ハイスペックな王子の葛藤
アイリスの話が終わったあと、聞いていたメンバーは驚愕し、今一度ダイアンの素性や立ち振る舞いに思いを寄せた。特に驚いているのは男子たちで、アイリスが話し終わるや否、グループを作ってダイアンの素性について話し合った。
アルバートが最初に口を開いた。
「黒髪で若々しい容姿だからアジア系だとは思ってたけど、ダイアンってハーフだったのか!?」
次にバージルがダイアンの身分について話し出した。
「しかも、武士の家系だって?!本当に王子様や騎士みたいにカッコいいじゃないか!」
ナックが改めてダイアンの強さに驚愕した。
「強く育てるといっても、あの強さはヤバすぎだろ!?」
盛り上がってる男性陣を余所に、アイリスはクロエに湿布を渡した。
「これをダイアンに渡してくれない?さっき叩いた所が跡になってると思うから。」
「わかりました、行ってきます。」
クロエは立ち上がって中庭に続くドアへ向かおうとしたその時、中庭の方からクロエの耳に音楽が聞こえた。
「何か聞こえる!」
アイリスが少し曖昧に説明した。
「おそらく、それはダイアンの笛の音よ。ニッポンにいた時に習ってたらしいわ。」
ナックが再び驚いた。
「そんなこと、俺達は初耳ですが?!」
アイリスが懐かしむような笑みを浮かべた。
「あの子の笛の演奏は基本、私しか聴かなかったからね。」
マリーが口をとがらせた。
「ずるーい、アイリスさん!ダイアンの演奏を独り占めってことですか?!」
「頼めば吹いてくれると思うわ。」
クロエはダイアンに笛の演奏を頼もうと考えた。
「だったら湿布を渡すついでに、演奏してくれるよう頼んでみます。」
エリザベートがうらやんだ。
「クロエだけズルいわ。」
アルバートがなだめた。
「ここにいても演奏は聞こえるんだからいいだろ。今、ダイアンはそっとしといてやろうぜ。」
メンバーのおしゃべりを気にも止めずにクロエは中庭へと向かった。中庭にダイアンはいなかったが、笛の音が道標となり、音のする方へ歩いて行った。すると、小山に腰掛けて横笛を吹くダイアンの姿を見つけた。どうせ演奏が途切れるならと判断したクロエはためらわずにダイアンの正面に姿を見る見せた。
「ダイアン、湿布を持って来たわよ!」
ダイアンはクロエに声をかけられるまで、ずっと自分の世界に浸っていた。落ち着きたい時に、ダイアンはいつも笛を吹いてストレスを解消していた。吹く場所はこの小山か自室、そしてアイリスの部屋で、ギャラリーは自分が心を許している相手のみにだ。ダイアンにとって笛を吹くという行為は趣味と同時に一種の精神統一であり、人に簡単に見せるべきではないものだった。今までに笛の音を聞かせた相手は、母親と幼馴染と親友以外には父親だけだ。父親は勉強や習い事、そして運動能力において常に高みを目指すことをダイアンに望んでいたが、楽器の演奏だけは唯一褒め、そのままでいいと言ってくれた。
思えば、楽器の演奏を続けられたのは父親が褒めてくれたからではなかったのだろうか?いや、俺は何を考えてるんだ?父親のことを今考える必要はない。考えていたことを忘れるためにダイアンは笛の演奏に集中した。しかし、突然目の前に現れたクロエと彼女の大声に驚いて肝を潰した。
「びっくりした!どうしたんだよ?」
驚くと同時にダイアンは後ずさった。
「あまり近づかないでくれ。まだ叩かれたところが跡になってるんだ。見られたくないよ。」
クロエは軽く笑いながら言った。
「アイリスさんがそれを心配して、私に湿布を渡してくれたの。さすがね、アイリスさん。予想は当たってたみたい。」
クロエはアイリスの勘に感心しながら、ダイアンの頬に湿布を貼った。湿布を貼ると、ダイアンは少し顔をしかめていたが、すぐに満足そうな表情を見せた。それを見たクロエは笛の演奏を提案した。
「もし良かったら演奏を聴かせてくれない?」
「どうしてあんたがそれを知ってるんだ?」
「アイリスさんから聞いたの。みんな驚いてたわ、あなたの演奏はアイリスさんしか聴いたことがないみたいだから。」
ダイアンはため息交じりに答えた。
「聴いていいものじゃないよ。俺の演奏は下手くそだから。」
