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振り出し

 朝4時に投稿して0時までに220Pを超えないと昼食を奢らなければならない事態に陥ったので慈悲をください。ほんとうに。


 でも上記とは関係なしにブクマや感想、評価、誤字報告。そうした関わりはめっちゃ励みになるのでいつでもほしいです。とても。ちなみにですが虫食でテレビだとカブトムシの幼虫とか適当なこと言われるジャングルのでっけえ幼虫ですがあれは「スリ 幼虫」ってぐぐるとでてきます。

 カブトムシではないです。

 8




 ピチャリ。ピチャリと。岸壁に穏やかな波が打ち付ける音がする。覚醒しない意識で周囲を見渡す。洞窟にいたはずなのに周囲には多肉植物。棘の生えた低木ヤシ。足元は浅い水に浸かっている。


(いや……ああ、夢か)


 手足を動かそうとして夢だとわかると一瞬で意識が覚めてくる。現実に身体が動いて、俺は本当に目を開けた。洞窟の天井がはっきりと見える。外から差し込む陽の光。数が正しければこれで八日目の朝だ。暗闇だった濃厚な緑も視認できた。何も安心できる要素なんてないのに懐かしさすらある。


 反射して煌めく雨溜まり。洞窟のなかにまで入ってきていて、足元から臀部まで夢以外でも浸水していた。悠々と小魚が隣を泳いでいる。


「ッ、マジか。ノーチェ起きろ! ここはもう使えない。服がまた濡れた……くそ」


 抱きついたまま熟睡するノーチェを揺さぶって起こす。腕を動かすとビリビリと痺れが走った。知らない間に手のひらが蜜柑みたいに膨れ上がってる。それにずっと同じ姿勢でいたからか首や背が痛む。脚もむくんでいるうえに、それなりの間水に浸かっていたのか、皮膚がふやけている。


「うぅ……。なんすかヨースケ……。うぇ、水……!? っ痛!」


 眠気が一瞬で吹き飛んだのかノーチェが咄嗟に立ち上がろうとして、苦痛に顔を歪めて脚の傷を押さえる。それに気のせいじゃなければ、やっぱり彼女の翼が前よりも小さくなっていた。


「脚は……大丈夫か? 消毒なんてまともにできてないし。感染症なんかになってたら――」


「歩けないことはないっす。魔族の身体の大半は魔力で出来てるっす。そのせいか人間共よりはその辺の病気にはならないっすけど」


 そう言いながら彼女は脚に巻いたシャツを解く。褐色肌の太もも。痛々しい傷口は血よりも濃い黒色で固まっていたが両手で数えきれる程度のヒルがくっついていた。気色の悪い青色の扇形のヌメヌメが今も肌を這っている。


「見たことないヒルだな」


 マングローブを沿って歩いたときから時々くっついてることがあったのでもはや気にならない。気にすべきなのだろうが、手にたんこぶをつくってくれた虫刺されのほうが気に障る。幸いヒルの上手い剥がし方にも慣れた。


魔吸蛭ヴァンヒールっすね。私の血の魔力とこの雨水のせいで寄って来たみたいっす。ヨースケの脚もめっちゃいるっすよ。あんまり血は流したくないっすけど魔力を吸い取られるほうが問題っす」


 チマチマと指でつまんで岩壁に投げつけていく。膝の裏にまでいた。吸われてるときに痛みはないけど単純に生理的に気持ち悪いので嫌いだ。種類によっては体内に潜り込むやつもいるらしい。それに出血がある以上細菌やらなんやらも気がかりになる。


(……大量に虫に刺されている以上どうしようもないかもしれないが)


 ともかく、洞窟に水が流れ込んできた以上長居はできなかった。持っているペットボトルに雨露を溜めてから、じゃばじゃばと外に出る。昨日が嘘みたいな晴天。青々とした空に照らされる濃厚な緑。ヤシ類。背の高いシダ植物。


 まだ陽が出て早いのかむわりとした熱気はあまりなくて、足元を満たす雨水は昨日まで地面だった場所一帯にまで広がっている。場所によっては腰まで浸かってしまいそうなところもあった。


 水は透き通っていて、少し見る限りでも魚やらが泳いでるのが見える。タイのような形のやつとナマズっぽいものが多い。フグはいなかった。二度と見たくない。


(まずはどうするべきだ? 魔力が回復してない以上、前みたいに強引に拠点は作れないし、そもそもここは地面が低すぎる。食料……水。水はどうにかなるな。あとは火だ。乾いた枝だの椰子の実だのが無いのが致命的過ぎる)


