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「で?」
「で、とは」
「これからどうなさるおつもりですか」
「どうなさるも何も」
腕組みをしているルッカに問いただされて、ガストは部屋の中で無言でじっと指先に摘んだものを眺めているレダンに視線を送ってくる。
「それ、やっぱりダフラム製ですか?」
「…おそらくはな」
レダンは溜息をつきながら、先端を触るなと命じて、ルッカとガストに布の上に転がした小さな銀色の矢を見せた。かなり精巧な造りから、たまたまできたような代物ではないとわかる。
「ベルルを連れてくるんだったな」
「ベルル?」
「侍女のですか?」
ガストとルッカが顔を見合わせる。
「あの娘はダフラム出だ」
「あら」
「…聞いていませんよ」
目を見張るルッカと対照的に、ガストは眼鏡の奥で目を尖らせた。
「ダフラム出身を雇い入れたなんて」
「出身は構わない、必要な能力と人柄さえあれば」
「…ああ、なるほど」
ルッカが頷く。
「毒殺を気になさった?」
「はあ?」
ガストがじろりと睨む。
「あんたが? 少々毒を盛っても死なないでしょうに」
「シャルンだよ。ベルルなら毒の匂いが嗅ぎ分けられるし、どのような経路で入ってきたか見定められる」
ルッカが訳知り顔に付け加える。
「どういう種類のもので、それを好む手合いがどんな人間かも」
「そういうことだ」
「……ああ……なるほど」
ガストはようやく頷いた。
「奥方様は色々目立ちましたからねえ」
「ダフラムが手に入らないなら消してしまえと考えるのもアリだろ?」
レダンは銀色の矢を眺める。先端は薄青い光に濡れていて、地下通路の剣戟の最中、先を行ったはずのサリストアとミラルシアが姿を消した後に、この矢が2つ落ちていた。
「多分、痺れ薬の類じゃないかと思う。あの2人が音も立てずに身動き取れなくなるんだ、かなり強力なやつだ」
微かな物音で前方2人の気を引き、痺れ薬で仕留める。後方から襲いかかり、ルッカとガストを足止めし、その隙にレダンを狙っても一矢放ったが逸らされた。足元に落ちた金属片に気が付いて、とっさにシャルンを扉の中へ押し込んだが、そうでなければシャルンに向けて放たれたはずだ。
強力すぎる痺れ薬は容易く呼吸を止める。シャルンに耐性があるとは思えないし、アルシアはそういう類の対処には慣れていない。命を奪われる可能性が高い。
「音もなかった。吹き矢だろうな」
「…ミラルシア様の復位にダフラムが噛んでるって言うんですか」
唸るようにルッカが呟く。
「利点は?」
ガストも訝しそうだ。
「ミラルシアが復位したところで、国民は納得しない。しばらくは国を抑えるのに手一杯で、ダフラムに何をもたらすこともできないのでは?」
「見えない理由があるんだろう」
レダンは静かに立ち上がる。
後方からの一群は狭い通路の立ち回りに慣れていた。数人仕留めたところで身を翻して逃げ去り、ルッカがアルシアの兵です、と悔しそうに報告した。サリストアを殺し、ミラルシアを傀儡として担ぎ、ダフラムがアルシアを制したところでそれほどの利はない。目的に悩みつつ振り返ると、シャルンが消えていた。通路の扉が閉じられていて、中からことりとも音はしない。サリストア達同様、痺れ薬にやられて連れ去られたのかと周囲を探したが見つからず、念の為と改めて戻ってきて覗いた扉の中にも姿はなかった。
戻った3人に王城は騒然とした。サリストア、ミラルシア共に行方不明、訪問していた王族が襲われ、王妃までが行方知れずとなった。レダン達の訪問の目的は、サリストアの治世状態の確認だ。それこそ、カースウェルの軍を率いて乗り込まれても拒否できない。
臣下は青ざめ、シャルンについて今しばらくの捜索を任せてくれるよう懇願し、レダン達の国内の自由な振る舞いを承認した。
もっとも、襲った者達は所在不明と差し出されることはなかったが。
「さて、誰に聞けばわかるかな」
「指の数本切り飛ばしたところで話しませんよ。あなたが武勇に優れた王だからこそ手出しされていませんが、弱い王なら闇討ちされているでしょうし」
ルッカが忌々しげにぼやく。
「奥方様は……囚われておいでですかね」
ガストが考え込んだ。
「もしそうなら、奴らの振る舞いは下手すぎませんかね」
「そうですねえ」
ルッカも唸る。
「姫様を手のうちにしているなら、もう少しうまく立ち回るでしょうね」
「…もし、シャルンが、何かの原因であの扉の中に閉じ込められていたのなら」
レダンも考える。
陛下、と明るい笑い顔が蘇って、胸がつうんと痛くなった。
「出られないなら、先へ進む、か」
きっとそうだ、なぜなら元々は地下迷宮の捜索だったのだから。
「お伴します」
ガストが立ち上がる。
「じゃあ私はここで待ちましょう」
ルッカがふん、と鼻を鳴らした。
「勘違いした間抜けが再度襲ってくれるかも知れませんし、まあ仮にもウチの馬鹿娘どもが戻ってきたら、きっちり躾け直さなくちゃなりませんから」
全く平和ボケしちまって痺れ薬なんぞで行動不能なんて何処の箱入り娘なんだか。
「とてもアルシアの女王たる資格はない、ご先祖様に顔向けできないって、ええそりゃあもう骨身に沁みて金輪際忘れないように叩き込んでおかなくちゃ」
「……まあ、ほどほどにしてやってくれ」
レダンは苦笑いした。
たとえ無事に帰ってきたとしても、サリストアは無傷では済みそうにない。
「何他人事みたいに言ってるんですか」
ルッカはじろりとレダンを睨んだ。
「あなた様もですよ、カースウェルの国王様。奥方をうかうか奪い去られるような夫が本当に姫様にふさわしいのか、この際じっくり考えさせて頂きますからね」
「…分かった」
背筋を滑るぞっとした気配に引きつりながら、レダンは急ぎガストを従えて、もう一度地下通路に向かって行った。




