受け継がれしもの
次話です。どぞ~
「お婆さんのお名前は?」
「……神崎柚李」
「なんていうか……そのままね」
一心が初代女王の孫なのか。
たとえそう主張したのが初代の契約神だとしても俄かには信じられなかった3人。そこで3人は、出来るだけその祖母について情報を出してみようと話を進めた。
…………進めたのだったが、出てくる情報はいずれもカグツチの主張に信憑性を持たせるものばかり。
「ちなみに神崎という苗字は祖母が付けたらしい」
神崎家は祖母の代から始まったかなり新しい家柄だった。にも拘わらず、多くない親戚の氏神を祭る神社があったりと、その影響力は地元でも大きい。
「何か意味があるの?」
「うん。苗字っていうのはかつての職業とか、住んでいた場所を現すこともあるって聞いたことがある。そして神崎というのは、巫という文字から来てるって」
「巫? どういう意味?」
言うか言うまいか、一瞬迷う一心。己が言い始めた事だが、考えてみるとこれはあまりにも決定的過ぎる気がした。けれどこの際はっきりさせる方が良いのかもしれない。そう思い直し口を開く。
「神に仕え、神の言葉を人々に伝える役割を持った人々。その方法は、その身に神を降ろしてその言葉を聞き、伝える……」
「まんまだね……」
「うん。どう考えてもそれって降神術だね」
「はぁ……」
あるのは全て状況証拠に過ぎない。けれどその証拠が限りなく信憑性が高く、一心が女王家の人間であると主張している。
「これで全部が偶然だって言うのは……」
「さすがに無理があると思う」
最後の抵抗もアイリーンによって呆気なく切り捨てられた。
「思えば、これで一心がこの場所に入れることの理由にもなるよね」
駄目出しとばかりにルウェルが思い出したことを付け加える。この場所に入れるのは、女王家の人間で、かつ降神術の扱える者のみ……
「条件満たしてるもんね……」
もはや一心が女王家の人間であるというのは、揺るがぬ事実として受け入れられようとしていた。
「じゃぁさ、俺が女王家の人間だったとして、これから何かが変わるのか?」
とりあえず受け入れることは受け入れて、これから先のことを考えようとする一心。女王家の血筋。それが果たして自分に何をもたらすのか。
「まず間違いなく権力争いに巻き込まれる」
「まぢ?」
しかしアイリーンに即答された答えは、彼が思っていたよりも遥かに面倒そうだった。
「ごめんなさい。たぶんそうなる」
念のためにとルウェルにも視線を向けるが答えは同じ……
「うわ、ないわそれ……」
呆れ、げんなりとする一心。しかしそれだけでは済まないと、アイリーンは更に言葉を重ねる。
「血筋の事を公表すればその時点でそれなりの発言力を持つようになる。初代様の血はそれだけ影響力が強いからね。下手したら……というか十中八九王に担ぎ上げようとする者も出て来るはずだよ」
「いや、だって俺男だよ?」
女王国だろと一心。しかし――
「それだけ初代様の血は重いって事さ。僕らはどれだけ彼女の血が濃く表れているかで王を選ぶ。そして彼女の血を引いてるってだけで2000年以上も王族として崇められてきたんだ」
そして現在、最もユズリアルの血を濃く受け継ぐのは一心だと告げるアイリーン。彼女は冗談を言っている風には全く見えない。ということは、これは起こりうる可能性という訳だ。
「うげぇ……もう、ほんと勘弁してくれ……」
ゲーム等での展開でもここまで極端で、急展開な物は珍しい。全くないと言い切れないのが少し恐ろしいが……
(こういうのって決まって面倒事になるだろ……正直嫌だぞ、俺は……)
何とか面倒事だけは回避したいと願う一心。しかしそんな一心にアイリーンは駄目出しの情報を告げる。
「ちなみに、今偶然にも王位が空位で、王位争いの真っただ中だったりするんだけど……」
「はぁ!?」
これは何に対する罰だと本格的に項垂れる一心。本当に泣く一歩手前だった。
(王位に対する野望とかは無さそうかな。権力に関しても興味は無し……いいね。非常に良い)
そんな一心の態度や、表情の変化、発言を決して聞き逃さずに注視していたアイリーン。あえて王位を仄めかしてみたが取りつく島も無い事に彼女は安堵し、そして歓喜する。
(これは何が何でも取り込みむべきだな)
そう判断を下すと、それを実行すべく一心へと向き直った。
「まぁ、王位云々は冗談だよ。さすがにいきなり男の王が現れても民たちが混乱するだけだろうし、反発も大きいだろうからね。ただ王位争いは本当なんだ。だから一心、そしてカグツチ様、どうか僕たちに協力してほしい」
そう言って唐突に頭を下げるアイリーン。突然のことにまたもや驚く一心をよそに、ルウェルもそれに加わった。
