった。
「フッ。でも、ヨースケなら気にするわけなかったっすねぇ」
「なんで鼻で笑った?」
「笑っちゃいないっすよ。褒めただけっす。んで? ヨースケも聞いたんだから言えっす。ほら、ほーら。ヨースケの番っすよ」
(横暴な……)
ゆらゆらと身体を揺さぶられながら諦めて隠し事とやらを思い出そうとしてみる。けど生憎、元の世界の知識やらはあるのに自分の記憶はあまり大したものはない。
精々友達が少ないとか。それぐらいなもので――――。
「……あっ! ……いや、これは」
「なんすかじれったいっすね。早く言えっスよ」
急かすようにノーチェが顔を近づけて、ニカっと微笑むと俺の膝を指で撫ではじめる。こそばゆい……というよりくすぐったい。ただでさえ色々、堪えてるのに。こういうときに限って何も思ってないみたいな無邪気な笑みを浮かべて肌が一層触れ合う。
「言うって。言うけどさ……。言ったら引くと思うんだよ」
「引くから秘密なんじゃないッスか」
興味津々な様子で蒼い瞳が好奇に輝く。このときばかりは傷すらも気にならないように見えて、言わないわけにもいかなかった。
「いや、ノーチェがさ。初めて会ったとき倒れてただろ? ……実は、そのときだな。ノーチェの、尻尾と翼あるだろ? ……最初は本物か気になってさ? その、つまりは――」
「私のこれがどうかしたんすか?」
首を傾げてバサバサと両翼を仰ぐ。気のせいかもしれないがいつもより翼が小さく見える。存在を主張するように揺れる黒い尻尾が俺の顎を持ち上げるみたいに撫でた。
「初めて見た時好奇心で触ったんだよ。そしたらツルツルしてて冷たいのが癖になってだな……。ノーチェが先に寝たとき時々触ってました……! 以上。以上だ。やっぱり引いただろ。頼むから誰にも言うなよ」
「誰に言うんすかそれ。……岩にでもお話するんすか? ……えッ。マジで触ってたんすか?」
ジッと不満げに睨まれる。ぽりぽりと気まずそうに頬を掻いて、翼を縮める。ノーチェは指を立てると俺の唇に一瞬だけ触れて、表情を隠すみたいに洞窟の外に目を向ける。
「……私のも誰にも言っちゃダメっすからね」
「ああ、約束だ。……魚にだって秘密にする。虫にも言わない」
糞真面目にそんなことを言ってから自分の発言が馬鹿みたいで笑いそうになる。脱力しながら一緒に外を眺める。黒く塗り潰された密林のなか、大粒の雫が線を描いていくのだけが見える。
「やみそうにないな」
「……ッスね」
決して凍えるような寒さがなくなったわけではない。密着したまま沈黙して、ただ時間が過ぎるのだけを待ち続ける。
消える気配のない闇は時間が経てば経つほどより一層濃くなるばかりで、多分だが日が傾き始めていた。気温の低下に伴い纏わりつくような湿気が減っていく。だが火はつけられない。その場で耐え凌ぐことしかできないから、寒さと不安を紛らわすように目を瞑った。密着し続けていた肌は、いつのまにかどっちが冷たかったかもわからない。
疲労がどっと押し寄せて思考が曖昧になっていくなか、砂浜で聴いたあの唄が耳元で囁かれてる気がした。
「ノー……チェ、魔力は……あまり――――」
言葉を続けることができずに意識が微睡に落ちた。




