八、開けてはいけない村の扉
ミミは村の裏木戸を開けた。
「いやー、まさか宿を追い出されるとはね」
夜道を歩きながら愚痴をこぼす。
無理に軽い口調にしているようだが、そうやって彼女は心のバランスを取ろうとしているのだろう。
「夜中だよ? 普通は一晩泊めてくれても良くない?」
「村の英雄に詰め寄ったんだ。仕方ないだろう」
カイエンがなだめるように言う。
「適当なところで野宿でもするか」
村から続くあぜ道は、月に照らされて白く光っていた。
「まあ、俺のぶら下げているこの剣だって、『殺す研究』の末、出来たものだ。あまり人の事は言えんさ」
「いやいや、あんたのそれは、モンスターを討伐したり、野盗を返り討ちにしたりするためでしょ。同じじゃないよ」
「どうだかな」
ずっと黙り込んでいる吟遊詩人の男に「大丈夫か、先生」と、カイエンが声をかけた。
「国が違えば『死』の扱い方も違ってくる。先生の故郷とは、考え方が違うかもな」
労わるような口調のカイエンに、「ええ……」と吟遊詩人は答える。
「もしかしたら、追い出されて良かったのかもしれません」
と、吟遊詩人はぽつりと言った。
そして歩を早めながら
「出来る限り、先を急いだ方がいいでしょう。私たちは命拾いをしたかもしれません」
と言った。
「ん? 命拾いってどう言う事? 先生」
ミミが小走りでついて行きながら、怪訝な面持ちで訊ねる。
「軍の援助を受けているのでしたら、もしかしたら、村人の中に軍の関係者が紛れ込んでいたかもしれません。アリウムさんの研究は、どう考えても軍の機密事項でしょう」
カイエンが「なるほどな」と頷く。
「え? どういうこと? 何がなるほどなの?」
「俺たちは、下手したら殺されていたかもしれないって事だ」
「……え?」
呆然とするミミに、吟遊詩人は優しく微笑む。
「表向きは、都会から流れ着いた錬金術師と、彼を支える村人……そういう事にしておきたい筈です。田舎暮らしを満喫する錬金術師のいる村、まさかそこで恐ろしい研究がなされているとは思わないでしょう」
「最新兵器の情報なんて、万が一にも他国に知れるわけにはいかないからな」とカイエンが言う。
「おそらく、機密を守るために、これからどんどんと排他的で閉鎖的な村になっていくだろうよ。まあ、田舎の村だったら余所者を嫌うのも珍しくもないし、不自然に思われないだろう」
吟遊詩人はカイエンの言葉にため息をつく。
「もし、外部の人間が、村の扉を叩いても、よくて追い出される。悪くて——」
「消されるな」
きっぱりとカイエンが言い切る。
吟遊詩人は「そのうち、生体実験も行うでしょうし」と呟いた。
「じゃあつまり、めちゃくちゃ危険な村って事なんだ」
ミミの言葉に、吟遊詩人は「そうですね」と頷いた。
後ろを振り返れば、村はすでに遠くに見える。
「あの村の扉は、決して、開けてはいけないのですよ」
開けてはいけない扉——了——
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