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12 もっとも神に狙われる存在

 すこし掠れた、緊張気味のソフィーの声にどう応えていいかわからず、私は思わず作り笑顔を浮かべた。


 うーん、聞こえてたんだ。どうにも、ソフィーのことはすぐ忘れちゃうな。私の言葉をつなぎ合わせれば、そういう結果が導き出せるのかな? 

 でも、違うよって言ったほうがソフィーも安心するかな。そう思いながらチラッとボットに視線を向けた。

 ボットはちびボットと一緒にフワフワ浮いていて、ただ微笑みを浮かべているだけだった。私に任せるということだろう。


 でも、人ひとり死んで世界が滅びるだなんて、そんな荒唐無稽な話を誰が信じるだろうか。

 それに、ソフィーを巻き込むわけにもいかないしね。そう思った私は顔の前で手をパタパタと振った。


「やだなあ、ソフィー。そんなことがあるわけないじゃない。だって、ねえ――」


「それは神にかけて誓えるの、ティーナ?」


 ソフィーに言葉を遮られた私の頬が、ギュッと吊り上がったのを感じた。


「ふふっ……ふふふっ……おもしろいことを言うね、ソフィー。ふふっ、神ってどの神?」


 どの神でもいい――と言いかけたソフィーの言葉を今度は私が遮った。


「ソフィー、悪いけど誓えないよ。ふふっ。だって、神こそが私たちの敵なんだもの」


 頬がピクピクする。ああ、そうだ。いつだって、そうだ。神はいつだって、私たちを利用するだけだ。しかも、今度は私たちを閉じ込めるだけじゃなく、すべてを奪おうとしている。


「そう、ね……じゃあ、私に誓って、ティーナ。あなたが死んでも世界が滅びないって」


 ソフィーの思いつめたような眼差しと力のこもった声に、私は大きく溜息をついた。

 ここで真実を思い知ることが、ソフィーの幸せに繋がるだろうか?

 ううん、自分が生きている世界が明日にも滅びるかもしれないだなんて、知らないほうがましだと思う。

 何も知らずに今までどおり生きていくほうが、絶対に幸せだ。


 そうだね、と私は思った。


 自分の知らない魔術や魔法陣が手に入るかもしれないという、期待そのものをなくせばいい。

 そうすれば、ソフィーは今までどおり幸せに生きていける。

 好奇心が猫を殺すという言葉があったはずだ。この場合は、探究心がソフィーを殺すというべきかな。


 そうしよう、と私は決意した。


 ソフィーの記憶を封じ込めよう。今朝、起きてからの記憶を封じ込めればいい。

 ソフィーを魔力ごと拘束する魔法陣。ヴィートにも同じ魔法陣。そして、記憶を封じ込める魔法陣。

 たった三つの魔法陣だ。ボットならひとつにまとめるんだろうけど。


 私はニコッとソフィーに笑いかけた。


 そして、魔法陣をふたつ描いて即座に発動させた。


 完全なルーン文字による魔法陣。たしかに、ボットの言うとおりだ。私の記憶の中にはボットが教えてくれたすべてがある。

 不意をつかれたソフィーとヴィートは抵抗する間もなく、私の魔法陣に絡め捕られた。


 ソフィーが驚愕の表情を浮かべたまま、動きをとめる。

 牙をむいた状態で動きを封じられたヴィートが、その首元で怒りの目を私に向けている。


 ああ、ヴィートの記憶は封じ込めないほうがいいな。ヴィートは弱いから余計な記憶も封じ込めてしまいそうだ。

 でも、会うたびに私に牙をむくようになるね、きっと。悲しいけど、しょうがない。

 私はそんなことを考えながら、三つ目の魔法陣を描いて浮かべた。


「ティーナ!! どういうこと!? そもそも、あなたの魔力で私を拘束できるはずが!? その魔法陣は何なの!? 読めないわ! ねえ、ティーナ、教えて!」


 ボットほどの魔力があればソフィーがしゃべれるなんてことはないんだろうけど、私の魔力では完全にソフィーを抑え込めていないんだろう。それとも、さすがはソフィーと言うべきなのかな。


 私は必死に問いかけてくるソフィーを無視して、ヴィートに話しかけた。


「ヴィート、ごめんね。あなたのご主人に危害を加えるわけじゃないからね。ほんのすこし、記憶を封じ込めるだけ。でも、きっとヴィートに嫌われちゃうね」 


 ヴィートがなんとか動こうとして毛を波立てている。うんうん、ヴィートはご主人様思いだねと、私はふと場違いな笑みをこぼした。


「なっ! ちょっと、ティーナ! なに言ってんのよ! 謝るんなら私に謝りなさいよ! どういうこと! 記憶を封じ込める魔法陣なんて聞いたことないわよ! 何でよ! 何で私の記憶を消すのよ! 理由を言いなさいよ! 納得のいく理由を!」


