アイリーン
なんか不定期更新になってきました……できるだけ安定化させます。。
リュクスの勘違いから起こった一連の出来事。一心とルウェル両名に多大な精神的苦痛をもたらしたその事件は、その実、リュクスの手にちょとした火傷の痕と、一時期一心がハルと二人暮らしをしたという事実だけを残して幕を閉じた。
そして次の日、ルウェルの暮らす館には、早くも生活の拠点を戻した一心の姿があった。
「釣瓶はメイド達にもかなり好評みたいですよ。何でも王宮での仕事に戻ったかのようだと」
「あ~ それはヨカッタデスネーー」
毛足の長い絨毯の上を歩きながら、改めて館の内装に目をやる一心。金かけてるなーなどと思いながら適当に答えを返す。
「特に三連滑車の釣瓶は評価が高いです」
「そりゃあね、頑張りましたから」
横を歩く相手は本来であれば敬語を使わなければならない相手だ。しかし本人たっての願いで、堅苦しい言葉は使わない。また泣かれでもしたら大変だからだ。
「拗ねてます?」
「拗ねてません!」
加えて、一心の心情的な問題もあった。
「別に俺が考えたわけではないですし。考えてみれば江戸時代には少なくともあったわけだし、そのずっと前からあったかもしれないし。別に釣瓶がすでにこの世界にあったとしても驚きませんよ。簡単な仕組みだし……」
そう、一心は拗ねていた。ルウェルに言われて否定はしたが、間違いなく彼の今の状況は拗ねる子供そのもの。
それが分かっているからか、多少言葉遣いが悪かろうが、素っ気なく返されようが、ルウェルは気にしない。
「まぁ、あるといっても大きな町にしかなかったですし、少なくともこの村にはなくて、みなさん喜んでくれてますよ?」
そんな態度の一心はルウェルにとっては実に微笑ましく、つい笑みがこぼれてしまう。
「ふふ……」
「ルウェル、何笑ってるんですか。まさかとは思いますが、思い出し笑いとか性格の悪いことしてるんじゃないですよね?」
「いえいえそんな……ふふ」
単に一心の態度に笑っていただけなのだが、一心の言葉で昨日の事を思い出してしまった。
昨日、釣瓶設置の許可を得た一心とガンテツは、早速実行に移し、時を置かずして完成にこぎつけた。
僅か数日とは言え、そして既存の仕組みをそのまま真似たからと言って、一つの物を作り上げたという感動は変わらず、完成時には手と手を取り合って喜んだ2人。
そして喜び勇んで使い方をメイドたちに説明しようとしたところで事件は起きた。
「あぁ、何を作っていたかと思えば水汲み上げ機じゃないですか。ありがとうございます、助かります!」
そのメイドに悪気はなかった。悪意も無かった。しかしタイミングが悪かった。
「え、あるの? これ?」
「はい。王都の王宮にありますが?」
その時の一心の表情は、筆舌に尽くし難いものがあったという……
「ハルも知ってたんなら教えてくれりゃぁ良かったのに……」
一心も昨日のことを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情となる。ハルに向ける言葉もついつい恨みがましいものとなった。
「知らなかったのかもしれませんよ? 彼女は王宮に常時居たわけではないので」
「ルウェルのメイドなのに?」
「いろいろあるんです。…………着きました、ここです。」
ハルのことをもう少し聞きたいと思った一心だったが、しかしその前に目的地へと到着してしまった。
「ここが?」
「はい。私たち王族が降神術を修行する場です」
そこには地下へと続く階段があった。
「また地下か……まさか遺跡があったり?」
「ええと……なんで知ってるんですか?」
驚かせるつもりだったのにとルウェル。少し不機嫌になる。
「いやガンテツの所もそうだったから、そうなのかなーと」
焦って言い訳をするが、すぐに何故己が焦らなければならないのかと思い直す。相手は5才も年下の少女なのだ。
「ええと、降りればいいんだよね? 魔法が俺を待っている!!」
「あはは……」
一心がルウェルとともに向かっているのは、彼女が降神術の修行する場で、魔力が濃い場所という説明だった。
一心はそこでルウェルから降神術と魔法について学ぶことになっているのだ。
(こんなことならもっと早く提案するべきでしたね……それこそ1日目くらいに)
想像を超える一心の魔法に対する熱意。それこそ一心は、その提案を聞くなり生活の場を戻すと主張した。
