失って気づくもの
ダイアンが泣き叫ぼうとした途端、入口から悲鳴が聞こえた。
最初にマリーが叫んだ。
「何なのこれ?!」
アルバートがダイアンに話しかけた。
「ダイアン、説明してくれ!何があったんだ?!」
バージルは倒れているアイリスを心配した。
「アイリスさんがどうしたんだ?なんで倒れてるんだ!」
ダイアンは涙を素早く拭って残酷な真実を伝えた。
「・・母さんは死んだ。」
4人は絶句した。
「何!?」
ナックとクロエも集合し、リビングの惨状に目を疑った。
「どうしたんだ!?」
「何が起こったの?」
ダイアンは2人にもアイリスの死を告げた。
「母さんが死んだんだ。俺を生かすために・・・」
ナックはため息交じりに答えた。
「そうか・・。さらに悪いことに・・・」
「ヴィンディッシュが・・・・」
そう言ってクロエは泣き崩れ、ナックがおぶっていたヴィンディッシュを床に下ろした。
全員がヴィンディッシュの周りに集まり、ダイアンが脈を取ったが、彼女から命の音は感じ取れなかった。ダイアンはダンスパーティーで命がけで自分を助け、死にものぐるいで惨状を伝えに来てくれた恩人がこの世を去っていることに絶句した。
「嘘だろ・・・・・・」
クロエは止まらない涙を何度も拭いながらヴィンディシュの最期をダイアンに伝えた。
「彼女は最後まで、あなたの身を案じていたわ。」
仲間と母親が早くに死んだことに力を奪われながらダイアンがポツリと言った。
「葬式を開こう。いつまでもこのままじゃ、2人が可哀想だ。」
この言葉を合図に、全員が葬式場に向かった。道中、クロエや他のメンバーはダイアンに腕の治療を勧めたが、ダイアンは拒み続け、ギプスと包帯で固定するだけの簡易な治療しか受けなかった。それだけでなく、弔辞や納棺の見送りも、ダイアンは積極的に参加した。涙一つこぼさなかったが、目から感情が消え、ロボットの様に、ずっと直立不動で抑揚のない声を発していた。そんなダイアンの姿は同情を誘い、多くのメンバーが通夜の番を申し出たが、ダイアンは全て断った。
「最後くらい母さんと2人きりになりたいんだ。」
この一言が決定打となり、棺の番はダイアンだけとなった。棺に入れる花を買うために、ダイアンは花屋へ向かった。頭の中は、アイリスの死と、彼女との思い出、そして、ヴィンディッシュとの過去が浮かんでは消えた。彼女達の死に、半分実感が湧かなかった。
花屋でそれぞれに似合いそうな花を買って、式場に戻ろうと歩いている途中、ダイアンは靴ひもが切れてるのに気づいた。公園のベンチに腰掛けて、靴ひもを直そうとすると、少女がダイアンに声をかけた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「靴ひもが切れちゃったんだ。」
「大変!どうすればいいの?・・・・そうだ!」
そう言うと、少女は頭についているリボンを外してダイアンに差し出した。
「これでお兄ちゃんのくつが直るね。」
「そうだな。ありがとう。」
ダイアンは礼を言うと、リボンを靴紐代わりにして靴に結びつけ始めた。
「じゃあね、ママが呼んでるから。」
少女がダイアンに背を向け、走り出した瞬間、少女は足元をぐらつかせて顔から地面に倒れこんだ。数秒の沈黙の後、少女はゆっくりと起き上がり、弾けた火花のように一気に泣き出した。
「オイオイ、大丈夫か?」
ダイアンは慌てて少女に駆け寄り、ハンカチで少女の顔を拭った。すると、少女の母親らしき女性が2人に近づき、少女を抱き上げた。
母親「もう大丈夫よ、心配しないで。」
母親は優しく、少女に頬ずりをし、額に口づけた。少女が笑顔になったことに安堵した母親はダイアンに向き直ると、礼を述べた。
