ニ、動きを感知する魔道具
僕は扉を開けた。
そこには、質実剛健が服を着たような男が背筋を伸ばして立っていた。
「どうも、アリウムさん!」
「ああ、バンクシアさんでしたか」
口髭を生やした彼は「修理をお願いしたいのです!」と持っていた魔道具を差し出した。
見ると、部品が外れてしまっている。
「おそらくモンスターのせいだと思うのですが、壊されてしまい……誠に申し訳ない!」
「いえいえ、あなたが謝ることではないですよ」
僕は魔道具を受け取り、作業台まで運ぶ。
バンクシアは部屋の中に視線をやり「失礼、来客中でしたか!」と吟遊詩人たちに気がついた。
「警備隊のバンクシアと申す!」
「旅の吟遊詩人です」
黒づくめの男は、ゆっくりと会釈をした。
バンクシアは三人の姿格好に、一瞬、訝しむような目をしたが、「まあ、旅芸人だしな」と自分を納得させたようだった。
「じゃあ、直りましたらお持ちしますよ」
僕がそう言うとバンクシアは喜んだ。
「ありがたい! ご連絡お待ちしておりますぞ」
バンクシアは、踵をカッと音を立てさせ敬礼をし「誠に、感謝申し上げる! では失礼する!」と去って行った。
「今のは何?」
ミミが目をくるりと回して聞く。
「村の警備隊の方です。いつもあんな感じですが、まあいい人ですよ。墓をモンスターに荒らされる事があるって言うんで、発明品を貸してるんです」
「どんな魔道具なんですか?」
吟遊詩人の男の問いに、僕は待ってましたとばかりに説明する。
「これは、動きを感知する魔道具です。モンスターが近づくと光と音を発して威嚇する装置なんですよ」
「そんな事できるの?」
ミミもカイエンも驚いて顔を見合わせる。
吟遊詩人の「でんき……いえ、雷魔法の応用ですね」と呟いた声が聞こえ、思わず僕は「その通りです!」と叫んでしまった。
「いや、話が早いですね。まったくその通りです」
吟遊詩人の手をガシッと握って、ぶんぶんと振る。
「考えてもみてください。墓が荒らされるのを防ぐためには見張りが必要になる。もしモンスターが来たとしたら、一人では危険だから、二人以上が交代で見張らなければならない……来るか来ないかわからないのに、ですよ?」
そこまで話したところで、カイエンの睨むような視線を感じ、握っていた吟遊詩人の手を離した。
(なんとなく番犬みたいな人だな)
気まずさからテーブルの上のお茶を飲み干し「ですから」とそのまま話を続ける。
「人の代わりになる装置。これからはこう言ったものが必要になってくると思うんです」
「それはそうと、さ」
これ以上続けられたらかなわないとでも言うように、ミミが強引に割り込んできた。
「そんな凄い発明をする錬金術師が、なんでまた『怪談』なんかに興味を持ったの? 新しい薬の調合レシピなんて、『怪談』を聞いたところで思いつかないでしょ」
「いえ、各地の不思議な伝承や現象というのは、いいヒントになる時もあるんですよ」
僕は頭をかきながら
「今日、町でお聞きした、鳥の話…あれはとても素晴らしかったです」と吟遊詩人の方を見た。
「あれは、先生の故郷の話なんだろう」
とカイエンが言う。
吟遊詩人は「ええまあ」と頷いた。
彼が町で語ったのは、鳥の恩返しの話だ。
ある時、美しい娘が老夫婦の家を訪ねる。娘はそのまま家に居付き、見事な布を織りあげる。ただ「絶対に部屋の扉は開けないでくれ」と言い、機を織っている姿を見せてはくれなかった。
娘の織った布が高く売れるおかげで老夫婦は暮らしむきがよくなるが、ある日約束を破り、中の様子を覗いてしまう。
機を織っていたのは、昔、命を助けたことのある鳥だった。自分の羽をむしり、その羽で布を織っていたのだ。
姿を見られてしまった鳥は、そのまま老夫婦の元から飛び去ってしまう。
「変身する話というのは各地にたくさんあるのですが、『人に変身する話』と『人が変身する話』があります」
「そういえば、前に聞いた……『人魚』だっけ? あれは『人に変身する話』だったね」
「そうですね。人に変身する魔物もいれば、魔物に変身する人もいるのです」
「魔物に変身する人……ですか?」
僕は思わず身を乗り出した。
「私の故郷の英雄は、多くがそのタイプです。怪人であったり、巨大生物であったり、超人的な力を手に入れるために、人であらざるものに変身します」
「巨大生物に変身するヒーロー?」
「一度、先生の故郷に行ってみたいよ」
吟遊詩人の話に、カイエンとミミがヒソヒソと囁き合っている。
「面白い……面白いです! 他にもそういった話を聞かせてもらえませんか?」
ぼくがそう言った時だった。
また、家の扉がノックされたのだった。