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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
食べてはいけない黄泉の果実
72/89

六、食えない相手

 アダムは、果実の実る大樹の前に立った。

 イビーの案内の元、森を歩き、ようやくその樹に辿り着いたのだ。

 枝からは、ほんのりと紅く色づいた果実がいくつもぶら下がっている。あたりには甘い香りが充満していて頭がふらつきそうになる。


『アダム。私は皆を幸せにしたいです』

 イビーはアダムの腕の中で囁く。

「君たちにとっての幸せって、何だい?」

『皆がずっと一緒だということです。それが幸せの形です』


 確かに、物語のハッピーエンドはいつも『ずっと一緒に幸せに暮らしましたとさ』という言葉で締められる。

 

—— ()()()()()()()()()()


 最近そんなセリフを聞いたような気がする。どこで誰が言っていたのか、頭がぼんやりして思い出せない。


 人間をゾンビ化させるのも、イビーにとっては『幸せの形』なのだろう。ずっと一緒に、増え続ける。それが彼女達植物の目指すべき幸せなのだ。


 地面に降り立ったイビーは、果実を一つもぎ取り、アダムに差し出した。

 甘く、瑞々しい魅惑の果実。ひと口頬張れば、多幸感に包まれるだろう。

『アダムは薬草師。この果実は役立ちます』

「そうだね、イビー。僕は、君たちの役に立つ人間だろうね」


 アダムは果実を受け取った。

 そして。



 ()()()()()()()()()()()()



「イビー。残念だ。君たちは欲をかきすぎた」


 アダムはそう言うと、懐から二枚の葉を取り出した。

 旅人の必需品。

 どこでも火を起こせる、便利なアイテム。

 イビーが金色の目を見開き、何かを叫びながらアダムに駆け寄る。

 アダムはイビーを冷たく見据え、二枚の葉を擦り合わせた。そして火がともったその葉を、大樹に向かって放った。



 イビーは絶叫した。



 大樹に火がついた。

 赤々と燃え上がる炎。

 幹を舐めるように燃え広がり、そのまま枝へ、葉へ、果実へ、炎が伝っていく。


「僕は焦っていたんだ。ゾンビの数が増えれば増えるほど、君たちも増殖することになる。そうすると、()()()()()()()()()()()()()()。それじゃ困るんだ」


 アダムの顔が炎に照らされる。微笑んでいるようにも、怒っているようにも見える。


「なんとしてでも、君たちの繁殖を止めなくてはならない。だから、僕の事を『役立つ人間』だと思わせたかった。僕に心を開いてもらって、この大樹の場所を知る必要があったから」


 イビーは身体をよじり、悲鳴をあげながら地面に転がった。


「ねぇ、イビー。僕は君たち植物の、その計り知れない力やたくましさを、尊敬してるんだよ。僕が薬草師になったのは、植物が大好きで、もっと植物の事を知りたいって思ったからなんだ」



 誰も気がつかなかったのだ。イビーもトネリコも、吟遊詩人達すらも。

 アダムが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ずっと心に根を張っていた別の意思。

 彼には、思考を操られている自覚はなかった。

 しかし、彼は、()()()()の栽培を行い、店に卸し、人々の間で流通させた。

 花粉を運ぶ虫のように、彼は()()()()の繁殖の手助けをしてきたのだ。


「君たちが増えすぎたら、勢力図が書き換えられてしまうだろう。現に、他の薬草が売れなくなってしまった。それでは困るんだ。繁殖力の強い雑草は、広がりすぎる前に、根絶やしにしないと。だから、ここで潰させてもらうよ」


 ()()()()は気がついたのだ。

 人間は役に立つ。人間を操るのが、()()()()()()()()()()早く確実だと。



「ねえ『森の悪魔(フォレスト・イビル)』、君は確かに魅力的だった。でも、考えてみてよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 アダムは炎に背を向けた。

 そして、森の出口に向かって歩いて行った。

()()』の葉の残りは、懐に大切に仕舞った。

 大切な物は、ずっと一緒だ。


 炎に包まれた大樹から、果実がぼとりと落ちた。

 魔王が降りたった地は焼け野原になると言う。

 イビーはもう動かない。

 燃え盛る炎は、まだ、当分は勢いを失わないだろう。


『魔王』の縄張りを荒らした『悪魔』は、業火に焼かれ、燃え尽きるしかない運命なのだ。

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