一、勇者の墓
勇者アレキアを殺したのは俺だ。
俺が伝説の勇者をこの世から消し去った。
彼の墓を俺はじっと睨みつけた。
墓標として、一本の剣が地面に突き刺さっている。
勇者アレキアの相棒、黒の魔剣。
その名の通り、柄から刀身まで漆黒に染まり、魔剣の名にふさわしい妙な曰くまでついている。
曰く、血を吸って魔力を得ているらしい。
曰く、血を与えると願いを叶えてくれるらしい。
曰く、使いこなすには魂を捧げなければならないらしい。
そんな伝説の魔剣も、今は見る影もなく錆つき、土に突き立てられいる。
彼が消え去った今も、俺は勇者を許せないままだ。
俺はため息をつき、空を見上げた。
もうすぐ夕闇が訪れる。
遅くなると、あの坊やが喚くだろう。
俺は、宿屋『はごろも荘』へと戻ることにした。
♢ ♢ ♢
宿屋『はごろも荘』。
一階が食事処で、二階に泊まれるようになっている小さな宿だ。
がたいのよい親父が一人で切り盛りしている。
町中には、もっと大きな宿もあるので、普段はそちらに客を取られがちだが、今日の『はごろも荘』は、いつもとは違う賑わいを見せている。
というのも、奇妙な吟遊詩人の一行が、客として宿を訪れたのだ。
吟遊詩人といえば、華やかな衣装に整った容姿、美しい音楽と物語がお決まりだが、『はごろも荘』にやってきた彼らは、そんな煌びやかなイメージとはかけ離れていた。
黒ずくめの男に、小柄な少女、仮面を被った剣士に、メイド服の若い女。
珍妙奇妙な一団だったが、町では彼らの演目が大盛況だったらしい。
そして、妙な客と言えば、もう一組。
「僕は、勇者アレキアを心から尊敬しているんです!」
大声で熱弁しているのは、十ニ、三歳ぐらいの少年だ。
吟遊詩人の一行相手に、目を見開いて演説している。
「あの伝説の勇者アレキアが、姿を消してから三年。最後に目撃されたのが、この町だと言われています! ここが、この町こそが、アレキアが訪れた最後の町なんです!」
少年の名はカルミ。
伝説の勇者アレキアの熱烈なファンで、彼の足跡を辿って旅をしているという。
「その年齢で、よくまあ旅なんて許してくれたね、あんたの親御さん」
「ミミさんだって、僕とそんなに歳変わらないじゃないですか! それに、僕には頼りになる相棒が付いていますから」
その時、宿屋の入り口のベルが鳴り、一人の男が入ってきた。
「あ、ちょうど帰ってきましたね!」
カルミは扉の前に立つ男に向かってブンブンと手を振った。
男は目深にフードを被り、腰にはロングソードを下げている。
「ジャスさん、どこ行ってたんですか?」
「ちょっと野暮用だよ、カルミ」
ジャスと呼ばれた男は、「親父さん、水をくれ」と声をかけ、カルミのそばに座った。
店主は「晩飯に間に合ったな」と言いながら、ジャスの前にコップを置く。
「東の森には一人で行きなさんな。魔物の巣があるらしい」
「ああ。わかった」
ジャスはコップに注がれた水を一気に飲み干した。
そんな彼にカルミがニコニコと話題を振る。
「みなさんに説明していたんです。僕ら『勇者調査隊』の話を」
「調査隊って言ったってね……カルミと俺だけじゃないか」
ジャスはため息をついて言った。
「ご両親に連絡はしたのか? 勇者の消息を追うために故郷を飛び出したきり、音信不通なんだろう」
ジャスの言葉に、ミミが「あっれ〜」と意地悪く笑う。
「なーんだ、カルミさんはただの家出少年だったんですねぇ」
呆れた声で言ったのは、メイド服を着たユーリだった。
「家出ではありません! 調査のためです!」
カルミはプルプルと身体を震わせ、「これを見てください!」と、一本の剣を目の前に突き出した。
「なあに、これ」
「黒い剣、ですかぁ?」
差し出された剣を、しげしげと眺める二人。
すると後ろから、仮面を被った赤髪の男が声をかけた。
「黒い剣? アレキアの魔剣か?」
カルミは「ご存知でしたか、カイエンさん」と嬉しそう言って、剣を抜いて見せた。
「刀身まで黒色に染まった、伝説の魔剣。アレキアの相棒です」
「まあ、有名だからな……でもそれ、イミテーションだろう?」
「そりゃそうですよ! 当たり前じゃないですか。イミテーションでも、僕の大切な宝物です」
カイエンの言葉に、カルミは「本物なんて手に入るわけがないじゃないですか」と鼻息を荒くする。
「消息不明となった伝説の勇者アレキア。彼の行方について調べると、『魔剣に殺された』だとか『魔剣に封じ込められている』なんていう噂話までありました。一体彼の身に何が起こったのか、僕はそれを調査するために旅をしているのです」
「へぇ、お揃いの剣までまで手に入れちゃって。本当大好きなんだね」
肩をすくめるミミに、カルミはコクコクと頷いた。
「はい、勇者アレキアは僕の憧れです! 勇者は負けない。勇者は諦めない。勇者は挑み続ける。くぅぅ。カッコいいですよね!」
身悶えるカルミに、ミミとユーリは顔を見合わせている。
「それでジャスさん、あなたもカルミさんと一緒に調査を行っているのですか?」
そう声をかけたのは、吟遊詩人の男だった。
黒い髪、黒い瞳。
纏う衣服も黒色だ。
ジャスは、彼の方に身体を回し、軽く頷いてみせた。
「いや、まあ調査というよりは、カルミのお守りですね。たまたま旅の途中で一緒になったんですがね、まあ子供が一人旅なんて危なっかしいのでね」
「ジャスはアレキアに会った事があるんですよ」
カルミは、まるで自分の事のように自慢げな顔をした。
「へぇ、そいつは凄いな。伝説通りの強さだったか?」
そう訊ねるカイエンに、ジャスは皮肉な笑いを返す。
「そう、ですね」
ジャスは、被っていたフードを外してみせた。
短い銀髪があらわになる。
青みがかった緑の瞳。そして、左側には黒い眼帯。
「俺がこの眼を失ったその場に、勇者アレキアがいたんですよ。もしももう一度会えたとしたら……まあ、そんな事あるわけがないでしょうが」
ジャスは、感情を押し殺すように、静かな口調で言った。
「勇者アレキアは、もう死んだんですよ。俺には、わかるんです。伝説の勇者は、もういないってね」