表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
血を吸う魔剣
74/89

一、勇者の墓

 勇者アレキアを殺したのは俺だ。

 俺が伝説の勇者をこの世から消し去った。



 彼の墓を俺はじっと睨みつけた。

 墓標として、一本の剣が地面に突き刺さっている。


 勇者アレキアの相棒、黒の魔剣。

 その名の通り、柄から刀身まで漆黒に染まり、魔剣の名にふさわしい妙な曰くまでついている。


 曰く、血を吸って魔力を得ているらしい。

 曰く、血を与えると願いを叶えてくれるらしい。

 曰く、使いこなすには魂を捧げなければならないらしい。


 そんな伝説の魔剣も、今は見る影もなく錆つき、土に突き立てられいる。


 彼が消え去った今も、俺は勇者を許せないままだ。

 俺はため息をつき、空を見上げた。

 もうすぐ夕闇が訪れる。

 遅くなると、あの坊やが喚くだろう。

 俺は、宿屋『はごろも荘』へと戻ることにした。



   ♢   ♢   ♢



 宿屋『はごろも荘』。

 一階が食事処で、二階に泊まれるようになっている小さな宿だ。

 がたいのよい親父が一人で切り盛りしている。

 町中には、もっと大きな宿もあるので、普段はそちらに客を取られがちだが、今日の『はごろも荘』は、いつもとは違う賑わいを見せている。


 というのも、奇妙な吟遊詩人の一行が、客として宿を訪れたのだ。


 吟遊詩人といえば、華やかな衣装に整った容姿、美しい音楽と物語がお決まりだが、『はごろも荘』にやってきた彼らは、そんな煌びやかなイメージとはかけ離れていた。


 黒ずくめの男に、小柄な少女、仮面を被った剣士に、メイド服の若い女。

 珍妙奇妙な一団だったが、町では彼らの演目が大盛況だったらしい。

 

 そして、妙な客と言えば、もう一組。

 

「僕は、勇者アレキアを心から尊敬しているんです!」


 大声で熱弁しているのは、十ニ、三歳ぐらいの少年だ。

 吟遊詩人の一行相手に、目を見開いて演説している。


「あの伝説の勇者アレキアが、姿を消してから三年。最後に目撃されたのが、この町だと言われています! ここが、この町こそが、アレキアが訪れた最後の町なんです!」


 少年の名はカルミ。

 伝説の勇者アレキアの熱烈なファンで、彼の足跡を辿って旅をしているという。


「その年齢で、よくまあ旅なんて許してくれたね、あんたの親御さん」


「ミミさんだって、僕とそんなに歳変わらないじゃないですか! それに、僕には頼りになる相棒が付いていますから」


 その時、宿屋の入り口のベルが鳴り、一人の男が入ってきた。

 

「あ、ちょうど帰ってきましたね!」


 カルミは扉の前に立つ男に向かってブンブンと手を振った。

 男は目深にフードを被り、腰にはロングソードを下げている。


「ジャスさん、どこ行ってたんですか?」

「ちょっと野暮用だよ、カルミ」


 ジャスと呼ばれた男は、「親父さん、水をくれ」と声をかけ、カルミのそばに座った。

 店主は「晩飯に間に合ったな」と言いながら、ジャスの前にコップを置く。

「東の森には一人で行きなさんな。魔物の巣があるらしい」

「ああ。わかった」


 ジャスはコップに注がれた水を一気に飲み干した。

 そんな彼にカルミがニコニコと話題を振る。


「みなさんに説明していたんです。僕ら『勇者調査隊』の話を」

「調査隊って言ったってね……カルミと俺だけじゃないか」


 ジャスはため息をついて言った。


「ご両親に連絡はしたのか? 勇者の消息を追うために故郷を飛び出したきり、音信不通なんだろう」


 ジャスの言葉に、ミミが「あっれ〜」と意地悪く笑う。


「なーんだ、カルミさんはただの家出少年だったんですねぇ」


 呆れた声で言ったのは、メイド服を着たユーリだった。


「家出ではありません! 調査のためです!」


 カルミはプルプルと身体を震わせ、「これを見てください!」と、一本の剣を目の前に突き出した。


「なあに、これ」

「黒い剣、ですかぁ?」


 差し出された剣を、しげしげと眺める二人。

 すると後ろから、仮面を被った赤髪の男が声をかけた。


「黒い剣? アレキアの魔剣か?」


 カルミは「ご存知でしたか、カイエンさん」と嬉しそう言って、剣を抜いて見せた。


「刀身まで黒色に染まった、伝説の魔剣。アレキアの相棒です」


「まあ、有名だからな……でもそれ、イミテーションだろう?」

「そりゃそうですよ! 当たり前じゃないですか。イミテーションでも、僕の大切な宝物です」


 カイエンの言葉に、カルミは「本物なんて手に入るわけがないじゃないですか」と鼻息を荒くする。


「消息不明となった伝説の勇者アレキア。彼の行方について調べると、『魔剣に殺された』だとか『魔剣に封じ込められている』なんていう噂話までありました。一体彼の身に何が起こったのか、僕はそれを調査するために旅をしているのです」


「へぇ、お揃いの剣までまで手に入れちゃって。本当大好きなんだね」


 肩をすくめるミミに、カルミはコクコクと頷いた。


「はい、勇者アレキアは僕の憧れです! 勇者は負けない。勇者は諦めない。勇者は挑み続ける。くぅぅ。カッコいいですよね!」


 身悶えるカルミに、ミミとユーリは顔を見合わせている。


「それでジャスさん、あなたもカルミさんと一緒に調査を行っているのですか?」


 そう声をかけたのは、吟遊詩人の男だった。

 黒い髪、黒い瞳。

 纏う衣服も黒色だ。

 ジャスは、彼の方に身体を回し、軽く頷いてみせた。


「いや、まあ調査というよりは、カルミのお()りですね。たまたま旅の途中で一緒になったんですがね、まあ子供が一人旅なんて危なっかしいのでね」


「ジャスはアレキアに会った事があるんですよ」


 カルミは、まるで自分の事のように自慢げな顔をした。


「へぇ、そいつは凄いな。伝説通りの強さだったか?」

 

 そう訊ねるカイエンに、ジャスは皮肉な笑いを返す。


「そう、ですね」


 ジャスは、被っていたフードを外してみせた。

 短い銀髪があらわになる。

 青みがかった緑の瞳。そして、左側には黒い眼帯。


「俺がこの眼を失ったその場に、勇者アレキアがいたんですよ。もしももう一度会えたとしたら……まあ、そんな事あるわけがないでしょうが」


 ジャスは、感情を押し殺すように、静かな口調で言った。


「勇者アレキアは、もう死んだんですよ。俺には、わかるんです。伝説の勇者は、もういないってね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