「もともと、今日一心をここに連れてきたのは、そのお願いをするつもりだったの。どうか私達に力を貸してください」
彼女の話によれば、先代の女王、つまりは2人の母親が亡くなった後、継承権を持つアイリーンと、女王の姉、つまりは叔母との間で継承争いが始まったらしい。
そして現状、彼女達王女派は不利な状況だと言う。
「って言われてもな……世話になってるから出来ることはしたいが……俺に出来る事って実際問題何がある?」
作った釣瓶が実は既にこの世界にあったというのはつい先日の話だ。
それに進んだ異世界の知識で……と息巻いたところで魔法の存在が加わった今、そこにどれだけの価値があるかは分からない。
(転位門みたいな超アイテムは地球にも無かったしな)
それを思えば、地球の方が進んでいるという認識は改める必要があるかもしれない。
それにそもそもが、知識といっても医療知識も無ければ、工学知識も無い。せいぜいが簡単な物理学と数学の知識ぐらいなのだ。これではどうしようもない。
「それは異世界の知識や、カグツチ様のお力で……」
そう言ったのはルウェルだった。案の定彼女も一心と同じようなことを考えたらしい。
思えば彼女は一度一心の中で地球を見ているのだ。彼女の眼には日本が高度な文明社会に映ったのかもしれない。
「異世界の知識に関しては正直出来ることはあまりないと思う。そういうのは専門外だったんだ」
即戦力的な分野は知識がないことを伝える一心。加えて、カグツチがどうするかは彼女が決める事であって、俺が力になれるかどうかとは別物だと伝える。
「うむ。儂は正直権力争いには疎いからな。というかユズリアルの時代ではそんなもん起らなかったしな」
ユズリアルが後継者を指名したらそれで終わったとカグツチ。2人の言葉にルウェルは力なく項垂れる。しかしアイリーンは違った。
「協力すること自体は構わないが、力になれるかは分からない。そう言う事だよね?」
「ああ」
「それで十分だよ。君の存在自体が僕たちにとっての武器になる。カグツチ様、あなたの知識も」
「あ……」
そのアイリーンの言葉でルウェルも顔を上げる。なにも一心は協力しないとは一言も言っていないのだ。
「相変わらずルウは思い込みが激しいというか、勘違いしやすいね。そう言ったところは育ての親に似たのかな?」
笑いながら妹に目を向けるアイリーン。彼女としては単にルウェルをからかっているだけなのだろう。もしかしたら元気付けようとしているのかもしれない。
しかし一心は、その言葉に不審な物を覚えた。彼はつい先日、勘違いと思い込みによって危うく殺されそうになったのだから……
「ええと、その育ての親って?」
「うん? リュクスだよ。ルウ付のメイド長をしてる。会ったことない?」
忙しい両親に変わって乳母とリュクスがルウェルを育てたんだよ、とアイリーン。彼女自身も似たような感じだったらしい。
「会った事……ある」
「何かあった?」
歯切れの悪い一心の口調と、目を逸らしたルウェルの行動によって、何かあったのかと感じ取ったアイリーン。しかし一心もルウェルも何も言わなかった。いや、言えなかった。
「さてと……そういや何時の間に俺が契約者になってたんです?」
気を取り直し、話題を変えようと考えた所でふと気づいた一心。そんなに簡単に契約者が変わっていいのかと。
「簡単……という訳では無いの。契約には触媒と代償が必要じゃ。その2つをそなたが払ったからこそ、契約が上書きされたのじゃ。まぁ、一番の理由はお主があ奴の血縁者……じゃからかもな」
男と女と性別こそ違えど、魂の色や形は非常によく似ているとカグツチ。
「というか……妙じゃの。そなた本当に男か? 魂の情報から見るに女……いやしかし……」
などと、あまり聞きたくないことを言いながら考え込んでしまう。
「男ですよ! ってか気持ち悪いのであんましそんなこと言わないでください!」
一心としてはそう叫ぶしかない。
「触媒と代償って何のことですか?」
一方で、一心の性別も気になるが、それが降神術の神髄だと感じたルウェル。興奮気味にカグツチに迫る。
「おおぃ、ちと落ち着け。代償というのは血の器の事じゃ。それを以て神をその身に宿し、触媒を以てそれに封じる。降神術の基本じゃろうが…………知らんのか?」
「ええ」
ルウェルだけでなくアイリーンも頷く。
「長い月日の内に失ってしもうたか……或いは意図的に失伝させたか」
降神術による恩恵も、そして危険さも熟知しているカグツチ。彼女にはあえて失伝させることの意味も良く理解できた。
「意図的に……とはどういう事でしょうか」
