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「リュハヤ様とはどなたでしょうか」
「今夜にでもお話しする予定でしたが」
ルッカはもう一度溜め息を重ねた。
「エイリカ湖の湖畔に『祈りの館』と言う建物があり、そこで龍神教なる教えを広めている司祭がいるそうです。イルデハヤ、とか申しましたか。その一人娘がリュハヤ様、龍神教の巫女だそうでございます」
「巫女、なのですね?」
それではもう人の世の妻にはなれぬように思うのだが。
「はい。ガスト様よりお聞きしましたところ、このリュハヤ様はかつてレダン王の婚約者であったと触れ回っておられます。そのような約束はないとのことですが、何でもエイリカ湖に水龍が産まれ、世界を滅ぼそうとしたので、イルデハヤ様がリュハヤ様を巫女にして、お怒りを鎮めて頂いたのだとか」
ルッカの口調は苦々しい。
「よって、リュハヤ様はレダン王が妻として迎えるべき者であり、そのための素養はすでに積ませてあると申し立てておられるそうです」
「…陛下は何と仰っていますか」
不安なことだが確かめておかねばならない。
「馬鹿馬鹿しくくだらない戯言だと。水龍を見たものは誰もいないし、存在しないものの災禍を盾に婚姻を求められても困ると」
「そうですか」
シャルンはほっと息を吐いた。
なるほど、幾らか様子が知れてきた。
今回のエイリカ湖への旅行は、水龍が出現したと言う訴えの確認と、それに伴うイルデハヤ、リュハヤ親子の要求を断ることを目的としているのか。
だがふとそこで気がつく。
もし、本当に水龍が存在したのなら、レダンはリュハヤを拒むわけにはいかなくなるのではないか。龍が産まれる言い伝えが全くの絵空事であるならまだしも、何か別のことを言い換えているだけだとしたら。
シャルンの脳裏を懐かしい光景が掠める。ルシュカの谷を馬で駆けた時の夜だ。エイリカ湖から流れ出る川は一つもない。ルサラの水管を設置すれば、乾いた土地が豊かに潤い、見事な農地に変わるかもしれない。レダンの興奮した声は偽りではなかった。けれども、未だルサラ、いやビンドスの水管は設置されない。
ひょっとしてそれは、今回の旅行に関わることではないのだろうか。
エイリカ湖から水管で水を引くにあたって、レダンはその司祭達の協力を得る必要があるのではないか。不快で馬鹿馬鹿しいことを申し立ててくる相手の居場所へ、それでもシャルンを伴って出向こうと言う裏には、リュハヤとの一件が絡んでいるのではないか。
「奥方様……申し訳ありません」
「え」
泣きそうな声に物思いから覚めると、イラシアが涙を溜めそうになりながら俯いている。
「私は本当に考えなしで一言多いのでございます」
考え込んでしまったシャルンに、不興を買ったと思ったらしい。
「そんなことないわ、イラシア。いずれ分かること、いずれ陛下が私に話して下さることだわ。そうよね、ルッカ」
ちらりと目配せをすると、ルッカがはいはいと頷く。
「そうですよねいずれはね。けれど物事には時と場合というものがありますしね」
「ルッカ!」
「けれども、奥方様」
マーベルが瞳を光らせた。
「これは色々考えなくてはなりませんね」
すくっと立ち上がり、拳を握る。
「奥方様が先ほど選ばれたドレスは、そのリュハヤ様もご覧になるということですね?」
「え、ええ」
「では、私はすぐさま仕事にかからねば。そんな女に奥方様が見劣りしてはなりませんとも、ええ」
「私の仕事もありますね」
イルラも立ち上がる。
「水辺の装いだからと言って、簡素すぎたかも知れません。もう少し着付けと飾り物を工夫して参ります」
「あ、あの」
いえもう、十分すぎるほど十分では。
シャルンがそっと手を挙げ、止めようとした矢先、
「わ、私っ」
イラシアが急いで立った。
「もう少しガスト様からリュハヤ様のことを聞いて参ります。奥方様がご安心されるように、振る舞いや儀式についても、詳しく調べて参ります!」
「では、お茶会はお開きですね。よろしゅうございますね、奥方様」
イルラの声にベルルが慌てて口にしようとした焼き菓子を置く。
「え…ええ……」
本当はもう少し龍のことや『かげ』のことを聞きたかったが、ベルルとルッカ以外はそれぞれに顔を上気させ、今にも走り去りそうなので、シャルンは渋々頷いた。




