七、黄泉の国の食事
「いやー危ないとこだったよね」
店の外に出たミミは、そう言って伸びをした。
「それにしても、ゾンビ達に何があったんだろ」
「本当ですぅ。もう駄目かと思いました」
ミミとユーリが首を傾げる。
彼らが籠城していた店にゾンビ達が押し寄せ、扉が突き破られると思った、まさにその時だった。
店の外に集まっていたゾンビ達が、次々に倒れていったのだ。
その姿はまるで、糸を切られた操り人形のようだった。
カイエンと吟遊詩人は、倒れている人々の様子を伺い、彼らが息をしていることを確認した。
「どうやら気絶しているだけですね。皆、ちゃんと生きている」
「トネリコさんも突然倒れてしまいましたし、支配の大元に何かあったのかもしれませんね」
吟遊詩人の言葉に、カイエンが腕を組む。
「イビー……ですかね?」
吟遊詩人は静かに頷いた。
「もしかすると、アダムさんがイビーを退治したのかもしれません」
「操られてたわけじゃなかったってことか……」
「先生、見て見て!」
ミミが駆け寄ってくる。
手にしているのはイビーの果実だ。
「ほら、見て。枯れちゃっている。木箱にあったやつも、店の裏の鉢植えも、全部枯れちゃったみたい」
吟遊詩人はその果実を見つめた。
「ミミさん、果実が枯れるのはどうしてだかわかりますか?」
「枯れる理由? 水が足りないとか、病気とか?」
「実は、植物から老化させるガスが出てるからなんですよ」
吟遊詩人の言葉を聞いて、ミミは思わず持っていた果実を取り落とした。
「え? じゃ、じゃあ、そのガスを浴びたら、人間もシワシワになっちゃうの?」
「いえ、そういうわけではありませんが」
ミミの青ざめた様子に、吟遊詩人は思わずクスリと笑った。
「元々そのガスは、果実を熟させ、種を地に落とすために、発生させるんです。わざと老化を促進させるわけですね。植物にとっては、果実が枯れたり、腐敗するのも、生存戦略の一部なんですよ」
「イビーの果実に、人間を腐敗させる効果が無くて、本当によかったね……」
ミミは顔引きつらせたまま、果実を持っていた手を服に擦り付けて、一生懸命拭いている。
「もしイビーにその力があれば、この町は腐敗した本物のゾンビだらけになっていましたね」
人間は植物の手の平で踊らされている。
花を愛で、葉や根を食べ、薬にして、枝や幹を使う。
便利に使っているようでいて、実は使われている。
食事にしても、生活にしても、植物なくして人間は生きていけないのだ。
吟遊詩人は、静まりかえっている町を見渡した。
「それにしても……こうして見ると、まるで死の世界に迷い込んでしまったかのようですね」
町のあちらこちらで人々が倒れている。
ゾンビ化して、町を徘徊していた人達だろう。
支配が解かれたと言う事は、そのうち、きっと目を覚ますはずだ。
吟遊詩人がぽつりと呟いた。
「どうして、この世界では魔法が使えるんでしょうね」
ミミは不思議そうに吟遊詩人を見上げる。
「どうしてって聞かれても、魔力があれば魔法が使えるのが当たり前だから……」
「それは、本当に人間の能力なのでしょうか?」
吟遊詩人の眼差しは、どこか遠くの方を見つめている。
「もしかすると、魔法が使えるのは、知らないうちに植物に寄生されているからかもしれませんよ。彼らの都合が良いように、役立つように、と。だからこの世界では、人間は魔法が使えるようになったんです」
「先生、その言い方だと、まるで魔法が使えない世界があるみたいだよ」
ミミの言葉に、吟遊詩人は「そうですね」と苦笑する。
「もし、植物に支配されていない、魔法の使えない世界があるとしたら、先生はその世界に行きたいですか?」
そう質問したのはカイエンだった。
「どうでしょう」と吟遊詩人は柔らかく笑った。
食事は血となり肉となる。
大切な人と食事を共にし、明日も一緒にいられる事を願う。
——ずっと、一緒だよ。
「私はこの世界から出られないでしょうね。だって、もう既にこの世界で、みなさんと食事をしてしまいましたから」
「それでも、いいんですか?」
ユーリが真剣な顔で訊ねる。
はっきりと言葉には表さないが、ミミも、カイエンも、ユーリも、吟遊詩人の故郷について、何か察するところがあるのだろう。
——黄泉の国の物を口にしてしまったら、元の世界には帰れない。
「ええ。だってよく言うじゃないですか」
吟遊詩人は三人を穏やかな顔で見返した。
「毒を食らわば皿まで、ですよ」
黒い瞳が、優しく笑った。
食べてはいけない黄泉の果実——了——
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次章は「勇者への復讐」系になる予定です。
少しお休みしてから、また更新いたします。
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