2
「まず、龍神とは何か、からお話ししますね」
シャルンの私室に円を描くように集まった女官達の中、カトリシアが口を開いた。彼女の祖母は古い民話をたくさん知っている。テーブルには焼き菓子とお茶が並び、シャルンも身を乗り出して聞いている。
「ミディルン鉱石は細かく砕いて運ぶことが定められています。これには理由があるんです」
「理由?」
シャルンは瞬きする。ハイオルトで確かにミディルン鉱石は掌より小さく砕いて取り出すとされているのは知っているが、てっきり輸送しやすくするためだと思っていた。
「運びやすくする、以外の理由があるの?」
「『かげ』が棲まうんです」
内緒話をするようにカトリシアが声を潜めたから、勢い皆もより体を乗り出す。その中で、シャルンは一瞬体を引いてしまい、そんな自分に戸惑った。
「奥方様?」
「あ…いえ、ごめんなさい、続けて」
訝しく振り返るカトリシアに笑って見せる。けれど、胸の奥に何かひやりとするものが横切った気がする。
「『かげ』とは何なんですか?」
ベルルが目をキラキラさせて尋ねた。好奇心旺盛だ。
「昔話なので真実かどうかは不明ですが、掌より大きなもの、特に人の体より大きなものには『かげ』が棲まい、その名前を呼ぶことで中から龍が産まれるそうです」
「龍…」
余りにも意外なことばに困惑が広がる。
「龍、とは、あの御伽噺とかに出てくる、巨大で火を吐く生物ですか」
ベルルが悩み顔で確認する。
シャルンも首を傾げる。
「生き物が、石から産まれる、のですか」
それはどう言う仕組みなのだろう。
「水龍、飛龍、石龍、光龍、花龍、雷龍、炎龍、闇龍」
カトリシアは指を折って数える。
「それぞれに名前があり、その『かげ』に呼びかけると姿を現わすのだとか。名付け親の願いを一度だけ叶えますが、それが意に染まないものであったりすると、暴れて名付け親もろとも世界を滅ぼすために飛び立つそうです」
「意に染まないって……龍に望みがあるの? 産まれてくると、それを訴えるのって言うの?」
イルラが不安げに尋ねた。
カトリシアは首を振る。
「産まれてすぐに龍は願いを訊くそうなので、こちらの願いが龍の気に入るかどうかはわからないそうです」
「そんなの、ただの災厄じゃありませんか」
マーベルが突っ込んだ。
「産まれないほうがいいわ」
「そうです、だからミディルン鉱石は掌以下に砕くべしとなっていると」
カトリシアも大きく頷く。
「……その龍は、エイリカ湖に現れた龍神と同じものかしら」
シャルンは考え込んだ。
もし、湖の底にミディルン鉱石の巨大なものが沈んでいて、そこから龍が産まれたとしたら、水龍となって崇められるのかもしれない。
「いえ、そうではないと思います」
カトリシアも考えている。
「龍はミディルン鉱石の中に『かげ』を見出し、名前を呼びかけねば現れません。しかも、この『かげ』は王族の方しか見ることができないとされています」
「え…?」
またシャルンは体を引いてしまった。引いてしまった自分にまたも戸惑う。
「あら…」
シャルンの戸惑いをよそにカトリシアは滑らかに語り続ける。
「もし、エイリカ湖に水龍が居るとしたら、それはあそこに巨大なミディルン鉱石があり、しかも王族の血を引くどなたかが、その石の中に『かげ』を見出し、しかも正しき名前を呼びかけて産まれさせたことになります。加えて、その龍がおとなしくして居るのなら、名付け親は龍の願いをふさわしく満たしたことになります。そんなことができるとはとても思えません」
「確かにそうね」
一番年長のイルラが深く頷く。
ところが、イラシアが訳知り顔に言い出した。
「いえいえできるわ、だってリュハヤ様はレダン王を望まれたのですもの、ひょっとすると王家の遠い血筋か何かで」
「ん、んん!」「イラシア!」「ああもう!」
途端に、残りの女官は慌てて遮った。もちろん、シャルンの耳にはしっかり入ってしまったのだが。
「レダン王を望まれた? どういうことですか?」
「……」
女官達は気まずい顔でお互いを眺めている。ルッカが大きな溜め息をついて、
「とんだ先走りですね」
「申し訳ありません…」
イラシアがしょんぼりと肩を落とした。可哀想だが、聞かねばなるまい。