十三、笛を奏でる理由
「いやだああああああ!!!」
突然、ユーリが絶叫した。
あれほど頑なに吹き続けていた笛を止め、転がるように、吟遊詩人の足元に縋りついた。
「お願いです、私、私、頑張りますから、修行します。だからお願いです。おね…がい…します……」
男の黒い服にしがみついて、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も泣き叫ぶように謝っている。
「何なんだよ、ユーリ、何を謝っているの? 本当に、ユーリがみんなを殺した犯人なの?」
何がなんだかもうわからない。
そんなぼくに、吟遊詩人が振り返って言う。
「違いますよ、アイビーさん」
吟遊詩人は、片膝をつき、ユーリの肩にそっと手を置いた。
「ユーリさんは皆を殺した犯人ではありません」
「じゃあ、なんだって言うんですか。何ではっきり教えてくれないんですか?」
「ユーリさんは——」
吟遊詩人は、ユーリの肩にそっと触れた。
「ユーリさんは、殺していません。ユーリさんは生き返らせたんです」
いき、かえらせ、た……?
この男は、何を言っているんだろう。
「ユーリさん、あなたは『死霊魔術師』ですよね?」
吟遊詩人の問いかけに、ユーリは目を見開き——そして、無言で頷いた。
落ちた涙が床に水滴を作る。
「あなたが笛を吹き続けていたのは、亡くなった人を蘇らせ続けるため、そうではないですか?」
蘇らせる? ネクロマンサー?
頭が混乱する。
「過去にこの屋敷が襲撃を受けた時、デイジーさんも、カメリアさんも、ジニアさんも、みんな殺されてしまった。皆を蘇らせるため、あなたは『ネクロマンサーの笛』を吹いた。違いますか?」
「…そう……です……」
消えいるような声で、ユーリが答えた。
「そして死者は蘇り、以前と同じような生活を始めた。四人しか蘇らせることが出来なかったのは、それが術の限界だったからでしょうか」
「はい……私…落ちこぼれで……一度に四人が限界で」
「おそらく、一日に一度か二度、笛の音を死者に聞かせ続けなければならない、と言った制約があったのでしょうか? 時間が空いてしまうと、二度と生き返らないとでも言うようなーー」
「そうです……笛を聴かせてから一日以上経ってしまうと、死体に戻ってしまいます。だから、毎日聴かせ続けなければならなかった……」
ユーリはそう言うと、頭を抱えた。
「一度死体に戻ってしまったら……私のスキルでは、もう二度と蘇らせることが…できないんです……」
「今まではうまくいっていた。しかし、あなたは、階段から足を踏み外し、丸一日、意識を失ってしまった」
(ユーリが目を覚ました時、丸一日気絶していたと聞いて取り乱していた——)
「あなたは、意識を取り戻してから、必死に笛を奏で続けた。希望に縋るように。時間を取り戻すように。しかし、今更どんなに笛を吹いても、手遅れでした。丸一日、時間があいてしまったため、術が徐々に切れていったのです。そのため、最初の事件が起きてしまいました」
(じゃあ、デイジーが死んでしまったのは……)
「デイジーさんは、洗濯室で殺されたのではありません。彼女は、『ネクロマンサーの笛』の術がきれ、死体に戻ってしまったのです」
ああ……とうめくような声がした。
声をあげたのは、ユーリだったのか、カイエンかミミか。
もしかしたら、ぼくだったのかもしれない。
「カメリアさんの時もそうです。彼女もデイジーさんと同じように、屋敷が襲撃された時に絞殺されたのでしょう。きっと殺された時間が三人共バラバラだったのではないでしょうか。そのため、死体に戻る時、時間差が生まれた。だから、まるで順番に殺されていったかのようだったんです」
そうか……だからみんな、抵抗した跡がなかったんだ。
「ジニアさんが密室で亡くなっていたのは、部屋に鍵をかけ、その後、死体に戻ってしまったためです。そのため、密室状態の部屋に死体が出現してしまった」
「そんな……そんなことって……」
ぼくは、整理できないまま、言葉を絞り出す。
「どうしてだ、ユーリ。どうして何も言ってくれなかったんだ。どうして……」
そこで、ぼくはようやく気がついた。
みんな殺されてしまった。
男はさっき、そう言っていた。
そして、こうも言っていた。
四人しか蘇らせることが出来なかった、と。
そうか、だからぼくにも打ち明けられなかったんだ。
「つまり、わたしも殺されてしまってたんだね」
そして。
ぼくも、もうじき、死体に戻るのだ。