「この辺全部沈んでるけど一応流れはあるみたいだから、それに沿って移動しよう。また海に出れるかもしれない。この辺の枝じゃ絶対に火がつかない」


 海に出られる確証もなかったが助けが来るわけでもないので移動する以外選択肢はない。重い脚を動かしてノーチェの手を握る。キリキリと胃が締め付けるのは緊張もあるが空っぽなのもある。


「とりあえず浸水してない陸地に出たいっすね……。無駄に、体力が……持っていかれるっ……ス。魔力がほしぃ。魔力がぁ」


 苦痛を表現するように小さくなった翼をパタパタと揺らす。……魔力不足と関係があるのだろうか。脚の怪我もあるし不安だった。どこもかしこも緩やかな流れを持つ浅く巨大な川になっていて、否応なく体力が持っていかれていく。水が重い。


 それにもともと地面が柔らかい所為か大木が根から倒れているのが散見できた。暴風の所為で樹幹が裂けて積み上がった枝が有刺鉄線みたいに転がってるのも相まって酷く邪魔だ。


「……ここら一帯は抜けていくのは無理だな。地面が凹んで水深も深い」


 無秩序に生い茂る木々がその周囲一帯だけ根こそぎ倒れていた。おかげでその場所だけぽっかりと穴が開いたみたいに青空が目に入る。けど地面は最悪で、倒れた樹木が積み重なって壁になっていた。おまけに蟻が巣くってる。


「食べるものも……うへぇ。初日より散々っすね……」


 仕方なく迂回して移動を続ける。陽が昇ってきて段々と気温が増してくると密林の騒々しさが戻ってくる。ジリジリと熱気を帯びるような虫の声。透き通った鳥の囀り。水の流れ。耳元に響く不快な羽音。汗を吸いに来る蝶。蚊は嫌いだ。痒くなるし、なぜかこの世界のやつは刺されたとき痛いし穴がでかい。


「ノーチェ。魔力減ってるなら俺に痛みを紛らわせるやつつけないほうがよくないか?」


 歩くのをやめて振り返る。バレてないと思ったのか彼女はビクリと肩を震わせて、けどすぐに険しい表情を浮かべる。不満げに目をしかめて俺を睨んだ。


「そんな……言い方ないじゃないっすか。ヨースケが万全じゃないとモンスターに遭遇したら何もできないんすから」


(違う。怒ってるわけじゃない。ああ、なんで先に礼を言えなかったんだ。嫌だ。ノーチェに嫌われたくない)


 思考が真っ白になって会話が途切れる。黙ったまま逃げるみたいに移動を再開したらギャーギャーと喧しかった鳥の鳴き声が一層際立って、いたたまれなくてすぐにまた足を止めた。


「……いや、ごめん。ありがとう。ただ無理はしないでほしい」


「――ん。私も八つ当たりみたいになったっす」


 白い髪を掻いて、ノーチェが気まずい笑み浮かべる。蒼い双眸が俺の顔を映して、ジッと見合わせる。時間が止まった気分でいられたのは数秒だった。惚気かけたけどすぐに我に返って、お互い乾いた笑いを発しながらすぐに前を向いて移動を再開した。


 定期的にナイフで樹皮に印を書いていくけれど、ここ数日になって林冠を見ているほうが迷わない気がしてきた。空に伸びる枝葉だの垂れ下がる木の実だのが目印になる。ノーチェにこのことを力説しても理解してもらえなかった。


「……っ見えたぞ。地面だ」


 せり出した岩場。水の流れに垂れる根。じゃぼじゃぼと歩き進めてようやく雨溜まりではない地面に足を着ける。久々に見た気がする沈んでいない地面は鋭い椰子の枯葉や樹皮が大量に転がっていて雑然としている。


「へへッ……。これで初日に一歩追いついたっすねぇ」


 状況は依然として芳しくないが悪運はまだ残っている。岩場に座って休憩しようと落ち葉を払う。むわりと漂う酢酸臭。いつぞやのゴキブリ(ビネガローチ)が数匹隠れていたらしい。――こいつは食べれる。


 そそくさと捕まえているところを見られてしまった。ノーチェが困惑するように首を傾げて俺に近づいて、けど何かを察してか踏み出したまま硬直して引き攣った笑みを浮かべる。


「……食べるんすか?」


「食べたり飲んだりしたほうが魔力の回復が早いんだろ? ああ、ノーチェの分もあるぞ。大量だ」


 彼女が虫を食べたがらないのは知っている。だから食べろとは言わない。最初から食べる前提で話を進めていく。カサカサと俺の手のなかで肢が蠢いている。むわりと熱帯空気に入り混じっていく酸の臭い。


「ヨースケ。冗談にしては分かりくん……うぁ、うわぁ……ふふ。ふふ」


 うめき声を発して、わしゃわしゃと真っ白な髪を掻いて、これが最善なことを察したのか達観したように彼女は柔らかな微笑みを見せた。

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