ユズリアルの残したもの
次話です。どぞ
一心は鳥居をくぐり、そのまま社へと足を向ける。そして1段、2段、3段と階段を上ると、目の前には厳かな雰囲気の両開きの扉が現れた。扉に手をやり、取っ手を掴む。そして横に押し開けた。
「懐かしいな……」
そこは神崎家の氏神を祭る、社の内部だった。
「小さい頃、ここで遊んで婆さんに叱られたっけ」
懐かしき幼いころの記憶、しかし今はその時と決定的に違うものがあった。
「巫の炎……」
台の上に祭られていたのは青銅色の器。そこは昔の記憶と変わらない。しかしその上で燃える炎がかつての記憶との違い。
「そして違いはもう一つ」
呟き背後へと振り返る。そして社を出て境内へ。するとその境内の鳥居の下で呆ける2つの人影があった。
「なんて顔してるんですか、ルウェル。アイリーンさんも」
そこにいたのは2人の王女。けれど2人は事態の推移に全く付いていけずに、呆然自失に陥っていた。
「なんで……」
「どこ……ここ?」
「ここは日本。俺の居た世界です。そしてこの神社は神崎一門の氏神を祭る神社……のはずなんですが…………………そう上手くは行きませんか」
境内を出て鳥居をくぐる。ここが日本であれば、更に長い下り階段が続いた先に、彼の実家があるはずだった。けれど鳥居をくぐると景色は一転。元のユズリアルの庭へと出た。
「何となく分かってきたような……でも肝心なことは分からない……か」
「ちょっと、いい加減説明してくれないかしら?」
一心が一人で納得していると、背後からアイリーンの声が掛かる。
「俺も全部が分かってる訳では無いですよ?」
「何も分からないよりはましでしょ?」
「分かりました。ただその前に……」
一心は燃える炎へと近付く。その炎は暖かくも弱々しく今にも消えそうな小さな炎だった。
「ごめんルウェル」
「え?」
もし間違っていたら後で精いっぱい怒られよう。そう思いながら、一心は左手に持った剣を、カグツを宿した剣を炎に放り込んだ。
「な、な、な、何してんのーーー!!」
その行動の意味を知らないルウェルが叫び、放り込んだ炎へと走り寄る。それを視界の端に捉えながら、一心は体の内から湧き上がった言葉をそのまま口にする。
「燃えよ巫の炎よ。舞え神の舞を。悲しみをその身に、怒りをその手に、力をその刃に!」
それは幼き頃に祖母に習った巫の舞。その手に剣は無かったが、代わりに一心は徒手で舞う。
「紅蓮の劫火よ。輝ける灯火よ。其は力! 其は炎! 其は輝き! 其は輝きの神輝神。其は炎の神炎神。其の名はカグツチ!!」
言葉が舞によって言霊へと変わる。そして最後の言霊が虚空に溶けると同時、弱々しかった炎が消え、そして――
「あ、不味い……」
次の瞬間にはそれは劫火となって吹き上がった。そうなると当然近くに居た者は熱いわけで、そして一番近くに居た者、つまりは火が消えたのをこれ幸いと剣に手を伸ばしていたルウェルがまともに火を浴びて……
「ルウェル!!」
「ルウ!?」
だけでなく、火に呑み込まれてしまった。
「ちょっと……ちょっ、そんな……」
「嘘だろ……」
彼女のあまりにもあっけない最期。目の前で燃え盛る炎は彼女を跡形も無く消炭にするだろう。
「全く、目覚めて早々驚かせおってからに……」
そう、それが普通の劫火であったのならば。
「こらユズ! おい、ユズリアルよって……あれユズリアルは?」
炎はやがて形を変え、その中から傷一つない姿のルウェルと、それを抱えた……
「おんな……のこ?」
少女が現れた。てっきり現れるのは男だろうと思っていた一心は、驚愕を越えて唖然とする。
「え、え、なんで? だってカグツチといえば……男神でしょ?」
「あ? そんなのユズリアルがごねたからに決まってるだろ。ごつい男はいや! とか若い男でもいや! とか、だったらと思ってナイスなオジサマになったらもっと嫌ぁ……ときたもんだ。んで、そのユズリアルは何処にいる? 人を散々放置プレイしやがって。おかげで危うく消えるところだったじゃねぇか」
「いや、ええと……」
何から言っていいか、いや何から突っ込んでいいのか分からない一心とアイリーン。加えて一心を襲う驚愕はそれだけでは無かった。
「はだか……だと!?」
火に燃えたからなのか、それとも別な原因によるものか。ルウェルは、そしてその少女も一糸まとわぬ生まれたままの姿であった。そして――
「ふにぁ……え。え、えぇぇ?」
気を失っていた様子だったルウェルが頃合いよく気付き、一心と目が合い、その視線をたどって己の姿へと目を向けて……
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
盛大に叫び声を上げるのだった。
「お、落ち着いたか?」
場所は変わって、そして時間も少し変わる。
ユズリアルの庭へと戻った3人と1人は、とりあえず庵へと向かい服を調達した。
「お、お嫁に行けない……」
「気にするな。これは事故だ。芋にでも見られたと思え」
嘆くルウェルを慰めるアイリーン。その言い様には思う事のある一心だが、当事者故に何も言えず、ただ黙って見ていた。
ただし、黙ってはいたが何も考えていない訳ではなく、べただなとか、王族って政略結婚じゃないのか? とか思っている。口にはしないが……
(言ってしまうと何かが崩壊しそうだし)
そんな感じで、表情だけは真面目に繕って反省した態度をとっていた。もちろん内心では眼福眼福と思っている。
(小さい小さいと気にしてたけど……結構あったよな?)
