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世界神へ挑む者  作者: 蒼井七海
第一章 平和な日の話
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2

「――と、いうわけ。分かった?」

 正面から響くレクシオの声を聞いて、ステラはようやく我に返った。黒い目を瞬いて、真剣な顔をする幼馴染を見つめる。相手は頬杖をついた姿勢で、こちらの答えを待っていた。だが、まあ、当然ながら分かっているわけがない。よってその場に沈黙が下りる。ただ黙って互いが互いを見つめていた。

 だが、しばらくしてレクシオはこう言った。

「また、途中から別世界に飛んでただろ」

「うん。魔導元素の特殊融合あたりから吹っ飛んでた」

 今やっている課題は『風の魔導術を雷の魔導術として応用する手順』だった。魔導科のワークシートの応用問題から抜き取られたらしいことが、魔導科の友人の証言で明らかになっている。やはり教官は鬼だった。ステラは、深々とため息をついてペンを置いた。

「ああ、やっぱりあたしは剣士になるべくして生まれてきたのかしらねぇ。てゆーかレク、あんた武術科なのになんでそんなに詳しいのよ?」

 するとレクシオはわざとらしく前髪をかきあげ、「天才だから?」と言ってきた。腹立つ、無性に腹立つ。だが、なによそれ、と突っ込むにとどめておいた。こういうナルシストな感じの台詞を言う時は何かを隠している時だ、と知っている。人には言いたくないことなどみんな山ほどかかえているわけだし、ステラも幼馴染だからといって詮索するような真似はしないでいるのだった。

 そんなやり取りの後、また不毛な解説が始まった。だが、その途中で下の方がやけに騒がしくなる。レクシオと二人して、はっと顔を見合わせた――今日は会合の日だ。

 足早に部屋を出て、二階から下のロビーを見下ろす。案の定、子供たちと戯れる『クレメンツ怪奇現象調査団』の姿があった。

「おーいっ! みんなー!」

 ステラは声という声を張って、下へ呼びかけた。すると、三人いる中の一人が顔を上げる。切れ長の目と鼻梁高い顔立ち、肩にかかるくらいに長い黒髪が嫌でも印象に残る、舞台映えするような少年だ。青年のようにも見えるがバカで留年したというわけではないので、間違いなく年齢的に少年である。そう。彼こそが、面は良いが中身は幽霊オタクの怪奇現象調査団団長・ジャックだった。

「おお、ステラ。今そっちへ行く!」

 とても楽しそうな声で返してから、団長含む三人は周りに群がる子供を適当にあしらい、こちらへ上ってきた。そしてみんなでステラの部屋へ入れば、いよいよ会合開始である。

「はい、差し入れよ~♪」

 と言いながらミントおばさんの持ってきたクッキーと紅茶をもそもそと食しつつ、ジャックが訊いてきた。

「最近、何か奇妙な事件の話は出ていないかい?」

 すると、今みんなが座っている丸テーブルでちょうどジャックの反対側に座っている猫目の少年トニーが、亜麻色の髪をかきながら言う。

「最近は聞かないよなぁ。ていうか、人形の館の一件が片付いてから、ごっそりとその手の話が減った感じ」

 隣で、黒髪の少女ナタリーが首を縦に振っていた。それを見てレクシオがぽつりと漏らす。

「あの館の事件があってから、あれに関連するいろんな話が創られたってことだな」

 そして事件解決と共にすべて消え失せた、と。ステラは心の中で告げてからため息をつく。この調子だとしばらく本格的な活動はないかもしれない。疲れることだってあるが、このメンバーでの活動は基本的に楽しいので残念だ。

 だが、そう思った矢先にナタリーが興味深い発言をする。

「あ、でも変わった事件ならあったわよね。昨日の新聞見た?」

 正直なんの話だか分らなかったが、残るメンバーの顔を見渡して驚いた。なんと、全員がうなずいているのだ。レクシオなんかはにやりと笑って、「世の中には大胆なことする奴がいるよなぁ」などと言っている。さすがに置いてけぼりにされている気分になった。

「な、なんのこと?」

 そんなわけで慌てて尋ねると、ジャックが新たなクッキーをつかんだところで彼女を見てきた。知らないのか? と顔に書いてある。呆れられていたが一応は説明をしてくれた。

「帝都の外れ、ディノの町の教会でラフェイリアス教の神父が殺されたそうだよ。知らなかったのか、ステラ?」

 思わず、手にしたマグカップを取り落としそうになった。調査団四人の顔を順繰りに見回してから、叫ぶ。

「なな、何よそれ!? この国全体を敵に回したも同然じゃない!」

 この発言にナタリーがうなずいてくる。

「そうねぇ。この国の人間八割くらいがラフェイリアス教の信者だもの。うちだってそうよ」

 ラフェイリアス教というのは、金と銀の翼を持つ世界をつかさどる女神、ラフィアを信仰する宗教だ。ナタリーの言葉にあるように国民の八割はここに入信している。実際、この調査団の面々の家も、孤児を除けば全員ラフェイリアス教に入っているという。きっと彼らの親や祖父母は今回の事件に大層腹を立てているに違いない。

 そして、実を言うともうひとつ問題があった。それを口にしたのは、トニーである。

「確か、学院も一応ラフェイリアス教じゃないっけ。あそこからたくさん援助もしてもらってるって話だし」

「きっと、すごい話題になるわよね」

 言ってからステラは、新学期が初めて恐ろしいものに思えてしまった。陽の月下旬、いよいよ明後日から学院は開かれる。

 少女の思いとは裏腹に、刻々と時は過ぎていっていた。


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