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暗雲の前触れ

 5




 五日目の朝を迎えた。起こしたのは朝日ではなく冷気だった。足の先、それと膝が特に冷えてしまっていて微睡みから目を覚ます。いつもの朝日はうっすらと広く伸びた雲で霞んでいた。


 天気はとうとう快晴ではなくなった。青空は一面の雲に覆われていて、どことなく周囲が暗いうえにずっと風が吹きつけてくる。椰子の葉がいつも以上に大袈裟に靡いていた。波もいつもより強く岩礁を打ちつけていて、飛沫が遠くまで飛んでいる。


「……寒いな」


 熱帯空気に肌が馴染んでいた所為か大した温度でもないはずなのに身震いした。手のひらで膝を何度も擦って熱を篭める。幸いなのは昨日中にノーチェが椰子の葉を編んでくれたことだ。おかげでいままでより快適に寝ることができたし、それに火も――――。


「火が消えてる!?」


 思わず叫んだ。いままで苦労してようやく着けた火が完全に鎮火していた。煙すらない。あるのは炭化した薪とその中央で我が物顔に寝そべる掌サイズの蜥蜴が一匹。


「朝っぱらからうっさいっすねぇ……どうしたんすか。ヨースケ」


 大きな欠伸をしてノーチェが目を覚ます。猫みたいな姿勢でストレッチをしながら俺を見上げた。


「火が消えた」


(次はどうやってつければいい? 炭があるから楽にはなったけど曇った以上ペットボトルで着火は期待できない……。火がないのはもう懲り懲りだ。耐えられない)


 焦燥が胸を掻き毟る。砂で地団駄を踏みたくなるくらいの無力感が全身を巡る。けどノーチェは一切慌てる様子もなく薪を眺めると、無警戒に寝転がっていた蜥蜴をひょいと椰子の籠に入れてしまった。


「そんな泣きそうな顔しなくても問題ねーっす。サラマンダーが火を食っただけっすよ。この蜥蜴、刺激すれば周囲に火をつける性質があるからむしろ楽っす」


(火を食べただ? 熱をエネルギーに活動してるってことなのか?)


 脳が理解を拒否しかける。ああ落ち着け。そんなこと考えたらノーチェに飛べもしない翼がピョコピョコしてることも使い勝手のわからないしっぽが生えてるところも、なにもかもおかしい。魔法も何もない場所から岩が出たり、考えたら負けだ。


「火より問題は天気っすよ天気。絶対雨降るっす。それだけなら水が手に入っていいんすけど、天候があんまり悪いと砂浜は危険っす。それこそ、椰子の木に身体でも縛らない限り」


 そう言って砂浜にころがる流木を指差す。ノーチェの表情が空腹感や疲労とも違う深刻さを物語っていてた。


「今は波も静かで砂浜の奥まで来る気配はないっすけど、漂着物がある以上、暴風や荒波が来れば話が変わるってことっす」


「他にマシな場所を探したほうがいいってことか?」


 そうだと言わんばかりにノーチェは強く頷いた。勢いのまま敷いていた椰子の葉を一纏めにして砂を払った。けど突然、ぴたりと動きを止めると俺の顔を覗き込んでくる。どこか憂い気に、青い瞳が。じぃっと。


「海に落ちたお間抜けでも一年は船にいたっす。……その、信じてくれるっすか?」


「物知りお姉さんなんだろ?」


(今の発言は冗談を言うにしては恥ずかしすぎたかもしれない)


 ノーチェはパッと笑顔を咲かせてくれたけど、次第に顔を赤く染めて気難しそうに髪を弄り始める。


「っ……! んなら、今日の漂着物漁りは短く切り上げて新しい寝床を捜索っすね」


 いつもより冷たい潮風が吹きつけて純白の髪と真っ黒な細い尾が靡く。いままでの空に孤立したみたいな雲と違って、空全体が淀んでいた。




 ――――裸足で踏み締める砂が熱くないのは初めてかもしれない。濡れていないにも関わらず湿っているような心地がしてむしろ快適だ。


「ヨースケ、靴があったっすよ! 右足の!」


「こっちは左足があったぞ」


 それと穴の開いた麻袋ぐらいしか目ぼしいものはなかった。お互いに拾った靴を見せ合う。分厚い頑丈な革靴の右と、同じ左。前に拾った木製のそれと違って俺にも履けそうな状態だった。


 海水を吸って劣化しているし、表面に貝がくっついていたりするが、裸足よりは多分マシだろう。幸い靴の中にフジツボっぽい生き物も襲い掛かるモンスターもいない。


「こんな偶然があるんだな」


「そうでもないっすよ? 同じ人物が左右両方同じ場所に落とせば、海流も風も行先が変わらないから意外とこうなっても自然なものっす」


「そもそも靴なんて落とすか?」


「私みたいに本体ごと落ちたんじゃないすか?」


(なるほど。それなら全然考えられる)


 木造船じゃいつ沈没したっておかしくないし目の前のノーチェしかり海賊だの魔法だのモンスターだの。いくらでも考えられる。


「そろそろ移動するか」


(ノーチェだって二回も流されたくはないだろう)


「なんか失礼なこと考えてないすか……? 本気で冗談を言ってくれたときと同じ顔っすよ?」


 ノーチェは訝しげにオレを睨みながら空っぽになった椰子の実に炭と灰を詰めていく。樹皮の紐に掛けて、編んだ椰子の葉も器用に腰にかける。移動準備は万端だった。俺は彼女の分も含めて果水の入った椰子とナイフ、それに残ったビネガローチをポケットに詰めこんだ。


 そして今拾ったばかりの靴を意気揚々と履き込む。濡れた靴下みたいで気持ち悪かった。なぜかヌメヌメしている。


「雨が降ったら確実に増水するし、虫が多いから川沿いと湖沼付近は避けるっす。森の少し奥……できれば視界がいいところか、固い岩場、もしくは洞窟を探すつもりで行くっすよー!」


「カロロロ……」


 ノーチェの声に籠の中のトカゲが呼応する。……にしても昨日までに火が着いて良かった。活動するためのカロリーを賄えた気はあまりしないが、それでも俺も彼女も相当体調はマシになっている。腹も下してない。


「邪魔な草は斬ってくからついてきてくれ」


「ヨーホホー!」


 鬱蒼と高く深く生い茂る森と対峙する。フキみたいに巨大な葉を広げる芋類。シダの葉。身長ほどのものから数十メートルはありそうな椰子の木まで。異界そのものな緑の世界に足を踏み入れた。

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