ついでに着やせするタイプなんだろうかと、心底どうでもいいことも考えていた。
「さて、そろそろよかろう。どうせ減るもんでもないし」
「減ります!!」
「何が?」
「ええと……何かが!」
正直何時までも悔やまれるのは、見てしまった一心からするとけっこう居心地が悪いし、己に見られた事を嘆かれるのも、物悲しい思いにさせられる。だから少女が尊大な態度で話を変えようとしてくれたのは、正直一心にとってはありがたかった。
「ええと、改めて君がカグツチで良いんだよね?」
「いかにも」
状況を確認する為に、そしてさっさと話題を変える為に口を開く一心。カグツチは胸を張ってそれに答えた。張る胸はなかったが……
「俺を助けてくれたカグツっていう存在も君?」
「うむ。おそらくはこの世界に残された儂の抜殻じゃろうな」
「残された?」
「抜殻?」
話が始まると、やはり興味深いのかルウェルもアイリーンもすぐにカグツチの言葉に耳を傾ける。
「つい先ごろまで、儂は契約者であるユズリアルと共に居た。それが儂の感覚じゃ。けれど世界はそこから遥かに時が進み、あ奴は既に過去となっておるのだろう?」
先ごろアイリーンが簡単に説明した話だった。ユズリアルを探す少女に、その人物は遥かな過去の故人だと告げたのは彼女だ。
「そして事実、儂の力は過去にないくらいに弱まっておる。それこそ儂が父上に殺され、この世界に流れ着いた時以上に」
「父上って……もしかしてイザナギ?」
「そうじゃ」
神話が現実となったことに驚く一心。神話によると、カグツチという火の神は、母であるイザナミの体内を焼いて生まれ落ちた。母イザナミはそれにより命を落とし、怒った父イザナギによって殺される。
「その死から、また多くの神が生まれたと言われている。確かそんな話だ」
「酷い……」
己の知る範囲でルウェル達に神話を語って聞かせる一心。その内容は、ルウェル達に悲しみを以て受け入れられた。
「あの社は儂の本体の安置場所としてユズリアルが設置した物でな。しかしあの場所に社は無く、何故か一心の居た世界で氏神を祭る神社となっていた」
続けて一心の話とアイリーンの話をもとに社の置かれた現状を述べるカグツチ。
「ここから先は儂の推測なのじゃがな、ユズリアルはおそらく何らかの事情で特異点に落ちたのだろう」
「特異点?」
特異点という言葉を知らなかった3人に、カグツチは意味を語って聞かせる。
「特異点とは世界と世界が近付いた時、まれに生まれる境界点の事じゃ。その境界点を通じて世界同士が通じ合い、混ざり合う。時にそこから生ある者が流れてきたり、また向こうの世界へと流れたりする。生無き物も同様じゃな」
一心もまた、その特異点によってこの世界に来たひとりであった。偶然一心のいた山がこの世界との特異点となり、一心に引かれてカグツが世界を越えた。
「儂もそういう意味では、特異点を通じてこの世界へと呼ばれたのだろう。神の一柱として」
「そして初代様と契約した……」
話が己の知る所へ、先祖の所へ帰結した事で声を発するアイリーン。目の前にいる少女が、遥かな昔に存在した己の始祖の契約神だと、ようやく現実感が沸いてきたのだ。
「そうだ。話は戻るが、ユズリアルは特異点に落ち、地球世界へと渡ったんじゃろう。それに伴ってユズリアルと契約状態にあった儂の本体も社ごと地球へと渡った。しかしその過程で儂だけが特異点内部へと取り残された。故に地球にあった社には器だけが残り、本体である炎は抜け落ちていた」
「辻褄はあってる……のか?」
「確かに初代様の最後は突如姿を消したとしか伝わっていない……」
カグツチの話の整合性に一心は説得力を覚え、アイリーンは王家に伝わる初代の最後に一致すると頷く。
「特異点内部は時間の概念亡き世界じゃ。儂はその時の牢獄に囚われ、知らぬ間に力をすり減らしていったのだろう。契約者からの力の供給が無ければ儂らは己を保つことが出来ないからな」
