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帰還

「いや~。私のいたときと比べて全然変わってないですね!」



 馬車から降りた俺たちは、三人で町の大通りを歩いていた。



 町を見たエミルの反応から察するに、リディエルが言っていた「二十年前から変化した部分はほとんど無い」というのは本当だったようだ。



「進歩していない、とも言うがね。新しい技術も生まれてはいるが、実用化には程遠いよ」

「そうなんですか?」


 新しい技術云々(うんぬん)については初耳だ。



「魔法技術を開発してる連中はどうにも完璧主義らしい。中途半端なものを外部に公開することを嫌うんだよ。そのせいで技術の発展がかなり遅い。それこそ、エルフである私がもどかしく感じるくらいには」

「なるほどな」

「私のような一般人からすると、もう少し魔法技術を小出しに公表して欲しいものだがね。まあ、文句を言っても仕方あるまい」



 二十年も時間が経っているにも関わらず技術がそこまで発展していないというのが不思議だったが、なるほど、そんな事情があったのか。


 ギルドマスターであるリディエルが本当に一般人なのか? と思わなくもないが、あまり突っ込むべきではないだろう。




「では、私はこのあたりで失礼しよう」



 しばらく歩いていると、ふいにリディエルがそう告げた。


「え、なんでですか!?」

「そもそも、私とキミたちでは向かう先が違うだろう?」

「あぁ、確かに……」

「私はギルドへ戻るが、キミたちは宿にでも向かうのではないか? 高難易度ダンジョンを攻略した日に他の依頼も受けるほど仕事熱心なのだとしたら、私は止めないが」

「いや……私は宿で休みたいです……」

「俺もエミルと同じですね……」


 これ以上の労働をする気力はさすがに残っていない。

 俺達の返事を聞いたリディエルはうんうんと頷くと、懐から小袋を取り出し、こちらへ手渡した。


「これは?」

「迷宮主の討伐報酬、その一部だよ。前払いとでも考えてくれ」

「……ああ、なるほど」


 俺は、彼女の言わんとしていることを理解した。

 だがエミルは、なんのことかわかっていない様子で首をかしげている。


「どういうことですか?」

「俺達は今、無一文だろ」

「……あ! すっかり忘れてました!」



 正直俺も忘れていた。


 ダンジョンから必死の思いで脱出し、それから森を彷徨(さまよ)うというかなりハードな一日だったので、完全に意識外へ置いていた。



「ありがとう」

「礼を言われるようなことではないさ。迷宮主を倒した者に報酬が支払われるのは当然のことだよ」

「いや、それでも礼は言わせてください。本来なら、ダンジョンの踏破すら確認されていない段階で報酬なんか貰えないでしょう。だから、リディエルさん。ありがとうございます」


