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歪な直観

(フグ? 宙を浮いて!? というか今、避けてなかったらノーチェあの歯で)


 ――――死んでた。脚が震えて動けない。咄嗟に動けたのが奇跡みたいだった。頭が訴えかけてきて。刹那、最悪な未来が垣間見えた気がして。ナイフを握る手に力が籠る。大丈夫だ。落ち着け。出血はない。この生ぬるくドロドロとした感触は俺の思い込みだ。


「ノーチェ……あれについて」


「巨大な虫とか陸生の甲殻類、軟体動物を餌にする浮遊フグ……っす。人間は食べないっすけど……! 縄張りにいる敵を許さない」


 突出した翡翠の両眼が確実に俺達を睨んでる。フグだと言ったけれどその怪物は身体を膨らませようとはしなかった。浮遊を保つように扇ぐ尾鰭と腹鰭。翼じゃない。どうやって浮かんでる? いや、それよりも。


「どうやって逃げればいい」


「走るっす! 縄張りはそんな広くねえはずっす!」


 ノーチェに引っ張られて足を踏み出した。腐葉土を蹴り込んで身を屈めて疾駆する。木々を縫うように避けて、走って、転びそうになって咄嗟に手で身体を支える。幹のささくれが指に突き刺さる。


 バチン! バチン!


 怪物の歯鳴らし音が何度も響く。すぐ背後で。――――来る。張りつめた神経が訴えかける。ノーチェの表情がさらに引き攣って、今に泣き出しそうな瞳が背後を覗く。


(手を掴んで横に倒れろ。右は毒蛇がいる)


 頭のなかで再び警鐘が鳴り渡る。指先から身体の芯にまで血が駆け巡るのがわかる。一歩、二歩大きく跳んだ。木の根を蹴りあげてノーチェの腕を掴む。咄嗟にしゃがみ込む。バネのように縮ませた腿の筋肉を一気に伸ばした。地面を突き放ってノーチェを抱えて跳躍。


 バチン!


 音が横切る。極彩色の巨大フグはゆらりと旋回してすぐに俺達のほうへ向き直した。四本の前歯を突き出して噛み鳴らす。ピラニアのような歯じゃない。口全体にカミソリみたいに広がった鋭利な刃だ。


(来る……?)


 すぐに泥と枯葉で汚れた体を起こすけど間に合わない。走って逃げる余裕もない。すぐ追い付かれる。また地面に飛び込んで避ける? いつまでこの直観は続く? いつまで同じ手で回避できる。


「下がってノーチェ」


 彼女の前に立ち塞がってナイフを構えた。震える手足に言い聞かせて柄を離さないように力を籠める。歯を噛み締めると表情筋が引き攣る。


(あれが強襲してきたらこいつで突き刺して――そんなことができるのか? 無理だ。無理。無理。なんでノーチェを庇ったんだ。俺が死ぬ。見栄を張ったせいで、腕を噛み千切られる気しかしない)


「何バカなッ! 一緒に逃げるっすよ……!! ねぇ、ねぇ!!」


 彼女の小さな手が俺を引っ張ろうとしてくる。そうだ。そのまま助けてくれ。引っ張ってくれ。後悔してるから。格好悪い。自分が囮になんて思って秒で怖くなった。


「逃げろよ!!」


「また一人ぼっちは嫌!!」


 叫んだら叫び返された。言葉が鼓膜から脳へ響く。本当だって俺も走って逃げたかった。けど強張った身体はもはやいうことを聞かなくて、張り詰めた脹脛が今に攣りそうで。


 最悪のタイミングでフグの歯が煌めくのが見える。来る。来る。来る! 浮遊する怪物が宙で頭を傾けると活発に尾鰭を揺らして俺達に向きを合わせ。


「あああああああああああああああああああああああ!!」


 ギロチン風船が正面から突っ込んでくる。我を忘れて叫びあげた声がゆっくりと鈍く長く響き続ける。攣りそうな脚で一歩深く踏み込む。ゆっくりだ。視覚。聴覚。全てゆっくりと感じ取れる。鼻につく泥の臭い。乾ききった口の味。首に纏わりついて、背筋を凍らせる死の感覚も。


 怪物が肉薄した。すぐ目の前に迫る無機質な瞳。生臭さが突き抜ける。条件反射的にナイフを持った腕を突き伸ばした。


 ゆっくりと、一瞬のことのはずなのに全てを理解できた。怪物は刃の直前で静止して容易く一撃を避けると、狙いを定めるように瞳が僅かに動く。


 次の刹那、口の基部が突出した。分厚い顎。鋭利に広がった歯が腕を噛み斬ろうとする。


(間に合わない――!)