どう切り出すかと迷っていたルウェルとしては、ありがたいが、肩透かしをくらった気がして何か釈然としないものがある。無論彼女の望む方向に話が進んだので何も言わなかったが……
「ほら、行くぞ!」
「はいはい」
何処か言葉遣いまでもが変わってしまっている一心。しかし――
(嫌じゃない)
その変化はルウェルにとって嫌なものでは無かった。
◇ ◇ ◇
「これはまた……凄いな。いや、凄いなんてものじゃない。それに……」
目の前に広がる想像を超えた景色に、そして湧き上がる懐古の念に身を震わせる一心。その横では呆れたように一心を見るルウェルの姿があった。
「もしかしたらとは思っていましたけれど……まさか本当に来れるなんて……」
「どういうこと?」
しみじみと呟かれたルウェルの言葉。それが一心を少しだけ不安にさせる。
「この場所は、ある条件を満たした者のみが来れる場所なのです。そしてその条件とは――」
「女王家に名を連ねる者。つまり王家の人間だけという訳だよ」
「お姉さま!」
「やぁ、ルウ。お久しぶり」
そう言って現れたのはルウェルとよく似た女性だった。顔も背丈もあまり変わらない。それこそ似すぎといっても良いくらいに似ている。ただし……
「大きい……」
一か所だけ明らかに規模の違う場所があった。それだけの違いなのに、ルウェルには無い大人の色香が滲み出てくる。
「……一心。どこを見ているのかしら?」
「君は初対面だというのに大胆だね~」
一心としてはそこまでがん見していたつもりは無い。しかし男のちら見は、女性にとってはがん見と同じ。
「いや、ええと……」
とっさに言い訳を考えるが、良い言い訳は思い浮かばない。しかし――
「お姉さんは構わないよ? 見られて減るもんじゃないし。じっくり見てくれたまえ!」
「おお!」
何故か胸を張って更に主張してくるルウエルのお姉さま。弾けんばかりに主張してくるそれは、まさに男にとっての決戦兵器といっても過言ではない……
「ちょっとお姉さま!? 一心も何言われた通り見てるの!!」
「いや、つい……」
「ふぅん……つい《・・》見ちゃったんだ。そんなに大きいのが良いわけ。へぇーーー」
そして、一心と姉の態度に、ルウェルの機嫌が危険なほどに低下していき……
「オノレキョニュウメ! …………どうせ私は小さいですよ。手にすっぽり収まってしまいますよ。胸のボタンも弾け飛ばないし、肩も凝りませんよ。いいじゃないですか、別に小さくても……」
盛大に拗ねてしまった。相当なコンプレックスだったのか、小さな体全身で絶望の2文字を見事に表現している。
(というか、胸のボタンが弾け飛んだりとか、肩が凝ったりっていうのは万国共通なんだな)
などなど。そんなどうでもいいことを思いながらお姉さまに視線を向ける一心。しかし彼女は妹の様子をにやにやしながら眺めているだけで、慰めようとかフォローしようといった様子は見られなかった。
(ってことは俺が慰めなくちゃならんのか?)
そう己の役割を理解した一心が口を開く。
「いや、ほら! あれだ、小さい方が好みって言う男も世には大勢いるし。寧ろ俺もどちらかといえばそっちの方で。手にすっぽりの方が良いな~みたいな感じで……。それにこれから成長するかもしれないしさ!」
一心としては全力でフォローしているつもりだった。だいぶ余計なことまで言ってしまっているが、それは一心が残念な男なので仕方がない。
「ほんとに? ほんとに一心は小さくても構いませんか?」
「ええ。むしろそっちの方が嬉しかったりします!」
しかしそれでもルウェルの機嫌が直ったので結果としては良かったのかもしれない。
(な、何かを亡くした気がする……)
その一方で、己の言動を冷静に見つめた結果、今度は一心が酷く落ち込むという一幕もあったのだが、それは割愛する。
◇ ◇ ◇
「それで、一体ここは何処なのでしょうか?」
自己紹介の結果、第1王女アイリーンだと判明した女性に尋ねる一心。その他にも何故王都に居るはずの第1王女がここに? など疑問をぶつける。
「まずこの場所は、建国の女王にして初代女王であるユズリアルが作った王家の庭、通称ユズリアルの庭と呼ばれるところだね。そしてこの場所に通じる門があるのは2カ所。1つが君の居た村。そしてもう一つが王宮」
だから私もこの場所にいるんだよとアイリーン。一心の疑問にウインク付きで答える。
「なぜ私たちの居た村に扉があったかというと、それはあの村がユズリアル様の生まれ育った場所だからです」