しかしルウェルには、そして口を開かなかったがアイリーンにも、そうすることの意味が理解できない。なぜわざわざそんな事をするのか。彼女達は降神術の恩恵については良く知っていたが、それが抱える危険性までは、完全に理解出来ていなかった。
「神を降ろすにはまず代償が必要じゃ。代償無しには降ろせたとしてもせいぜい精霊止まりじゃろう。違うか?」
問われて頷く2人。確かにここ数代、王ですら神を降ろせたという話は聞かない。
「つまり代償を捧げれば神を降ろせる可能性があり、それ無じゃと精霊を降ろす。そうして使い分けておったのじゃ。嘗てはな。しかしその結果命を落とす者達や、身内に討たれるものが続出した」
神という存在は善でも悪でもない。そんなモノは意味がない。立つ場所が違えば、善も悪も容易に入れ替わるからだ。
そして降ろす神が、必ずしも人にとって良い存在であるとは限らない。降ろした末に身を乗っ取られ破壊の限りを尽くした先人も多い。
「神というのは自分勝手じゃからの。人の都合など考えずに想いのまま行動する。事実、ユズリアルの前にも、そして後にも、そうして神に浸食され、己を失い、討たれた者達が大勢おった」
そうなった者達をユズリアルと儂で討ったこともあるとカグツチ。その中にはユズリアルの妹も含まれていた。
「ちょっと待って、降神術は初代様が始祖では無いの? その前からあったの?」
思った以上に重い話に口を噤む一心とルウェル。しかしアイリーンは口を閉ざすことなく疑問を提示した。
「降霊術はあ奴の一族に元から伝わる秘術の事じゃ。裏でひっそりと受け継がれていたのをあ奴が初めて表舞台で用いた。だから始祖と呼ばれるようになったんじゃよ」
女王家に伝わる秘儀である降神術。そのルーツを当事者から語られ、何とも言えない重々しさを感じるルウェルと、アイリーン。これが歴史の持つ重みなのかもしれない。
「そんな訳で、神を降ろそうとするならば、その神を従え、御する力量が必要となる。力量が足りなければ、あるいは意図したよりも強力な神をその身に呼び込んでしまえば、待つのはその身の破滅のみ……そんな事が続けば、神との契約を思いとどまったところで不思議ではあるまい?」
精霊は神に比べれば遥かに御しやすく、物分りも良い。精霊との術のみを伝えることにしたのじゃろうと、カグツチは締め括った。
最後にどれも予測で、何らかの事情で単に継承が途切れただけかもしれないと付け加えて。
「それで、俺の場合の代償って何でしょう? 何かを捧げたつもりは無いのですが……」
ルウエルたちとの話が一段落したことを見て取った一心は、今度は自分の疑問を提示する。彼自身の事なので、その口調はひどく不安げであった。
「お主の場合はカグツとの融合がそれじゃな。その左目と左胸、左腕と……それから腹部もか。それらが代償として支払われたことになっておる」
それらの箇所は、一心が山で転落した際に、特に怪我が酷かったところだ。つまりカグツはそれらを身を以て修復するとともに、代償として受け取ったということになる。
「何か重ね重ねありがたいというか……。それじゃ触媒というのは?」
「それは先ほど儂の本体に投げ込んだ剣じゃな。今はあれが儂の触媒となっておる」
「あ~でもあれ、ルウェルが用意したやつなんだけど……」
それでいいのだろうかと一心。それでは用意したのが一心ではなく、ルウェルということになる。
「用意したのはその娘でも、実際にここ数日持ち歩き、先ほど儂に捧げたのはお主じゃろ? ならばそれで十分じゃ」
実際にはカグツチがユズリアルと契約済みで、一心に継承されただけなので、かなり契約条件が緩いのだ。互いに敵意は無く、元から繋がりもあった。
「加えて、ユズリアルが捧げた代償が血じゃったからな。そしてそなたにもその血は流れておるじゃろ? だからカグツもお主に引かれ、見つけることが出来たし、死にそうになっているのを身を挺して助けた。ユズリアルの血が成した奇跡じゃな」
そんな風に言って笑うカグツチ。その笑顔の裏で、彼女は決意していた。世界を分かたれたかつての主に代わり、一心に仕え、身を捧げようと。
(儂にはそれだけの恩がそなたにはあるからの……)
嘗て父に殺され、失意と絶望の内に世界を越えたカグツチ。そんな彼に生と喜びと、生きる意味を教えたのがユズリアルだった。
(男神でありながら、すぐに少女の姿に変わる事を強制された時は正直恨みもしたが……それも今では良い思い出だしの)
静かに、在りし日の彼女のことを思いながら、新たに主と定めた青年を見つめるカグツチ。
その表情は母のように優しく、慈しみに満ちていた。
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