 俺の言葉を受けたリディエルは、少し意外そうな顔をした。


「キミはなんとも律儀だね」

「そうですか?」

「そうだとも。エミル君がキミに懐いている理由も、なんとなく分かったよ」


 彼女は納得したように俺を見ると反転し、その小さな背をこちらに向けて、ギルドの方へ歩き始めた。


「三日くらい後に、ギルドへ来るといい。残りの報酬も支払われるように手配しておくよ」


 手をひらひらと振りながらそう言って、人混みの中へ消えていった。



 初めて会ったときは少し気難しい人だという印象を受けたが、話してみれば意外と親切な人だったな……


「じゃあ、俺達もいくか」

「そうですね! ロイスさん、宿に向かいましょう!」


 にかっ、とエミルが笑い、俺の手を握った。

 ……まあ、人混みの中ではぐれたら困るし、別にいいか。



 俺もエミルの手を握り返すと、宿のある方向へ向かって歩き出した。







「……ロイス君、か」


 ロイス達と別れたリディエルは、一人でそう呟いた。



 彼については以前から知っていた。

 Aランク冒険者数人が組んでいるパーティーに、なぜか一人在籍しているEランク冒険者。

 ユニークスキルを持っていることも知っていたが、それが機能していないことも同様に知っていた。


 思えば不思議な男だ。

 通常の冒険者なら身の丈に合わないパーティーにいても、魔物に殺される、もしくは自主的に脱退するのが普通だ。

 そうならない者は、順当にランクを上げて仲間に追い付くことがほとんどだろう。



 だが、彼は違った。

 ランクを上げることもなく、魔物に殺されることもなく、パーティーに在籍し続けていた。

 おそらくバルゴスに追放されなければ、彼は今でもパーティーに居続けていただろう。


 本人はユニークスキルのおかげで強くなれたと思っているのだろうが、リディエルはそう考えていなかった。


「おそらく彼は、ユニークスキルがなくてもその忍耐力で、成長を続けていたのだろうね」


 そんなリディエルの独り言は、町の喧騒に掻き消された。




 ……そのまま歩き続け、ギルドの裏口へ到着する。


 リディエルは少し背伸びをして、立て付けの悪い扉をガンガンと引いた。

 普段は自分の姿に対して不満はないが、こういうときばかりは自身の力の無さに嫌気が差す。


「王国は依頼だけでなく、ギルドの設備にも金を出して欲しいものだよ……」


 六回ほど引いたところで、扉がバッと勢いよく開いた。

 少しよろめき、たたらを踏む。



 小さくため息をこぼし、ギルドの中へ入った。


 自分が座る定位置であるギルドマスターの椅子に座ると、リディエルが戻ったことに気がついたギルド職員の一人が駆け寄ってきた。

 ただ単にギルドマスターの帰還を喜んでいるわけでないことは、手に持つ大量の書類を見ずとも理解できている。


「やっっっと、帰ってきましたね!!! 見てくださいこの大量の書類を! 私達……主に私が必死こいて処理した末に手が回らなかった書類ですよ! さあ早く確認して承認して渡してください!」

「言っておくが、私がいなかったのは王都に呼ばれていたからだ。文句なら向こうに……」

「文句は無いですから早くしてください!」


 ……ギルドの仕事は本来、そこまで激務ではない。

 だが最近は魔物の出現報告が増加しており、それに比例して仕事量も増加していた。



 リディエルがパラパラと書類に目を通す。

 一見すると中身を読んでいないような速度だが、彼女ならそれで内容を理解できている、ということはギルド職員の中では常識だった。


 最後まで捲り終えたリディエルは、その書類の八割を前に差し出した。


「……? これは?」

「近く、起こることが予想されていた『魔獣暴走(スタンピード)』についての対策は必要なくなったよ」

「ど、どういうことですか!?」

「ロイス君が『伏魔殿』の迷宮主を討伐した。念のため確認はするが、すぐに済むだろう」

「ロイスって、あのEランク冒険者の!? 一体何を言っているんですか!? ついにボケ始めたましたか!」

「キミ、私に対する当たりが妙に強くないかい……?」



 驚くギルド職員に対してリディエルは、ロイスから聞いた話をかいつまんで説明する。



「えーと、なんですか。ロイスさんのスキルが実は凄くて、二十年前のAランク冒険者とも仲間になって、しかもあのダンジョンを攻略したと……?」

「そういうことだね」

「いや、なんですか……信じられないです……」

「しかし事実のようだよ」


 話を聞いた職員は、空いた口が塞がらないといった様子だった。

 もし先ほどの話が同僚から聞いたものだったら、鼻で笑って一蹴していただろう。


 しかし今、彼女の目の前にいる人物は、何十年もの間ギルドを支え続けているギルドマスターだ。

 見た目はちんちくりんだが、間違った情報を是としたことは一度もない。



 つまり、今の情報は全て真実だということになる。


「マジですか……?」

「マジだよ」

「…………ちょっと、他の人に話してきてもいいですか?」

「構わないが、個人については曖昧にした方がいい。明確な規則があるわけではないが、プライバシーというものを考慮するようにね」

「わっかりました!」


 書類を全て処理できて上機嫌な職員が、部屋のドアへ近づく。

 彼女はそこで一度立ち止まり、リディエルの方へ振り返った。


「…………そういえば、バルゴス達のパーティーが帰ってこないという報告がありますが、どうします?」

「……ええと、そうだね。一応、捜索依頼くらいは出しておくように」


 バルゴス達についての話は、馬車の中でロイスから聞いていた。


 話を聞いたときは、パーティーメンバーの殺害を試みるなんてとんでもないことをしてくれたものだ、と思わずため息をこぼしてしまった。

 証拠さえあれば、前例に(のっと)り速やかに適切な処分を下すところだ。



 だが、彼らのことだ。

 きっと、『自分たちはやっていない』『証拠を出せ』といったことを主張するだろう。

 実際、こちらに証拠と呼べるものは無いに等しい。

 やはりバルゴスを処罰するのはそこそこ手間がかかるだろう。



 もういっそのこと、ダンジョンから帰ってこなければ楽なのだが、さすがにギルドマスターが冒険者を見殺しにするというのはいろいろ問題がある。



「……彼らが帰ってきたとしても、まあ、やりようはあるさ」


 職員が出た後の静かな部屋で一人、リディエルは書類を手にとりながら、そう口にした。

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