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「あ、あのっ、陛下、やっぱり私っ」
「シャールン?」
慌てて取り消そうとした口をそっと指先で押さえられた。
「私は嬉しい」
「?」
「あなたが、願いをもってくれて。それを私に望んでくれて」
「あ…」
指先が離れて、代わりに柔らかく唇が当たる。
「俺があなたに必要なんだと感じられる」
「陛下…」
目を細めたレダンが本当に嬉しそうで、シャルンは思わずほっとする。
「さて、続きだ」
レダンは名残惜しげに、シャルンの唇から離した指に軽くキスし、それからもう一度地図に指を落とした。
「ザーシャル、ハイオルト、ダスカスが北に並び、それより南にラルハイド、カースウェル、ステルンが位置する。もっと南、レーファ湾を挟んで、ダフラムとアルシアが向かい合う。ザーシャルの北にはかつてパルディアという国があったそうだが、今はどこも国交がなく、国が残っているのかどうかも不明だ。ハイオルトの北は山々が聳え、ハイオルト側にミディルン鉱石を産する。テイベルン川に分たれて、ザーシャル、ラルハイドはダフラムの影響を受けやすいとも言える」
国境で色を塗り分けられた国々は、見覚え聞き覚えのあるものばかりだ。今更ながら、こんなに多くの国に嫁し、出戻って来たのかと驚いた。
「…陛下は、龍について、ダフラムが何か知っているとお考えなのですね?」
「…ダフラムは強大な軍事国家で工業国だ。ミディルン鉱石の獲得にはどの国より熱心だし、手段を選ばないだろう。武器を作るのも、工業で国を支えるのも、ミディルン鉱石なしには無理だ」
少し考え込んだレダンは、ふう、と小さく溜息をついた。
「もしザーシャルの書庫に手掛かりがなさそうなら、出向きたくないところだよ。今回の橋の破損も、誰かがザーシャルに入るのを妨げようとしている、とも取れる」
右目の虹彩に宿った紅が、チカチカと苛立たしそうに瞬く。
「けれど…じっとしていても、ダフラムはやって来ます」
シャルンは地図を見つめた。
ハイオルトを取りまとめようと必死になっていた頃、幾度かダフラムの使者はやってきた。厳しい状況と、それに立ち向かうシャルンの負荷を労り、ダフラムによる安寧を約束しようと呼びかけてきた。
「…幾度か使者の方にお会いしました」
「…」
ぴく、とレダンが指を震わせた。鋭い視線でシャルンを見遣り、一瞬で光を和らげる。
「珍しい衣装でした。肩から足元へまっすぐに流れる服の意匠で、女性の方は誰一人来られませんでした」
黒や紺、深い緑など暗い色が多かった。公的な立場の者がすぐわかるように、そのような色を決めているのだと聞いた。お役目に女性はいらっしゃらないのですかと尋ねた時に、相手は薄く奇妙な笑みを広げた。
「…失礼ながら、女性は能力が及ばぬ者が多いので、と仰っておられましたが……瞳が冷たく、凍るような心持ちが致しました」
シャルンは少し目を閉じた。
自分の思いを偽らなくていい。自分の感覚を信じていい。レダンはシャルンを侮らない。
「私は……ダフラムの女性の方と、お話ししてみたく、思いました」
「……うん、わかった」
レダンが低く同意する。
「あなたがそれを望むなら」
私は必ず、それを叶えよう。