「あなたがうちの子の面倒を見てくれたのね?ありがとう。ところで、その花は何のためなの?」
「母親に渡すためのものなんだ。」
「そうだったの。なら、早く帰って渡すべきよ。さあ、行きましょう。」
そう言うと、母親は少女の手を引いて公園を後にした。少女は無邪気な笑みを浮かべてダイアンに手を振った。
「バイバーイ、お兄ちゃ~ん!」
それを見たダイアンも自然と笑顔になった。
「じゃあね。お母さんを大切にな。」
ダイアンは親子を見えなくなるまで見送ると、葬式場へと歩を進めた。途中、心の中で自問自答した。どうして、“母親を大切に”なんて言葉が出たのだろうか? 答えはすぐに出た。
自分も似たようなことを母親にされたからだ。走り回れるようになった頃、日本でアイリスと共に公園の小径を歩いていた。ちょうちょやすれ違う散歩中の犬に興味を示し、触ったり追いかけたりして走り回っていた。そんな時、転んで膝を擦りむいて大声で泣いた。アイリスがダイアンの泣き声に気づくと、駆け寄って抱き上げ、ダイアンを水飲み場のベンチに座らせて、濡らしたハンカチで膝の手当てをした。そして、ダイアンを自分の膝の上に乗せて揺れながら優しくさすり、額や頬に何度もキスをして、大丈夫よ、ずっとそばにいるからね。と優しくダイアンに笑顔で語りかけた。その記憶を完全に思い出した時には、ダイアンは葬式場の入り口に立っていた。ダイアンは導かれるように、アイリスとヴィンディッシュの眠る部屋に向かった。棺の中で寝息をたてているように眠るアイリスの枕元に、ダイアンは片膝を立て、アイリスの髪を撫でながら、額に口づけた。口づけが終わって、アイリスの顔をじっくり見ていると、突然、悲しみがダイアンの心を満たした。
もう、あの頃は戻ってこない。
もう、母さんはこの世にはいない。
残酷な現実が、心を締め付け、目から涙を流させる。止めようと思えば思う程、アイリスとの思い出が走馬灯となって脳内を駆け巡る。
もう、止められない。泣くしかない。
ダイアンは人気がないことを確認してドアに鍵を掛けると、アイリスに抱きつくように、倒れ込んで泣き出した。
「なんで、ケンカしたまんま逝っちゃったんだよ・・・謝ってないのに・・・」
今さらそんなことを言っても後の祭りなのはわかっているが、後悔が波のように押し寄せてくる。いつも通りの日常が来ると思っていた。
仲直りして笑いあえると思っていた。
「ごめんなさい・・・お母さん・・・お願いだから赦して・・・・・・」
もっと早くに、素直に謝っていればこんなことはなかっただろう。
「素直じゃないと言えば、ヴィンディッシュ、お前にも冷たかったな。」
ダイアンはヴィンディッシュの棺に花を入れ、唇に口づけた。ヴィンディッシュが自分に恋い焦がれていたことは知っていたし、ダイアンもそれなりに彼女を気にかけていた。だが、最近は自分のことばかりに気が向いてしまい、彼女とは距離を置いてしまいがちだった。
「ごめんな、ヴィンディッシュ!!
もっと優しく接していれば!ごめんな!!」
ダイアンは罪の意識に耐えられず、床に倒れ込んで涙が枯れるまで泣き続けた。
涙が枯れるのを感じた後、ダイアンの脳内を支配したのはクリスのことだった。あいつは敵であるにも関わらず、同じ釜の飯を食い、人間として生きて、俺を殺す機会を窺っていたリップオフなのだ。それだけでなく、母親と、友情の芽生えたメンバーを殺した後も、のうのうと生きている。
早急に、罰を与えなければ。天罰を受けて苦しむだけじゃ済ませない。俺を生かしたことを後悔させてやるんだ。─この時、ダイアンは知らなかった。骨折した腕の焼け付くような痛みを伴う内出血が、全て引いていることに。
「絶対に!!見つけ出して、殺してやる!」
ダイアンは葬式場を飛び出すと、どこへともなく走り出した。