何故小さな山間の村にそんな物があるのかという次の疑問には、代わってルウェルが答える。
「この場所を……作った人がいる?」
「正確には作ったのは門の方だけどね」
驚く一心に、アイリーンが告げた。
もともとこの場所は何も無い小島だった。そこに建物を立て庭を整理し、工房を作ったのが初代女王だった。彼女はこの場所を憩いの場とし、政務に疲れた時などに利用していたという。
「あの門は転移門と言ってね、時空間魔法によって作られているんだ。さすがの女王様でも空間自体は作れなかったらしくてね。この場所も来ようと思えば船で来れる場所だよ」
ごく少数ではあるが、この島の場所を知る者もいる。何れも王家ゆかりの者達ばかりだが……
転移魔法自体はそう難しくは無い。ただし、自空間魔法の使い手が極端に少ないので使える者自体は多くはないし、加えてそれを道具に定着させ、魔道具にするには、また別の才が必要となる。現在、転位門の研究も王宮主導で行われているが、制作に成功した者は初代女王をおいて他にない。
「建国王ユズリアル。建国の母初代女王にして天才魔道技師。そして降神術の始祖。現在の魔法体系の基礎も築いたのは彼女。まさにその所業は偉業の数々……」
ハルに教わった女王国の歴史。その中には建国の王ユズリアルの名もあった。珍しく興奮した様子でユズリアルについて語るハルが印象深かったことを覚えている。冷静になった後にハルが言い訳のように呟いた言葉も。
「初代様は私達王国に暮らす者達すべての憧れで、誇り…………か」
「良く知っているな?」
「ハルは教師役としても優秀なようですね」
一心の正体――異世界の住人という事――を聞かされているアイリーンは、一心がユズリアルについて知っていたことを驚き、誰がそれを教えたかを知るルウェルは、その人物の教師としての才に驚いていた。そして一心といえば、
(この場所は、彼女が作った……彼女の世界)
ユズリアルという過去の女性に思いを馳せていた。
先程アイリーンは『何もないこの小島に』と言った。けれど今、一心の目の前には、緑豊かに枝葉を広げる木々や、香り高く咲き乱れる花々。そして落ち着いた面持ちの小さな庵など、風情溢れる光景が広がっている。
(ん? あれは……)
その時、景色を眺める一心の瞳に、何かが映った。揺らぎというのだろうか、光が重なり合い、景色が歪んでいる場所がある。一度それを視界に入れると、一心の瞳はその場所から離れなくなった。
(なんだ、あそこに何かある?)
目を凝らし、光の流れを追うと、そこに何か建物の様な物がある事に気づいた。
「ねぇ、一心。君は何者なんだろうね? 男の身ながら本来女性しか扱えないはずの降神術を扱い、王家の人間しか入れない場所に入れる異世界人……って君聞いてる?」
いつの間にかアイリーンとルウェルの間で一心についての話になっていたのだが、揺らぎに気を取られた一心は全く聞いていない。
「ってちょっと? どこ行くの!」
だけでなく、ふらり、ふらりと歩き出してしまった。その足取りは不確かで、己の意志で動いているとは思えない、まるで何かに導かれるような、そんな足取りだった。
「一心さんや、そっちには崖しかないが?」
「ちょっと、一心!? 止まって」
訝しみながらも、何かあるのかと一心の後に続く2人。しかし一心が庵を通り過ぎ、ユズリアルの使用していた鍛冶場を通り過ぎると顔色を変えた。小さな島なのだ。そのまま進むと崖しかない。
「ちょっと危ないって」
言葉で言っても止まらないため、ついにアイリーンが一心の右手を掴む。しかし……
「と、止まらないーー」
ぐいぐいと、アイリーンを引きずりながら一心は歩き続ける。
「ちょっと一心、ほんとにどうしたのよ!」
堪らずルウェルも一心の左手に取りすがるが効果は無い。
「ちょっと、ま――」
「一心!!」
遂に一心が崖へと一歩を踏み出し――――そしてそのまま歩き続けた。
「は?」
「え、え……なんで?」
普通に考えれば一心は崖下へと転落するはずだった。そしてそのまま海に呑まれ……そんな悲惨な結末を想像していただけに、2人は目の前の光景が信じられない。
「歩いてる? 何もないところを?」
「いえ、登ってる。階段……でしょうか?」
何も無い空中を歩いているとしか見えない一心。やがて、彼は両手を前に差し出し、何かを掴む素振りをみせた。そして――3人を光の濁流が襲った。
いかがだったでしょうか。次回「ユズリアル」お楽しみに!!




