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悪夢の追憶

 ――無人島に来て一番美味かった。魚の竹筒焼きもだ。さっぱりした味付けになったおかげで臭みもなくて、けれど魚の身はぷりぷり。皮もだが身に油があるってだけで噛めば噛むほど力が湧く。


 だが正直な話、あの得体に知れない粘液生物をちょっと火であぶったもののほうが感じたこともない甘みがあって忘れられそうにない味だった。


 一口頬張ったときの確信に満ちたノーチェのしたり顔。俺は最初から嵌められていたと思う。食事を終えてると彼女はゆっくりと詰め寄ってくる。豹みたいに四つん這いで、しなやかにわざとらしく尾を揺らしながら。


「私の勝ちっすねぇ。悪魔に隠し事はできないっすよ?」


「さ、作業をしてからそのことについては話そう……! 俺はとりあえずゴミを埋めてくるから。ノーチェは仕掛けを作ってくれ」


「お願いの内容、考えておくから覚悟の準備をしとけっス」


 初日と数日を比べたら今は相当良い状況だけど、まだ安定した環境でもないしやらなきゃいけないことは事実として多かった。ノーチェは不満そうに、あざといくらい頬を膨らませていたけれど、納得したのか立ち上がって額の汗を拭う。


 昼過ぎにもなると日射量はピークに差し掛かる。端的に言って蒸し暑い。湿度に関しては周囲が水浸しになってからのほうが酷い。痛いぐらいの日差しで湯気が立ちそうなくらいつねに水が蒸発してる所為だ。


「冷たい水が飲みたくなるな」


「煮沸した水を穴にでも入れとけば相対的に冷たくなるかもっすね」


 冷蔵庫なんてないので煮沸したぬるい水で喉の渇きを潤す。石よりも斜めに切った竹のスコップで掘り進めるほうが早く穴を作れた。四方八方鬱蒼とした密林のなか、屈んで作業をするのは精神的にも肉体的にも疲れるから効率的になるなら嬉しいほかない。


 透き通った水に揺れる草木。風が撫でるたびに木洩れ日で煌めく水面。どれも呆けてしまいそうなくらい綺麗だが、不気味だ。樹木一本一本が生命力で脈打つような、いや、多分自分の脈拍なんだろうが。


「なにボケっと外で突っ立てるんすか。竹斬るの手伝えっすよ。コップに魚用の罠とー……あとベッドっす。それに入り口にカーテンも欲しいんすから」


 ノーチェはひょこりと顔を出して手招きしてくる。にへらぁと笑って、深い蒼の瞳が煌めく。同時、空を覆う葉の隙間から一滴の雫が落ちた。純白の髪を撫でるように伝って、遅れて二滴、三滴。そして一気に水面を雨粒が打ち付ける。


「むぅ、スコールっすね。蒸発した雨溜まりが戻ってきちゃったんすかねぇ。これじゃあ浸水が消えないかぎりしばらく雨とはお友達になれそうっすね。……ヨースケ?」


 雨が降り始めた。濃厚な熱帯雨林の奥深く。数分前まで晴天だったはずがあっという間に霧に包まれていく。一瞬、呼吸ができなくなった。ヒューヒューと胸が締め付けられれて、額にじんわりと浮かぶ冷や汗。


「……今日だ」


(いつか見た夢と同じ空気だ。臭いだ。音だ。頭のなかで俺の声が喚き散らしてる。間違いない……死んだときの記憶だ)


 逃げるみたいに屋根の下に駆け込んだ。震える手足。鳥肌が収まらなくて、ノーチェが俺の様子を見て笑うのをやめた。引き攣ったような、真面目腐った口角。


「また……見えたんすか? いや、言わなくていいっすよ。大丈夫、ヨースケは私が守るっす。だから、深呼吸するっすよ」


 彼女の華奢な手が背を撫でる。熱っぽい指先。自分のことみたいに不安そうに俺のことを覗き込んでいた。黒い翼が強張っている。


(違う。違う違う違う! 俺じゃない。俺じゃないんだ)


 心臓が鳴り響く。思考がぐちゃぐちゃになって目が見開くのを抑えられない。――記憶があるってことは死んだんだ。俺は過去に、いや、未来で死んだことがあって……けど違う。違うんだ。


 夢で見た内容がフラッシュバックする。死んだ俺が伝えようとしたことは俺の死じゃない。思い出せ。数日前に見た夢は紛れもなく追憶だった。どんな記憶だ。――自問自答。


 ハンマーで頭を殴ったみたいな鋭い痛みが突き抜ける。息もできないくらいの頭痛。ノーチェは黙ったまま俺の身体を支えてくれた。ふらつく脚。転ばないようになんとか岩に寄りかかる。。


 そうだ、ノーチェは……彼女も寄り掛かっていた。密林の中、一人で、大木に。穏やかなに笑いながら目を瞑っていた。今も俺を支えてくれているその手を真っ赤な血で濡らして。夜の闇。纏わりつくみたいな濃霧と雨のなかで。破けた腹部を必死に抑えていて――。


「……ノーチェ」


「大丈夫っすよ。私はここにいるっす。ヨースケは一人じゃないっす。二人なら何だってできるんすよ」


 健気に笑う悪魔の笑顔が酷く儚いものに見えた。

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