無意識の恋
掃討班メンバーが戻って数十分後、JRS本部のインターホンを押す者がいた。クロエがドアを開けて応答すると、訪問者は先程クロエとダイアンが助けた警官だった。
「何か用ですか?」
「先程の青年を呼んで頂きたい。交通法違反で罰金を取りたい。」
エリザベートを手当てするために通ったのを発見されたことに内心驚くと、クロエはなんとか焦りを隠して理由を述べた。
「あれには理由があるんです!ケガ人を運んでいたんです。」
「そのケガ人はどこにいるんだい?」
クロエの代わりに低い声がエリザベートの居場所を伝えた。
「一階の医務室だよ。」
クロエが振り返るとダイアンが財布を持ってクロエと警官の前に姿を現した。ダイアンはクロエと比べてさほど動揺せずにスラスラと言葉を紡いだ。
「罰金だけとは随分心が広いな。感謝するぜ。」
「命を救ってもらったし、確認はするが、故意に交通法を破った可能性は少ないと思うからな。」
ダイアンは財布から20ドルを数枚取り出すと、警官と罰金の精算を始めた。精算をしながら警官はダイアンに質問した。
「君はなぜあれ程腕が立つんだ?明らかに動きがその辺の人間や警官とは訳が違う。」
ダイアンは即座にサラッと答えた。
「俺は毎日あの化け物の相手してんのさ。」
クロエとダイアンは警官にエリザベートと面会させると、3人で証拠成立を仕切りに訴えた。3人の熱弁に、とうとう警官は折れ、黙認することを約束した。
「次はないからな。覚悟しておけ。」
ダイアンはしっかりと首を縦に振った。
「肝に銘じておくよ。」
ダイアンはすぐにその場を離れ、代わりにクロエが警官を玄関まで見送った。
「ありがとうございます、ダイアンを無罪にしてくれて。ダイアンの事、どう思いました?」
警官はしばらく考え込んで口を開いた。
「態度は軽いが、根は真面目で正義感が強いと思う。彼の強さは一般人にしちゃもったいない。」
「それは本人が毎日戦ってるって言ってたじゃないですか。」
「それもあるが、雰囲気や戦い方は何度も修羅場を潜り抜けた歴戦の猛者だ。S.A.Tの隊長レベルだと思う。彼はあの若さにしてはかなりしっかりしている。おまけにあの強さときたもんだ、簡単には死なないだろう。でも、どこか無鉄砲な所がある。だから、君が側にいて支えてやる必要があると思うんだ。大事なボーイフレンドだろ?」
「違います!私にそんな気は・・・」
「君は恋をしているんだよ。君は目が合わない限りずっと彼を見ていた。目が合えば慌ててそらしていた。」
図星を突かれて言い返せず、クロエは黙るしかなかった。
「君達はお似合いだと思う。恋が実るのを祈ってるよ。」
警官は軽く敬礼をすると、パトカーに乗り込みその場を去った。パトカーが見えなくなるまで見送ったクロエは警官の言葉を頭の中でしばらく繰り返しすと、記憶の奥底にしまった。
夕飯の準備ができたので、ダイニングに集まった掃討班メンバーは食事に手をつけ始めた。そんな中、クロエはダイアンの姿を必死に探した。その真剣さに、ナックが怪訝な顔をして尋ねた。
「どうした?落ち着きがないな。」
「ダイアンの姿が見えないの。どこにいるのかしら?」
「アイツなら、マリーとエリザベートの3人で医務室で食事してるよ。どうも約束してたらしい。」
「そう・・・わかった。」
ナックは確信した。間違いなくクロエはダイアンに惚れている。それもかなり深くアイツを想っている。俺じゃぁ、アイツの代わりになれないのか? 君の目には、アイツしか映っていないのか?
ナックは苛立ちや劣等感を飲み込むように、食べることに没頭した。そんなナックの想いとは裏腹に、クロエは医務室の方角の音を聞き取ることに神経を使っていた。エネルギーを補充するため、食べ物を少しずつ口に入れながら、時折聞こえてくる笑い声に複雑な心境を抱いていた。どうして午前中に、私も参加したいと言わなかったのだろう?いや、ダイアンがこうしているとわかったのはついさっきなんだ。今さら悔やんだって意味はない。それに、ダイアンに対するマリーとエリザベートの想いは以前聞いている。憧れの人と側にいて会話ができるなんて、夢のような時間だ。存分に楽しんでいることを祈ろう。クロエは医務室の音を聞きとることを諦め、食事に集中した。空になった皿をまとめてトレーに乗せ、立ち上がると、医務室からまた笑い声が聞こえてきた。3人分の声。しかも楽しそうだ。
マリーやエリザベートが楽しんで笑っているのは理解できる。でも、ダイアンが楽しそうに笑う声を聞くのは滅多にないことだ。その笑顔は、私は見ちゃいけないの?そう思うと気分が逆上し、腕に変な力が入った。力を抜こうと肩を落とした途端に足元がふらつき、クロエは近くの椅子にぶつかって転倒した。皿は散乱し、数枚は音を立てて割れてしまった。
「痛ったぁ・・・・」
クロエはぶつけたところを押さえながら、皿の破片を拾い始めた。尖ってない破片から順番に拾い、トレーに乗せていく。最初は順調に進んだが、次第に拾うのにためらうくらい尖っている破片が多くなっていた。その中でクロエはかなり尖っている破片を先に拾おうと手を伸ばした。震える指先に意識を巡らせ、傷つく怖さと戦いながら、破片を掴もうとしたその時、後ろから伸びた手がクロエの指を摘んだ。見ると、ダイアンが自分の指を摘んで目で止めるように促していた。
「座って休め。後は俺がやる。」
「でも、ダイアンの指が傷ついちゃうでしょ。」
「タクティカルグローブを着けてるから平気だ。」
そう言うと、ダイアンは指にグローブの覆いをはめてせっせと破片を拾い始めた。
「ごめんなさい。3人の時間を潰しちゃって。」
ダイアンは即座に首を横に振った。
「気にしてない。逃げる口実になって助かった。」
「逃げる?楽しそうにしてたのになんで?」
「さっき横笛を持っていることが2人にバレて吹くのをせびられてた。拒否してたんだが、中々諦めなくてな。そしたらなんか割れる音が聞こえたから、見てくると言って逃げれた訳だ。」
「吹いてあげれば良かったじゃない。」
「めんどくさいからやだよ。それよりも、俺はお前の戦闘スキルに興味があるんだ。1ヶ月ちょいであんなに動けるヤツは今まで見たことない。才能を持ってるな。」
「そう言ってくれて嬉しいわ。もう一度、私にも笛を吹いてくれない?」
「疲れたからヤダ。お前もクタクタだろ、今日はもう寝ろよ。後は俺がやっとくから。」
内心マリーとエリザベートよりも良い思いができたと思ったクロエは笑顔で手を振った。
「ありがとう。おやすみ、ダイアン。」
ダイアンは破片拾いを再開したため、クロエに振り返らなかったが、上機嫌な口調で答えた。
「おやすみ。」




