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「かなり熱が上がってきてるな。こいつは顕現するだけで草木を枯れさせそうだぞ」
「水龍をぶつければ、大爆発起こせそうですね。くれぐれも奥方様と喧嘩しないで下さい」
「するかよ。シャルンに俺はいつも完敗してるんだぞ」
軽口を叩きつつ、それでも右目に溢れる熱が強くなってきたので、レダンは目を閉じ、呟いた。
「服せよ炎龍、ムリャムリュン」
激しい熱が突然何者かに包まれたように遠ざかり、消え失せる。確認してから目を開けると、視界が赤く光る靄で覆われていた。
「…陛下」
心配そうにシャルンが布を渡してくれる。そっと右目を押さえれば、じんわりと布が濡れた感覚があって、赤い靄が消えた。
「血液……でもないのか…?」
「さあ…」
「何だ、その手は」
「貴重な資料です、渡して下さい」
いそいそと差し出されたガストの手に布を渡す。が、よく見ればシャルンのハンカチだ。握り込もうとした矢先に素早く奪い去れらてむっとした。
「それはやらん。もう一回呼び出してやるから、それを」
「いけません、陛下」
シャルンがふるふると首を振った。見れば瞳に涙が溜まっている。堪えきれないように、またふるふると振って、
「もう十分です」
「けれど、あれはあなたのハンカチで」
しかもガストの手に渡って保管されるんだぞ。
「ハンカチならいくらでも差し上げます。今日はもう、陛下のお顔に血が流れるのを見たくありません」
「あー……すまん」
謝るとふわりとシャルンがしがみついてきて、まあそれならいいかと他愛なくハンカチ回収を諦めた。
「で、どんな紋様だった?」
「まあまあうまく写し取れたと思いますよ」
ガストが広げた紙を一同覗き込む。
水龍の紋章は掌のようだ。複雑な絵柄を内包する、円に5本の棒状の囲み、その先に小円。
雷龍の紋章は縦に伸びる長円で、周囲を枝葉を思わせるような飾りが囲み、内側も同じような模様が埋め、一番外を二重の長円が包んでいる。
今写し取られたばかりの炎龍の紋章は、幾つもの無数の線が書き込まれた円が7つほど入り乱れて重なっており、一番多く重なっている部分はひょっとすると写しきれていないかもしれないと言う。
「ばらばらだな」
「基本形があって、その基本形に何かの約束があり、組み合わせることで出現する力や効能が変わるのかと思ったんですが…」
「母君の書物には図形は描かれていないのか?」
ミラルシアが促して、もう一度、一同書物を捲ってみた。
「幾つか、円を色々重ねてみたようなものはありますね…」
「炎龍のものに似てると言えば似ているかも知れないが」
「私が幼い時に一瞬だけ見えた龍ですから、記憶に頼ったのかも知れません」
「…うーん」
レダンは唸った。
「仮説を立てるにも、資料が少なすぎる、か」
「……ザーシャルの書庫になら、ひょっとすれば」
シャルンが思い出す。
「ザーシャル、か」
レダンも考えないでもないが、昔より数段美しくなったシャルンを、こともあろうにザーシャルに伴っていくのは不安が残る。サグワットはまだまだ未練がありそうだったしなあ、と考えてふと、もう一人話を確認する相手を思い出した。
「母上に会いに行こう」
「へ? あ…ああ、なるほど」
ガストがはっとしたように頷く。
「今ならこちらも色々資料が出せる。突き合わせて見れば、新しい見解が見つかるかも知れませんね」
「エリクについても、はっきりさせてもいい頃だ……だよな、シャルン」
シャルンにとっては辛い真実を重ねるばかりかも知れないと不安になったが、予想に反して、ぱっと顔を明るませてシャルンは笑顔になった。
「アグレンシア様にお会いできるのですか? ぜひお会いしたいです!」




