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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
開けてはいけない扉
34/89

六、人の役に立つ研究

 僕は扉を開けた。


 そこには、闇夜に溶けるように、男が立っていた。

 吟遊詩人の男だ。


「こんばんは。アリウムさん」


 後ろには、カイエンとミミがいる。


「なんだ、お三方でしたか。すみません、ちょっと待ってください。今、手を洗いますので。ああ、作業台には触れないで下さいね。今採集してたので……」


「アリウムさん」


 吟遊詩人が、手を洗っている僕をじっと見つめる。


「アリウムさん、そこにあるのは、()()()()()()()()()()()でしょうか」


 吟遊詩人は、僕にそう訊ねた。

 カイエンとミミは、手で鼻と口を覆っている。


「そうですよ」と僕は頷く。


 作業台の上には(ふた)を開けた(ひつぎ)

 まだ採集の途中段階だ。

 ミミは「嘘でしょ」と小声で呟いていた。カイエンの仮面から覗く目は、鋭くこちらを(にら)みつけている。

 

「あんた……そうですよって、なんでそんな軽く言えるの?」

 ミミが声を振り絞るように言った。なぜか僕を(とが)めるような口調だ。


「それも研究か?」

と聞いたのはカイエンだった。

「まさか、死者のよみがえりの研究をしていたのは、あんただったのか?」


「まさか! ちょっとやめてください」


 僕は憤慨して言った。

「そんなわけないじゃないですか。この研究は、あなた達にヒントを頂いたんですよ」


「ヒント、ですか」

 吟遊詩人が表情を変えず繰り返す。


「ええ、そうですよ。これは、()()()()()()()()()に必要なんです」


「変身……だと?」

 驚いた様子のカイエンに僕は頷いて見せる。


「そうですよ。おっしゃってたじゃないですか、()()()()()()()()()()()の話。あれから着想を得たんです」


 僕はよく洗った手を拭いて、三人の元へ近づく。


「昼間にも言いましたが、魔力のない人でも、魔術を使えるように。体力のない人でも、武術を使えるように。これが僕の研究テーマです」


 僕が近づくと、ミミは一歩後ろに下がり、カイエンは一歩前に出た。怯えたようにたじろぐミミと、射抜くように(にら)みつけるカイエン。その対照的な様子が面白くて、僕は思わず微笑んだ。


「一時的に魔力と体力を高める事ができる薬、その開発を始めたんです。材料となるのが、モンスターの血液です。簡単に言えば、モンスターの血液を摂取して、その力を得るというわけですが、人間の細胞に及ぼす反応は、実験を重ねなければ分からない。そこで、まずは死体からサンプルを——」


「それが、あなたの言っていた『採集』ですか」

「そうですよ」


 僕が肯定すると、吟遊詩人は「(ひつぎ)を乗せた荷車を引くあなたを見たんです」と言った。

「まさかと思って墓場まで行ってみると、掘り返された跡がありました。最近、墓が荒らされているとバンクシアさんがおっしゃっていましたし——」


「何で……?」

 ミミが、口と鼻を押さえたまま、くぐもった声で言う。

「何でそんな事を——」


「決まってるじゃないですか」

 僕は胸を張って言った。



()()()()()()()()()()()()()()()ですよ」



「……え?」


 ミミは、かすれ声で聞き返す。カイエンも、仮面から覗く目を見開いた。吟遊詩人の男だけが、ずっと無表情のままでいる。


「寄せ集めの兵士よりは、全員が武力にも魔力にも秀でていた方がいいですよね? この薬の開発が成功すれば、誰もが力を得るんです。それがどういうことかわかりますか?」


——石を割り、岩を砕き、木を倒す。


「腕力のない人でも、僕の発明の力を借りてなんでも出来るようになるんですよ」


——女性や年寄りでも、力のある男性がやっている仕事をできるようになる。


「つまり、誰でも戦争に優秀な兵士として参加できるのです」


——そうすれば、生活がもっと豊かになる。そう思いませんか。


「武勲をたてて、褒賞をもらえる。どんどんと豊かになるんです」


——たとえ才能がなかったとしても、努力によりそれをカバーできる、そんな未来を。 



「僕の開発した薬で、人々は()()()()()()()()()()()()()んですよ!」



 僕の研究を、あいつはいつも軽蔑していた。


 『馬鹿げた行い』だとか、『人として軽蔑に値する』だとか、自分の事を棚に上げて僕の研究をこき下ろしていた。

 戦争に魂を売ったとまで言われた。

 自分の研究を『人を生かす研究』だと言い、僕の研究を『人を殺す研究』だと言っていた。

 でも、僕は命を弄んではいない。生命の本質に逆らってはいない。


 僕の研究は、人の役に立つ。


「あんた……まさか、みんながみんな戦争で英雄になりたいと思ってるとでも言うの? 人を……人を殺したいって、みんなが思ってるとでも……!?」


 ミミの感情的な叫びに、僕が反論しようとした、その時。



 扉を叩く音がした。

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