「どんなに下手かは聴いてみなきゃわからないでしょ。アイリスさんが話している感じだと、あなたはかなり上手そうだけど。」
ダイアンはしばらく断っていたが、観念して笛を吹く決心をした。
「わかった、吹くよ。あんたは俺の命の恩人だったしな。」
「そう?いつ助けたっけ?」
「ダンスパーティーの時だよ。俺が助けた事は、はっきり覚えてるくせに。」
そうぼやきながらダイアンは軽く笑った。
「じゃあ、始めるぞ。」
深呼吸して息を整えると、ダイアンは演奏を始めた。曲は素朴だが物悲しく、それでいて品があった。演奏の終わるとクロエは、ダイアンに割れるほどの拍手を浴びせた。
「すごく上手だったわ!いい曲ね、なんて言うの?」
「“荒城の月”だよ。悲しい曲だけど、シンプルなところが俺は好きなんだ。」
「私も!今聴いて大好きになっちゃった!」
「他に聴きたい曲はないか?」
「何が弾けるの?」
「J-POPの他に、アニソンや演歌、邦楽も弾けるぞ。でも、龍笛ではおかしいよな。ピアノで弾こう。」
「ピアノも弾けるの?!」
「ああ。」
「すごーい!他には何ができるの?」
「ダンスパーティーで見せたけど、バレエを少し習ってたな。あと、剣道に空手、西洋剣術、居合道に龍笛、ピアノ、K-1、外国語・・こんなもんかな。」
「そんなに多く習ってたなんてすごいわね。外国語はどれだけ喋れるの?」
「日本語と英語、英語はイギリス英語も含めだけど、その他に喋れるのは韓国語、中国語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語だな。」
ダイアンは話せる言語を使って“こんにちは、ダイアン・タスカーと言います。”と話した。どの言葉でも流暢に話すダイアンにクロエは心からの賞賛と驚きの拍手をダイアンに送った。
「でも、あなたの習い事の量は“こんなもん”って言える量じゃないわ。本当にあなたのお父さんが習わせたの?」
「ああ。今なら笑い飛ばせるけど、本当につらかった。ノイローゼに何回もなったし、何度も父親を殺そうと思った。でも、おかげで強くなれたから今は感謝しているけどな。」
「そう、ならさぞ悲しいでしょう。お父さんが死んでしまって。」
「悲しい?そんな感情、いっさい湧いてこなかったよ!あんな奴、父親なもんか!」
憤りをぶちまけているのと、自分に言い聞かせているのをごちゃ混ぜにして怒鳴るダイアンに、クロエは驚いて固まってしまった。
それを見たダイアンは動揺した後、クロエに謝った。
「ごめん、取り乱して。父親とはあまり、良い思い出はなかったもんだから。」
クロエは首を振った。
「気にしないで、驚いただけだから。要するに、父親としての愛想は尽きたけど、鍛えてくれた保護者としての感謝はしてるってこと?」
「そういうことだ。実際に、空手と剣道は先生よりも父から多く教わっていたんだ。」
「・・アイリスさんと一緒に暮らせていればね・・」
「母さんには何度も会ったさ。」
「えっ?!」
クロエはアイリスの言葉を思い出して聞かれないように小声で呟いていたのだが、呟きを聴き取られていたことに驚いた。
そんなクロエを尻目にダイアンは懐から箱を取り出した。
「今のはどういう意味?それに、その箱は何?」
「俺は子供の時、夏休みになると、可愛がってくれた執事と一緒にアメリカに渡って母さんに会ってたんだ。思春期を迎えたら、小遣いを貯めて会いに行ったこともしたよ。上手く父の目を盗んで母さんと一緒に日本の国内旅行をしたこともあった。これはその時広島に行った時の箱だよ。もみじまんじゅうっていうお菓子なんだけど、今はどうでもいい。その箱に、会うたびに母さんが書いた手紙を入れたんだ。量が多すぎて、箱が壊れそうだよ。」
「会えていて良かった。でも、どうして手紙なの?」
「メールだと削除履歴に残るから見つかっちゃうんだ。うちはケータイの履歴を週に1回、父が監視してたからね。やましい事がないように。それに、手紙の方が文字に想いが籠もっているからね。子供の頃からの支えだ。だけど、俺は普段なら絶対に言わないことを言って母さんにあたってしまった。さっきのはさすがに言いすぎたと思ってるよ。」
「それだけ反省してるなら、アイリスさんはきっと許してくれるわ。一緒に謝りに行きましょう。」




