ギルドマスター
「…………要するに、だ」
「ええ」
「あのダンジョン、『伏魔殿』の迷宮主をキミ達二人で討伐したと、そういうことかい?」
「……まあ」
「そうなりますね!」
ギルドマスターを名乗る幼女と出会った少し後、俺とエミル、そしてリディエルの三人は馬車に揺られながら話をしていた。
『立ち話というのもなんだからね。助けてもらったお礼も兼ねて、町まで送ろうか?』とのことだったので、遠慮なく同行させてもらう。
そして彼女がギルドマスターならちょうどいい、ということで俺たちは、これまで起きたことを一通り説明していた。
「やっぱり、信じてもらえない感じですか?」
「いや、信じるとも。長いこと生きていれば、相手が嘘をついているかどうか、なんとなくわかるからね」
長いこと生きてるという言葉を聞いて、『一体何歳なんですか?』と思わず口に出してしまいそうになったが、なんとかこらえる。
さすがに二回も同じミスは繰り返したくない。
「キミ、私の年齢について疑問を抱いただろう」
バレていた。
顔に出したつもりはなかったのだが、それだけ彼女の観察眼が優れているということだろうか。
「断っておくが、私は幼女ではない。ほら、見るといい」
そういって彼女は、髪を少しかきあげる。
髪の間から見えた耳は、僅かに尖っていた。
「なるほど」
確か、エルフという長命種がそんな特徴を持っていたはずだ。
ギルドマスターがエルフだということも、そもそも見た目が幼女だということも、俺が冒険者活動を開始してから初めて知った。
まあ、用事もなしにギルドマスターが表に出てくることはめったに無い。
俺が知らないのも当然といえば当然だろう。
ギルドマスターから直々に呼び出されるようなミスも犯したことはないので、知る機会がなかったのだ。
……そんな彼女の耳を見たエミルは、彼女と初対面ではないはずなのにも関わらず、かなり驚いていた。
「ええ!? もしかして、ギルドマスターってエルフだったんですか!?」
「いやキミは知っているはずだろう。私とも何度か会ったことがあるはずだ」
「気づかなかったんですよ! 私が知ってるエルフは、もっと耳が大きかったですし。それこそ髪から飛び出るくらいには……」
「個人差というヤツだよ」
「それにエルフって、幼女で成長が止まったりしないんじゃ……」
「それも個人差というヤツだ」
エミルの質問攻めに対して、リディエルは動じることなく答える。
なんとなく手慣れている感じだ。
やはり、見た目が幼女だとこうした質問を受けることも多いのだろう。
特に嫌な素振りを見せずに話すその様子からは、なんとなく年長者の余裕というものを感じた。
「……それにしてもエミル君。まさかキミが、ミミックに捕まっていたとはね。どうりで二十年間、姿が見えなかったわけだ」
「ほんっと大変でしたよ。でもロイスさんが助け…………ん? 今なんていいました?」
「まさかキミがミミックに捕まっていたとは」
「その後です」
「『二十年間、姿が見えなかった』という部分かい? てっきり、気がついているものとばかり……」
「いやいやいや! なんですか二十年って!? 私ってそんな長いこと捕まってたんですか!?」
リディエルの言葉を聞いたエミルは両手を床につき、これ以上ないほどにうなだれていた。
「二十年か、どうりで……」
もちろん俺も驚いてはいたが、同時に納得もしていた。
同じ町で活動する冒険者、それもAランクともなれば、知っていない方がおかしい。
仮に他の町で活動している冒険者だったとしても、『伏魔殿』に挑むとなれば、必ずクリオルには立ち寄るだろう。
Aランク冒険者が町に立ち寄ったとなれば多少は噂になるはずだが、俺がそんな噂を耳にしたことは一度もなかった。
だが、エミルが二十年前にダンジョンに挑んだ冒険者なのだというならば、俺が知らなくても不自然ではない。
つまりエミルは二十年もの間、ミミックの体内――時間が止まっている空間に囚われ続けていたということになる。
そう考えると、エミルが持っている錆びた剣って、元はとんでもない代物だったのでは……?