「理由ね……知りたいの?」


「知りたいに決まってるじゃないの! 当り前よ! 納得できたら記憶だってなんだって消させてあげるわよ!」


 たしかに、理由は教えるべきかもしれない。私だって自分が死刑って知った時、理由を知りたかった。逃げてる間ずっと、なぜ、なぜ、なぜって思ってた。そうだね、ソフィーの言うとおりだね。


「ソフィーは魔術を極めたいんだよね? そのために、ボットが使っているルーン文字と魔法陣を教えて欲しいんだよね?」


 ソフィーの漆黒の瞳が欲で揺らめき、口を開かずともはっきりとした意志が伝わってくる。


「でも、それは危険だと思うの。ボットの魔術は生き残っている神の魔術の知識を越えているの。それが使えるということは、つまり私たちの仲間だと思われる可能性がある。神の敵だと思われるかもしれない。私たちと一緒に死にたくはないでしょう、ソフィー。だから、今日見た記憶を封じ込めるの。そうすれば、命を危険にさらす探究心もわかないからね」

 

「ふーん、ずいぶんと親切でありがたいわね。じゃあ、親切ついでに、さっきの質問にも答えて。ねえ、ティーナ、あなたが死ねば世界が滅ぶの?」


「今日の記憶は消えるから、午前中に勉強した分が無駄になっちゃうね。いつもいつも、迷惑かけてばっかりでごめんね、ソフィー」


「ちょっとー! 答えなさいよー! 謝るぐらいなら――」


 記憶を封じ込める魔法陣が眩い光を発し、ソフィーを包み込んだ。


 光が消えると同時に、ソフィーとヴィートを拘束していた魔法陣を消す。

 動けるようになったヴィートが倒れこむソフィーを吹雪で包みこみ、ゆっくりと床の上に横たえる。そして、私に向かって牙をむき、全身の毛を逆立てて、吹雪の壁を作った。

 ちびボットが私を庇うように間に割り込む。


 私はふーっとひとつ息を吐き出して、ヴィートに背を向けて鍋に向かって足を踏み出した。ああ、今日はずいぶん魔力を使っちゃったな。お腹がペコペコだ。お昼も近いし、ソフィーが目を覚ます前に部屋に戻って、ボットとお昼ご飯にしよう。そうだ、コンロを隠しておかないとね。そう思った私にボットがフワフワと近寄ってきた。


『ねえ、ホルン、いいの? ソフィーにとっても悪い話じゃなかったと思うけどね。どのみちホルンが死ねば世界ごと滅びるんだよ。ホルンを守って死ぬのも結果としては同じだよ』


「私は死なないよ、ボット。ボットが守ってくれるし、ちびボットだっているしね。それに、もうすぐ春の精霊契約祭だし、強い精霊と契約すれば誰かに頼る必要もないよね」


『もちろん、ホルンのことは僕が守るよ。でも、ソフィーのことだから、そのうち記憶を取り戻すかもしれないよ。そのときはどうするの?』


「うーん、その頃には学院にはいないんじゃないかな? 気になるんなら、ボットがソフィーに剣を捧げてもらって、魔術を教えればいいんじゃないの? それなら別にかまわないよ」


 そういえば、最高神オーディンは完全なルーン文字を手に入れるために、自分の体に槍を刺したまま、九日もの間、木に首を吊っていたと聞いたことがある。

 知識の神でもあるオーディンの一部であるボットは、探究心の強いソフィーを気にいっているのかもしれない。

 ちょっと妬けるけど、ボットはハールバルズ辺境公爵様だし、部下がいないほうがおかしい。ソフィーを騎士団長にして騎士隊でも編成すれば、格好いいかもしれない。あー、でも領地に人が少なすぎて、あんまりすることないかもね。

 そう伝えると、ボットは、うーんと唸りながら天井を見上げた。


『実を言うとね、ソフィーほどの高い魔力を持った女の子はヴァルキュリヤに狙われやすいんだ。ラグナロクを生きのびた神族は全員が男だからね。神の世界に連れさらわれて、新たなヴァルキュリヤを産むように強制される可能性が高いんだ』


 えっ!? と言ったまま固まった私に、ボットは頭を掻きながらボソボソと言った。だって、ほら、女の子にそんな話ってしにくいよね、と。


「えーっと、じゃあ、ひょっとして、私たちよりソフィーのほうが身の危険が高いの?」


『うーん、子供のうちはさらわれたりはしないんだけど、成人した後ぐらいが一番狙われやすいかな』


「ねえ、ボット。それ、もうちょっと早く言って欲しかったな。もう記憶封じちゃったんだけど」


『記憶ぐらいなら、僕がすぐ直してあげるよ。でも……ヴィートの機嫌は直せないけどね』


 私は大きな溜息をつきながら、チラッとヴィートに視線を送った。ヴィートはまだ鋭い目で私を睨んだまま、吹雪の壁の向こうにいた。そして、私と目があった瞬間、シャーッと牙をむいた。


 最悪だ。そう思いながら私はがっくりと肩を落とした。

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