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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
開けてはいけない扉
32/89

四、扉の外の魔物

 吟遊詩人はトランクを開けた。


 細長い箱の中には、奇妙な楽器が収まっていた。

 小さな木箱に、細長い木材をつなげ、弦を張ったような作りをしている。

 吟遊詩人は、慣れた手つきで楽器を取り出した。


——ベェェェン……


 不思議な形の木片で弦を弾くと、家中に澄んだ音が満ちる。


「私の生まれ故郷では、怪しげで恐ろしい話を『怪談』と呼びました。光があるところに影ができるように、怪談は、いつ、どんな場所でも、どんな世界でも存在します」


——ベェェェン……


「今日お話するのは『開けてはいけない扉』のお話です」


 吟遊詩人はそう言って、静かに語り始めた。



  ♢   ♢   ♢



 ある村に、墓を荒らすモンスターが出ました。

 魔物は、夜になると村へやってきて墓を掘り返し、死体を喰らうのです。人々は怯え、苦しんでいました。


 村には、老いた英雄が住んでいました。彼が若い頃は、人々のため恐ろしいモンスターを倒し、数々の武勲をあげました。

 彼にはもう昔の輝きはありません。しかし、人々のために戦いたいという気持ちを失ってはいませんでした。


 彼は墓場の棺の中に隠れ、モンスターがやってくると隙をついて飛び出し、その腕を切り落としたのでした。


 モンスターは逃げて行きました。

 男は魔物が残していった腕を村に持ち帰りました。


 そして翌朝。

 モンスターを退治した男を称え、皆で祝杯をあげようとしたちょうどその時、旅の神官が村を訪れました。


 神官は言いました。

「おそらく、魔物はまだ生きているでしょう。そして腕を取り返しにやってくるに違いありません」


 村の人々は恐怖で震え上がりました。

 男は静かに「我々はどうしたらよいでしょうか」と神官に訊ねました。


「魔物は今夜にも、この村を訪れるでしょう。家の扉も窓も全て塞ぎ、夜の間はけっして扉を開けてはいけません。今夜だけ、なんとか乗り切るのです」


 神官は何度も念押ししました。


「いいですね。絶対に、扉を開けてはいけませんよ」


 その夜の事。

 村のありとあらゆる窓や扉を塞ぎ、人々は家の中で息を殺していました。

 男はモンスターの腕を木箱に入れ、厳重に封をしました。

 そして、窓も扉も固く閉ざし、部屋の中央に座り込みました。

 すると。


——ドン、ドンドン


 扉が強く叩かれました。


「おい、ここを開けろ。開けないとお前を八つ裂きにするぞ」

と恐ろしい声が聞こえました。

 そして、モンスターの腕を封じた箱からは


——カリ、カリカリ


と中から箱の内側を引っ掻くような音がしました。

 男は微動だにせず「帰れ! 化物め!」と怒鳴りました。

 魔物は扉を強く叩き続けましたが、男は決して扉を開けませんでした。

 

——コン、コンコン


 しばらくすると、扉が弱々しく叩かれました。


「お願いです。ここを開けてください。助けてください」

と女の声が聞こえました。

「私は村長の娘です。モンスターに父が襲われています。私も逃げてくる時に怪我を負いました。どうか助けて下さい」


 悲痛な声で助けを求められ、男は立ち上がりました。

 しかし、腕を封じた箱を見ると、


——カリ、カリカリ


と中を掻くような音がします。

 男は考え直し、家の外に向かって叫びました。

「お前はきっと、魔物が化けたのだろう。とっとと帰れ!」


「そんな事はありません。開けて下さい…開けて……」


 そのうち、扉を叩く音が強くなっていきました。


——コンコン……ドン、ドンドン、ダン、ダンダン!


「開ケテ……アケ…ロ……アケロ、アケロアケロアケロアケロアケロ!!」


 魔物は扉を強く叩き続けましたが、男は決して扉を開けませんでした。


——トン、トントン


 また、しばらくすると、扉を叩く音と共に「おい、俺だ。わかるか?」と声がしました。

 男は驚きました。

 昔、男と共に数々のモンスターを討伐した仲間の声だったからです。


「どうせまた魔物が化けているのだろう。化物め、とっとと帰れ!」

「おい、よく聞け。お前は騙されているんだ」

 仲間の声は必死にそう言いました。


「良く考えてみろ、モンスターの腕を切り落としたタイミングで、都合よく神官がやってくるなんておかしいだろ。いいか、よく聞いてくれ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 男は、ゆっくりと腰をあげ、扉の前に立ちました。


「墓を荒らしていたのは、お前だ! ()()()()()()()()()()()()()。モンスターの腕なんてないんだ。それは幻だよ」

「嘘をつくな!」


 男は怒鳴りました。

 しかし、仲間はなおも言葉を続けます。


「お前は、昔のように英雄と呼ばれたかった。だから、自分でモンスターを作り出したんだ。でも、全ては幻だ。お前はお前に騙されているんだ!」


 男は、腕を封じた箱に目をやります。その中身が空だとは、どうしても思えません。


「俺の言葉が嘘だと思うなら、その箱を持って出てこい。俺が一緒に見てやる」


 仲間の言葉に、男は箱を持ち上げました。


——カリ、カリカリ


 中からは音が聞こえます。

「嘘を言うな! モンスターの腕が、中を掻く音がするじゃないか」

 男の言葉に、仲間は必死に答えます。

「だから、それは幻聴だ。騙されるな。お前の『英雄』に対する執着が、お前を騙しているんだ」


——カリ、カリカリ


「開けてくれ。お願いだ。目を覚ますんだ。ここを開けてくれ!!」


——カリ、カリカリ、カリカリカリカリカリカリ



 男は扉を開けませんでした。

 そして、剣で木箱を勢いよく突き刺したのです。


「ぎゃああああああぁぁぁ」


 つんざくようなその悲鳴は、扉の外から聞こえました。

 そして、扉を叩く音も仲間の声も、ぱたりとしなくなりました。


 朝になって外に出てみると、黒っぽい灰の山が、扉の前にありました。

 木箱から剣を抜き、陽の光の元で開けてみると、中には同じような黒い灰が残されていました。掻き出してみると、風に舞ってどこかへ消えてしまいました。


 木箱の中には、爪で引っ掻いたような痕が無数に残されていました。

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