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そして、新学期初日。学院で始業式を終えると、そのまま緊急集会が開かれた。予想通り過ぎる展開にステラは疲れのにじんだため息をもらしたものである。集会では何人かの教官がこの事件がいかに悪逆非道であるかを熱心に語り、最後には『それらしき者を目撃した際は報告してほしい。皆も犯人逮捕に協力してくれ』というお約束のような言葉が生徒全員に投げかけられた。
「今回の集会ってさ、一種の洗脳みたいなもんだよね」
ようやく集会のもろもろが終わり学院からも解放されたのち、帝都の道を歩きながらステラはぼやいた。この言葉に応えたのは、彼女の数少ないガールフレンドであり怪奇現象調査団の一員でもある魔導科のナタリーだ。
「ま、内容だけ見ればね」
でも、と続ける。その口元にはややひきつった笑みが浮かんでいた。
「実際に学院の近郊で殺人事件が起きたのは事実だし、うちが多少やり過ぎだとしてもこう言う集会は行ってもいいと思うわ。今回はたまたまラフェイリアスの神父だったわけだけど、いつ信者である一般人が巻き込まれるともかぎらないもの」
「うんまあ、それは正論だ」
声を上げて笑いながら友人の意見を肯定する。ステラは、ナタリーのこういう面が好きだった。誰がなんといおうと、極力客観的に、そして自分らしく冷静に評価しようとするところが。そしてなによりうらやましかった。人間誰でも、自分にないような良い部分は好きになるしうらやむものである。
そんな若干哲学的なことを考えながら歩いていると、まるで図ったかのように道の先に人がいた。ジャック、トニー、レクシオ……つまるところ調査団の男性陣だ。
「ぃやっほー!!」
弾んだ声とともにナタリーが手を上げる。真っ先に反応したのは、なぜか幼稚園児のかぶるようなのと同じ形をしたベージュの帽子をかぶった、トニーだった。手を振りかえしてからジャックを小突いている。少女二人はそんな様子を見ながら、小走りで合流した。
「おー。二人とも帰りか」
のんびりとした声でレクシオが言ってくる。「そっちもでしょ?」とステラが言うと、「まーな」という短い答えが返ってきた。そこでジャックが口を挟んでくる。
「実は今、今回の事件について話し合っていたところなんだよ」
そこで、ナタリーが盛大に顔をしかめる。
「まさか、また首を突っ込もうってんじゃないでしょうね?」
先日の人形の館事件でえらい目に遭ったばかりだから、厄介事にかかわるのを嫌うのは無理のないことなのかもしれない。そしてジャックの性格から、彼女がそう捉えるのもまた仕方のないことだったりする。
だが、今回の団長はちょっと冷静だった。
「まさか。少し話をしていたってだけだ。僕らは正義の探偵団ってわけじゃないからね。怪奇現象の起きない危ないことにわざわざ関わる気はないよ」
その言葉にナタリーはほっと息をついている。
(じゃあ、怪奇現象が起こったら関わる気なのかしら)
一方でそんなことを思ったステラは眉間にしわをよせた。それだけは勘弁願いたいものである。それはつまり警察の捜査にただの学生が介入するという意味なのだ。これで問題児扱いされたら、困るのは自分たちの方なのだから。
「あぁー、でもジャックが関わらないっていうんなら、今回はおおごとに発展しないで済みそうね」
「まあ、そんな毎回おおごとになられても困るんだけどな」
ステラのちょっとした呟きを聞いてレクシオが苦笑する。ここで、ぐっと伸びをした。平和な日々というのは素晴らしいものだな、などとあらためて感じる。
――そして、視線を下ろした時。
「…………?」
思わず首をひねった。馬車専用の通行路を挟んだ、反対側の歩道。その道を、フードをかぶった人間が通り過ぎていくのを見た気がした。自分たちより年上なのはわかる。だが、それ以外は一切見えない。男か女か、子供か大人か。全く判断がつかなかった。
「どうしたの?」
背後から呼ばれて、慌てて振り返る。そこには怪訝そうな顔をしたナタリーがいた。
「なんでもない」
答えて首を振ると、幸い彼女は引き下がってくれた。納得はしていなかったようだが。その後、はっとして再び反対の歩道に視線を走らせる。フード人間が去っていった方向を目で追ったが、その姿はすでになかった。
結局何だったのか分からずじまいで、ステラは再び首をひねった。
仕方なく調査団の方に視線を戻すと、ラフェイリアス教の話が本格化しているところだった。
「ナタリーんちの反応はどうだったの?」
帽子のつばをつまみながら尋ねるのはトニー。一方のナタリーは疲れたような顔をして話した。
「両親の反応は鈍かったけど、じいちゃんとばあちゃんがすごくてさ。極刑に処するべきじゃー、とか騒いでて。改めて熱烈なラフィア信者なんだって思ったよ。ほかはどうなの?」
「うちもおんなじ感じだよー」
トニーがのんびりした声で言うと、他の人はああ……とため息をついた。犯人に対して怒りを爆発させる老齢の信者たちの様子が目に浮かんだ。孤児院の人たちの様子は何も変わっていなかったからピンとこなかったが、こういう話を聞くと、本当にとんでもない事件なんだなぁと思ったりする。
一方で、ジャックとその家は相変わらずの態度だったようだ。彼は腕を組んで、「うちは至極冷静だったぞ」となぜかおもしろそうに告げるのだった。
「あんたのうちがうらやましいわ」
――というのはナタリーの感想である。
こんなやり取りを聞きながら、ちらりとレクシオの方に視線をやるステラ。幼馴染は相変わらず、適度に相槌をうちつつ傍観に徹している。何を考えてるのか分からない顔が、そこにあった。
(あいつの家族って、いったいどうしてるんだろう)
ふと、そんな考えが脳裏をかすめた。




