八、散り落ちる椿
翌朝、目を覚ましたぼくは、ユーリの笛の音がまだ聴こえてくることに驚いた。
(まさかとは思うけど、一晩中?)
ユーリがちゃんとご飯は食べているのか気になって、横でまだ寝ているカメリアを揺り動かす。
そして、気がついた。
冷たい身体。
力のない手足。
彼女の頭がゴロっと転がった。
サーっと身体中の血液が冷たくなって行くようだった。
(うそだ……よね……なんで……)
チカチカと目の裏に浮かび上がる。
強い彼女の顔。
優しい彼女の顔。
悲しんでいる彼女の顔。
(うそ…だ……だれか……誰か嘘だと言ってくれ、全て嘘だと! お願いだ!! 誰か!!)
いつのまにか、ぼくは叫んでいたようだった。
髪をめちゃくちゃにかきむしり、吠えるように泣いていた。
気がつくとジニアに抱きしめられていた。いつのまに部屋に入ってきたのだろう。
部屋にいたのは彼女だけではない。吟遊詩人の男が険しい顔でカメリアを覗き込んでいた。「何かかけるものを」とカイエンに指示を出す。
「アイビー様、こちらへ」
ぼくはジニアに抱えられて部屋を出る。
部屋の外ではミミが待っていた。
ジニアに「彼はあたしが」と言っている声が遠く感じる。
ぼくの叫び声を聞いて、みんな駆けつけてくれたのか。
それなのに、ぼくは小さな子どものように首を振り「いやだ、いやだ……」と呟く事しか出来なかった。
ぼくの横で寝ていたはずのカメリア。
彼女は、デイジーと同じように、絞め殺されていた。
♢ ♢ ♢
その後、少し落ち着きを取り戻したぼくは、ジニアと共に皆が集まるダイニングホールへ向かった。
ホールには、吟遊詩人の男、カイエン、ミミが座っていた。
ユーリは、相変わらず部屋から出て来てないようだ。笛の音色がずっと聞こえてくる。彼女の奏でる美しい笛が、今は心を余計に重くする。
「今の状況を整理したいと思います」
ジニアは、吟遊詩人たちの方を見て言った。
「メイドのデイジー、カメリアが、何者かに殺害されました。デイジーは、夕食後、洗濯室で。カメリアは深夜にアイビー様の寝室で。もしかすると、ユーリが階段から落ちたのも、同じ犯人に突き落とされたのかもしれません。おそらく——」
「わたしの命を狙った者の仕業です」
ぼくは、ジニアの言葉に続いた。
「わたしの存在が、親戚の誰かにバレて刺客を差し向けられたんだと思います……きっとみんな殺されてしまう」
「しかし、それだとおかしい点があるだろう」
カイエンは眉間に皺を寄せて唸る。
「そうですね。なぜアイビー様は殺されなかったのか」
ジニアもそう言って考え込む。
たしかに、ぼくの命を狙っている者の犯行なら、カメリアの隣でぐっすり眠っているぼくを殺さなかったのはどう考えてもおかしい。
すると、今まで黙っていたミミが
「あのさ、なぜ殺すのか、誰を殺すのか、なんて犯人にしかわからないでしょ。それより、どうやったら身を守れるか考えない?」と言った。
「頭のおかしい連続殺人なのか、それとも綿密な計画の一端なのか、今の段階じゃわからないんだから、船が来るのはあと二日後なんだっけ? それまでなんとか生き延びなきゃ。でしょ?」
「そうですね」と吟遊詩人が頷く。
「襲われないよう身を守るために、屋敷内に暗殺者が隠れていないか、見回るのはどうでしょうか」
そこで、ぼくらは、まずは屋敷の中を調べ、その後に見張りとしてカイエンを屋敷に残し、島内を調べる事にした。
ジニアが「まずは屋根裏から調べましょう」と言うので、ぼくは泣きたくなった。
「それって、ユーリが犯人だと疑っているって事?」と聞くと
「いえ……」とジニアはうつむき、それから言った。
「もしかしたら、ユーリはもう殺されていて、暗殺者が屋根裏に潜んでいるかもしれませんから」