まあいい。
とにかく謎は解けた。
と、そこであることが思い浮かんだ。
「つまりエミルはロリバb――」
「ちょっとロイスさん!? なんてこと考えてるんですか!? 私は身も心も若々しい十代です! この空間にいるロリババアはリディエルさん一人で十分ですよ!」
「キミ、実は結構余裕あるだろう……」
正直、いきなり二十年前の冒険者とか言われても現実感が全くない。
一方、衝撃の事実を宣告された当人はというと……
「だって二十年ですよ!? そんなに時間が経っていたら、私の友達とか……」
「キミに友人がいたとは初耳だが」
「いやまあいないですけど! あとは……町の人とか……」
「そんなに親密だったかい? 知名度はそこそこだったが」
「確かにあんまり話したりはしてなかったですけども! ええと……それ以外は…………………なんかありましたっけ……?」
「私に聞かれても困るが……」
……そこまで影響はなさそうだった。
むしろ、どんな生活をしていたんだと心配になるが、この場合においてはプラスに働いているようなので、とりあえず良かったのかもしれない。
「ええと、そうだね。キミが失ったものは、二つある」
「なんですか?」
リディエルが人差し指を立てる。
「一つは名声。残念だが、二十年も前に行方不明になった冒険者を覚えている者はほとんどいない」
「やっぱりそうですよねぇ……」
ややテンションの下がった様子のエミルを見ながら、リディエルは人差し指の隣にもう一本指を立てた。
「それともう一つ。冒険者ギルドにおけるキミのデータだ。黙っていなくなる者の多い仕事だからね。帰る見込みのなさそうな者の情報は、わりと簡単に破棄される。つまり、今のキミは冒険者ですらないということだ」
「なんですと!?」
エミルは予想外の宣告に驚き、リディエルへ詰め寄った。
「ち、近いんだが……」
「そんなことより、冒険者ですらないってどういうことですか!? 私の冒険者ランクは」
「新たに登録するとなれば、Eランクからスタートだね」
「んなっ!? マジですかぁ……」
リディエルにもたれ掛かった状態からズルズルと滑り落ちていくエミル。
幼女の前で少女がうなだれている光景は、なんとなくシュールだった。
しかし、Aランク冒険者だったはずなのに、いきなりEランクからスタートだと言われればそんな反応にもなるだろう。
俺は、念のためリディエルに質問してみる。
「それって、なんとかなったりしませんかね? エミルは元Aランクらしいですし、もう少し上のランクからスタートになったり……」
それを聞いたエミルは、ちらりとこちらを見た。
「いや、いいんですよロイスさん……さすがにそんな都合よくは……」
「可能だよ」
「できるんですか!?」
できるのか……
というか、なんとかなるのであれば、最初からそう言えば良かったのでは?
「やはりエミル君はいい反応をするね」
「なんか、彼女の反応見て楽しんでないですか?」
「気のせいだよ。それよりランクについてだが……」
突っ込みを入れたが、話題をそらされてしまった。
リディエルはコホンと軽く咳払いをすると、そのまま話を続けた。
「Cランクまで昇格させよう。エミル君だけでなく、キミも同様に」
「俺も、ですか? というか大丈夫なんですか? 俺はただのEランク冒険者ですよ?」
「ただのEランク冒険者が高難易度ダンジョンをクリアできてたまるか、という話だよ。私の権限で昇格させられる上限がCランクだからね。本当はもっと上のランクにしたいくらいだ」
彼女は至って真面目な表情でそう告げた。
「迷宮主を倒したということは『魔獣暴走』の兆候も収まるだろう。それが確認でき次第、私の方で手続きをしておくよ」
「助かります」
「いやいや、むしろ助かったのはこちら側だ。『魔獣暴走』の対応には、大変な労力やら金やら時間やらが必要になるからね。それが無くなるなら、他の問題にも対処しやすくなる。キミのおかげだ」
リディエルはそこに「ありがとう」と付け加え、馬車の進行方向に目を向けた。
釣られて前を見ると、少し離れた場所に町が見えた。
「ついに戻ってきましたね……」
「……ああ」
時間としてはそれほど長く離れていたわけでもないが、かなり久しぶりに帰ってきたように感じる。
「さて、そろそろ到着だ。二十年間で変わったことはあまり無いが、改めて言っておこう」
リディエルがこちらへ振り向き、続ける。
「あれこそが、三大魔境『ニブルヘイム』に最も近い町、クリオルだ。ギルドマスターとして、キミ達が帰ってきたことを嬉しく思うよ」
彼女は少し形式ばった口調で、そう告げたのだった。