 俺の動きはあまりに緩慢だった。咄嗟に腕を引き戻そうとしても刃が肌に迫るのだけはハッキリと見えて――。


「カロロロ」


 小さな鳴き声が背後で響くとフグは機敏な動きで巨躯を翻した。逃げるように距離を取る。様子を見る様にこちらを睨み続けて、バチン。バチンと歯を鳴らし続ける。十秒ほどだっただろうか。


 モンスターは攻撃を諦めるとふよふよと音もなく木々の葉を縫って見えなくなった。……脳が処理する速度が戻っていく。腕は……まだある。無意識のうちに止めていた呼吸が戻ると、自分の心臓が痛いくらい打ちつけているのが分かった。


(モンスターが逃げた? 鳴き声に反応した?)


 振り返った。ノーチェは余裕のないしたり顔を浮かべて、黒煙を撒き始めた椰子の籠を見せ付けてくる。やがてそれは橙の炎を燃え上がらせた。


「逃げるときに火喰蜥蜴サラマンダーに掛けた感覚を鈍くする魔法を今解いたっす。賭けだったっすけど……」


 ノーチェは足で落ち葉を払い土を掘って、火が着いた籠を慎重に下ろした。バチバチと火の粉が散って籠の葉が黒く焦げ、縮んでいく。


「カロロロロ」


 炎のなかで乾いた鳴き声が響く。この声だ。あのモンスターはこいつを怖がって逃げたのか。熱で空気が揺れるなか手のひらサイズの小さな蜥蜴が金の瞳で俺達を見上げる。


「あんな化け物がこれの鳴き声で逃げるのか?」


「今はあいつの威嚇音と籠の揺れを受けて不機嫌になっただけっす。攻撃を受けたらもっと発熱して空気が膨張してあんな魚吹っ飛ぶっすよ?」


「モンスターに襲われたらすぐに使うしかないか?」


 二度とあんな生き物と対峙したくない。近づかれたくない。威嚇されたくない。思い出すだけで歯が鳴る。噛まれかけた腕がジンジンと疼く。


「私も二度としたくないっす。加減ミスったら死ぬっすよ。燃えて、悶えて、息をするのも目を開くのも苦しんで、だから本当に本当の奥の手っす。けど対峙した相手が危険なほどこいつも火力出しちゃうっすから……」


 小さく身震いしてノーチェが唄を囁く。聞いていると張り詰めていた緊張が消えて瞼が重くなるような声。強張っていた筋肉が緩んで、こくりと首が傾く。考える暇もなく眠気に微睡みそうになる。


「ヨースケは寝ちゃだめっすよ!?」


「わか……ってる」


 なんとか意識を呼び戻して、俺の代わりに眠りについた蜥蜴を椰子の実で作った荷物入れに押し込んだ。無論鎮火させてから。


「魔力は平気か?」


「とにかく今は離れるのが先っす」


(平気じゃなさそうだな。早く休める場所を見つけないと……。もうあんな怪物に襲われたくない)


「急ごうか。辛かったら言って。おぶるから」


「恥ずかしいから嫌っす」


 ノーチェにやんわりと断られたけれどあまり余裕はなさそうだった。天候も着実と悪化していて、昼になってきているのに朝よりも薄暗く、どんよりと分厚い雲が島全体を覆っていた。

火喰蜥蜴サラマンダー

爬虫綱有鱗目精霊蜥蜴科に分類されるトカゲの一種である。

 全長は8~26cm.尾は全長の半分を占める。体は南へ行く程、太く巨大になる傾向がある。

 体色は、背面は黒褐色で斑点がある。腹面は淡黄色。太腿部内側の鱗にある穴(大腿孔)は6対。鱗には光沢がなく、表面はザラザラして乾いた感じに見える。背面の鱗は特に大きく一枚ごとに1本の強い稜線があり、その後端は尖っている。

