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「私へのお話とはいかなるものでございますか?」
「尋ねたかったのだ」
「何を、でございましょう」
「暁の后妃」
ミラルシアの声に嘲りはなかった。
「私はどこで間違った?」
「…」
「そなたは様々な王の相談に乗り、悩みを聞き取り、解決したと聞く。その才に拠って尋ねる。私は何を間違った?」
明かりが揺れる。風がどこからか入っている。ミラルシアは淡々と続ける。
「玉座に就いた時、世界は輝いておった。年若いことを嘲ったり、振る舞いの拙いことを貶す輩もおったので、努めて経験を重ね知識を得、なしうる限りの鍛錬をした。時に天与の才を褒められ、時に先見の明を讃えられた。しかし、全ていっときのことであって、世界にアルシアありと掲げられることはなかった」
シャルンは黙って相手のことばを待った。
「充実感と喜びと達成感を得たかった。なのに、どれほど頑張っても足りぬと声がする。より素晴らしいものがあり、それには及ばぬと嘆かれる。頂点に立てと誰が命じたわけでもない、だが周りの顔がほんの少し曇る。所詮、王の器ではない、と囁きが響く。我を捨てれば良かったのか? 素晴らしいといわれるものの真似をすれば良かったのか? 教えてくれ、そなたと私の間の差異をはっきりと。そうすれば諦められる、期待もせぬ。最初から間違っていたのだと思えばいいのだ」
なぜ、そなたは暁の后妃と呼ばれ、私は地下牢に座っているのだ?
「……私は」
シャルンはそっと口を開いた。
「求められるものになろうとして参りました」
幾度も輿入れする中で、こうであって欲しいということばを聞かされる度に、それを満たそうと努力した。
「満たせることも、満たせないこともありました」
私は人のことばを聞いて、変わり変えられ変え続けて参りました。
「その中でずっと、探して参りました」
私の願いを。望みを。祈りを。
「私は、どこに居て、何をしたくて……何に成りたいのか」
「………」
「ミラルシア様は私を暁の后妃と呼ばれますが、私は今カースウェルの王妃でありたいと願っております。それが同一のものか、異質のものか、私には判じかねます」
ミラルシアはシャルンをじっと凝視している。
「……差し出がましいとは存じますが、途中、なのではございませんか」
「途中、とは?」
「恐れながら、ミラルシア様は何に成ろうとされているのか、探しておられる途中ではないでしょうか」
「地下牢に居て?」
「ここで何を為さるかです」
「何を……するか……」
「私とお話になりたいと願われたのも、探し物をされているから」
「探し物……か」
ミラルシアの視線が初めて動いた。静かに背後を振り返る。土壁でしかないその場所を眺め、再びシャルンを振り向いた。
「…玉座に就く前、地下迷宮に行きたかったのだ」
薄い笑みが紅の唇に浮かんだ。
「そこには『花咲』という魔法があるかも知れぬのだ」
「っ」
ぞっとした寒気がシャルンの背中を這い上がった。恐らくは扉の外のレダンもまた震えを感じているだろう、思いもかけぬ糸口が現れたことに気づいて。
「アルシアの古い御伽噺でな。石に封じ込められ魔女の呼びかけに応じて応えるらしい。繭に閉じ込め埋められて、誰も見つけられず使えもしない魔法だ」
ミラルシアは深く息を吐いた。
「見てみたい」
「…はい」
「玉座に就いてしまったので、探しに行けぬと諦めた」
「はい」
「良いのだな、探しても」
「はい、殿下」
「その名も最早要らぬ。………血が、高ぶる」
「……はい」
微笑むミラルシアにシャルンも笑み返す。
「…サリストア?」
「……っ」
唐突に声を掛けられ、扉の外の気配が息を呑んだ。
「居るのだろう? 剣が欲しい。地上には出ぬ。装備を整え、地下通路を歩みたい。手助けしてくれぬか。玉座を押し付けた上の我儘で済まぬが」
扉が開いた。静かにサリストアが入ってくる。続いてレダンも。
「…面妖な格好をしておるが、何の冗談じゃ」
「姉上ほどではない…」
俯いたサリストアが一瞬光り落ちた雫を振り払う。
「提案がある」
「何だ?」
「地下迷宮を我らも探している。共に行かぬか」
ミラルシアは一瞬目を大きく見開き、くしゃりと顔を歪めた。
「許す」
応じた声が低く震えた。