そしてカグツチ自身も己の現状を顧みて、自説に一定の信憑性のある事を確認する。
「先の発言の抜殻というのは、こちらの世界に残された儂の分体の事じゃ。言い換えると力の残滓じゃな」
それが今回特異点がつながった際に、一心と出会い融合したのだろうとカグツチ。
「カグツというのは、ユズリアルが儂の分体に名づけた名じゃしな」
かつてユズリアルは本体であるカグツチの炎を社に安置し、社を結界で覆った。そうして本体は安全な所に隠し、普段は分体を引き連れていたのだ。
「当時は分体も儂の一部として意識を共有していたのじゃがな。しかし儂とユズリアルがいなくなった際に独自に自我が確立し、力の供給が失われたことで、力と存在をすり減らしていったのじゃろう」
不憫なことじゃ……そう言ってカグツチは静かに目を閉じた。閉じられた瞼の奥で、彼女は一人悠久の時を過ごした己の分体の事を思っているのだろう。
「ところで一心よ、お主先ほどの言霊と神呼びの舞、誰に習った?」
しばらくの間そうしていたカグツチは、しかし目を開いた時には全く違う話題に触れる。
「誰って……昔婆ちゃんに……」
もしや地球に渡ったユズリアルの子孫が己なのか。その言葉からそう感じ、驚きに身を震わせる一心。
「先祖にこの世界の人が……ユズリアルが居た?」
「というか、その祖母がおそらくユズリアルその人じゃろうて」
「へ?」
「ええ?」
「やっぱり……」
しかし次にカグツチの口から出た言葉は、一心に更なる驚愕をもたらした。隣で聞くルウェルにも。
しかしアイリーンだけは何かに気付いていたのか、半ば予想していた様子だった。
「なんで? どうして?」
「言ったじゃろ、特異点は時間の概念が無い。それは即ち時を容易に超えることが出来るという訳じゃ。加えてな、我々は契約者が死ぬと実体を保っては居られないのじゃ。つまりは儂がこうして実体を保っている以上契約者であるユズリアルは生きている。そういう訳じゃな」
開いた口が塞がらないとはこういったことを言うのだろうか。なんか違うような気がするが、しかし他に言葉が浮かばなかった。
「ユズリアルってこの世界では2000年以上昔の人なんだよね? それが、俺の婆ちゃん?」
建国が2000年以上昔ということも、ハルから教えられた当初は驚いた。しかしその建国者が己の祖母かも知れないというのは、その時を遥かに超える驚きだった。
「お主からは、そこにいる2人とは比べものにならんほどのユズリアルの血を感じるからな。間違いないじゃろう」
神様のお墨付きも加わる。言われてみれば思い当たる節が無い訳でもなかった。
彼の祖母は若いころはたいそうな美しい髪をしていたと、祖父に教えられたことがある。残念ながら白黒写真しかなく、その色までは知らないが、もしかしたらルウェルやアイリーンのような蜂蜜色の髪質だったのかもしれない。
更に、一心のモンゴロイドとしては薄い色素。密かなコンプレックスになっていた自身の焼け難い色白さも、異世界の血筋が混ざっているからだとすれば、妙に納得できた。
「そうそう、いつの間にか儂の契約者、お主に変わっておる様じゃから。よろしくな」
「はいぃ?」
加えて、実にとんでもないことをさらりと口にするカグツチ。急にそんなことを言われてもどうしていいのか一心には皆目見当もつかない。
「これって……どうなるの?」
結局近くにいる2人、即ちルウェルとアイリーンに訪ねるが、しかし2人もただ首を左右に振るだけで、答えられなかった。
初代女王の血を誰よりも色濃く受け継ぎ、初代女王が従えた神を今従える男。その扱いは、例え王女の身であっても直ぐにどうこう出来る事では無かった。
初代女王ユズリアルは一心のおばあちゃんでした。
なんか話の展開が急ですよね……伏線とか上手に張れれば良かったのですが……