 生息地は世界全域の森や荒れ地とされているが、現状極東のほうで生息は確認できておらず、土に含まれている魔力が豊富な場所や、森などもエルフやドワーフが築き上げた村の竈や錬金工房、鍜治場などを特に好む。また活火山地域や火山諸島でも多くの生息が確認できる。

 炎天下を避けるため専ら木陰や草本の茂み、石や建築物の隙間、といった日照の遮蔽物下で過ごし、積極的に姿を見せる時間帯は早朝の僅かな時間のみである。

 地表を中心とする低い場所を徘徊するが高さ3メートル程度までは木に登ることもある。

 体温調節のために陽の当たるところで静止していることもあるが警戒心はあまりなく、自ら移動しようとはしない。

  尾は再生するが再生した尾には骨がなく、時に二又になったものが見つかることもある。夜は茂みや葉上で眠る。成体は春から夏にかけ交尾し、その際に雄が雌の頭部から腹部にかけてを咬むため交尾した後の雌の体にはV字型の咬み跡が残ることがある。5 - 9月に1回に1 - 8個の卵を、年に1 - 6回に分けて産む。

 食性は極めて異質であり、炎を食べるとされているがその身体、骨を形成するために基本的には動物食であり、捕食者として昆虫やクモといった、陸生小型節足動物を捕らえて食べている。ただ、時としてそれらの死骸や落下果実を摂食する等、若干ながらスカベンジャーの性質も備える。

 この蜥蜴の最大の特徴としてあるのが自身の身体が不燃性であること。その身体を形成する物質が炎や熱によって分解。融解することである。活動するためのエネルギーが減少すると人間や竜種が作り出した炎を経口摂取する。

 活動範囲内に炎がない際は自身で熱を発生させる。【着火ティンダー】と呼ばれる低級火属性魔法であるが、消費した魔力によって生じた火災を食べることでエネルギーを過剰に蓄えることができる。

 この放火は敵対生物に対して威嚇にも用いられるが、実際に攻撃を行う際は【着火ティンダー】よりも上位の【灼熱点クリミネーター】という特定座標に対して過剰な発熱を伴う魔法を用いて、対象を直接燃やす。またその魔法が広範囲に広がり森林火災などに繋がることがある。

 捕食者としているのが同種のサラマンダーや竜種に属する生物。大ミミズなどに対しても火属性魔法による着火が行えないため餌とされる。また、痛覚がないモンスターや知性の低い大型昆虫類、魔力を吸う生物などにも捕食されたのが確認されている。

 サラマンダーは逃げるという行為が習性になく、捕食行為を受けて魔法が通じなければそのまま食べられてしまう。


 人間とのかかわり。

 サラマンダーは火がある場所を好むために必然的に人間の生息域と重なることが多い。炊事中に火を食べてしまうなどの害こそあれど、少し刺激すれば着火し直してくれるために討伐依頼などが出されることはない。

 しかし個体から取れる少量の鱗は火属性に適正がある魔術師たちの武器……すなわち杖の触媒として非常に有効であり、高値で取引されるがゆえに段々と個体数を減らしつつある。またそうした狩りの側面から、サラマンダーの攻撃による火災および人体発火による死亡例も増えている。

 活火山周辺に生息する個体は他の個体と比べて気性が荒いとされており、ドワーフたちには信仰の対象。鍜治場を守るモノとして火守カモリと呼称される。カロロロという独特な鳴き声はモンスターを遠ざける効果もあり、一時期は冒険者のお守りとされたが、いざ戦闘になってしまうとサラマンダーが冒険者を敵と認識し発火させたためにギルドによる規制が敷かれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぎりぎりの綱渡り感ではらはらみを味わえる。臨場感がある [気になる点] この島攻撃的な生き物や毒性のあるものが多い割に生き残ってる種類が多いなぁ...ノーチェが気絶もしくはサラマンダーから…
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