第8章 負ける覚悟で
『見逃しの三振っ。1点ビハインドではありますが、勝利の望みをかけてマウンドに上がりました二上。なんとこの回、2番・手嶋、3番・新谷、4番・チャリスと言う秋田フェザンツ上位打線を3者連続三振。最終回の攻撃に望みを託します』
『いやぁ、これはまぁ、驚いたねぇ』
実況・解説共に感嘆の声を漏らす。8回の裏の秋田フェザンツの攻撃。代打で引いた2番手の須々田に代わってマウンドに上がったのは、本来は抑えの二上。150キロ近いストレートと変化球を低めに集める投球で、手嶋、新谷を空振りの、チャリスは見逃しの三振に切って取る好リリーフを見せたのだ。
『さて、秋田フェザンツの大馬。この二上の好リリーフに反撃ムード盛り上がる神奈川打線を……っと? 大原監督が出てきました』
『これは、ピッチャー交代かな?』
『そうだとしますと、誰が出てくるでしょうか? 守護神の鳥野は、前カードにて怪我をし、登録抹消中です』
『だったら守備固めかなぁ?』
『かもしませんね』
いろいろな憶測が飛び交う放送席。その答えを伝えるように、ウグイス嬢の声が球場に響き渡る。
『秋田フェザンツ、選手の交代です。ピッチャー、大馬に代わりまして……』
いったい誰が投げるのか静まり返った球場に聞こえる名前は、
『倉本。背番号37』
『な、な、なんとこの場面。ルーキーの倉本がリリーフです』
『倉本って言うと……どんな成績だっけ?』
『はい。倉本の今シーズンの成績は、勝ち負けセーブいずれも無し。中継ぎで登板があり、防御率は実に9点台』
『これはもしかするとワンポイントかな?』
『と、言いますと?』
『次、左の筒野』
『あっ、たしかに』
この回の先頭は左の筒野。そしてマウンドに上がるのは左で防御率9点台の倉本。当然、ここは左のワンポイントと思い込む。この球場で彼がこの試合のクローザーであることを知るのは、秋田フェザンツ首脳陣、そして一部の選手のみである。
「本当に打たれたらどうする気だ?」
ブルペンのテレビで試合を観ながら問いかける上杉は、まだ先ほどのやり取りが納得いかないのか、貧乏ゆすりを続けている。
「打たれたらその時はその時。どうせ俺が続投してもそろそろやられてただろうし、準備済み投手は誰かの読み違えでいなかったわけですし。打たれれば予想通り。抑えれば儲けもの」
「そ、それはそうだが」
「長いペナントレース。いい選手はどれだけいても困りませんし、できるなら早い段階で目覚めさせておかないと」
「と、言う事はあの倉本をなんとかする手があると?」
疑心暗鬼気味ながらも、やや期待を持たせながら問いかける。すると彼はブルペン内に備え付けられたテレビへとより集中した視線を向ける。
「倉本は打たれまい、打たれまいと思って力んで、コントロールが乱れている気がする。だったらむしろあれくらいの方がいい。若手はチームの事やら、責任なんか考えず、とにかく自己中心的に好き勝手放らせればいい。と思います」
「お前も十分に若手だけどな」
「だから俺も割と好き勝手してますよ?」
「まぁな」
大馬の場合の好き勝手は、若手の特権が1割、エースの特権が6割、株主の特権が2割、その他1割である。
「でもまぁ、言いたいことは分かる。たしかにあいつは1軍で投げるたびに力んでいたな。それが分かるとは、若手とは思えぬ着眼点だな。何者だ、お前」
「ただ、高校時代の自分がそうだったってだけです。別に見る目があるわけじゃありません。俺、プロに入ってからは一度も『抑えよう』って本気で思ったことはないです。思ったとしても、『楽しい』以上には思わないです」
「たしかにお前、野球やっている時って楽しそうだもんなぁ」
彼が今、プロ野球の第1戦で戦える球界のエースになれたワケは、給料や向上心などと言ったものではない。それらがまったく興味のないわけではないが、好きこそものの得意なれ。ただただ、野球がやっていて楽しいからこそ、気付いた時には成長しているのだ。
「楽しいですよ。なんで? と言われても困りますけど、とにかくすごく楽しいです」
『9回の表、神奈川ナイトスターズの攻撃は、5番、レフト、筒野。背番号25』
左投手対左打者。一般的には左打者が不利だと言われ、この筒野も対右打率は3割を超えるものの、対左打率は3割を切る。その差は2~3分。百分率に直して2~3%だが、野球におけるその差は大きいものだ。
もっとも、今の倉本にそんな左投手の優越感はない。あるとすれば、エースの大馬から2安打を放っている絶好調男を相手にしているという恐怖感だ。
寺西の出したサインに頷くことしかできず、ノーワインドアップから第1球。
「ボ、ボール」
低めに叩きつけたストレートはホームベースに当たって跳ね上がり、いくらキャッチングに定評のある寺西でも捕れない大暴投。この1球にフェザンツファンからは「しっかりしろ」の大合唱。
「ファンなんて気にすんな。倉本」
「は、はい」
そう寺西が励ましをかけるも、以前不安定は消えない。
その次の投球はアウトコースに外れるストレート。続く3球目は高めに外れるストレート。3球連続のボール球でカウント3―0と、非常に悪い内容の立ち上がり。さらに大きくなるブーイングに、倉本は一旦プレートから離れると、胸に手を当て目を閉じて大きく深呼吸。
『(フォアボール出すくらいなら打たれて来い。って言われてたっけ……)』
「よ、よし」
意を決した倉本。寺西のミットを凝視しながらノーワインドアップモーションへ。大馬とかわした、厳密には一方的にかわされた「試合を壊せ」の約束。それを胸に秘めて放った1球。
『(マズイ。インコースベルトあたり。やられるっ)』
寺西の確信は的中する。0―3から来た絶好球を捉えた筒野のスイング。打球はホームランになるほど上がりきらないも、ライトの頭を余裕で超える当たりだと打った瞬間に分かる。
筒野は大きく膨らみながら1塁へ。ライトを守る手嶋はボールから目を切りフェンスの手前10メートル弱まで来ると停止。一度、打球を再確認して少し立ち位置を微調整。ついでにランナー筒野が1塁を蹴ったのを横目にチェックして、また打球へと目線を移す。その直後に打球はライトフェンスへと直撃し、外野を転々。ちょうどその先でクッションボールを待っていた手嶋が素手で拾い上げ、
「うらぁぁぁぁ」
ツーステップほどの助走を付けて大遠投。低く速い返球が2塁に向かって一直線。当たりが当たりだけにスタンディングダブルかと思っていた筒野は、あわてて2塁へと滑り込む。そのおかげでわずかながら余裕を持ったセーフで2塁到達。
『(ノーアウト2塁。いきなり同点のランナーを出してしまったか……けど)』
今の打たれた球。寺西には今までと違うものを感じていた。
『(たしかにさっきの球はコースが悪く痛打された。とはいえ、今までとははっきりと別の球だと分かる。キレがあれらかに違った)』
打たれたけど悪くない球。それが寺西の確信だ。
『(今の球だ。今の球を今度は構えたコースに放ってこい)』
ストレートのサインを送った後、拳でミットを叩き、喧騒の中でもはっきり聞こえるほどの音をさせる。構えたコースは、右バッターボックスに入ったバラートの膝元。
頷いた倉本はセットポジション。鋭い目つきで2塁ランナーを牽制すると、視線を構えられたミットへと向ける。そこから投げ出されるクイックモーションでの初球。
『(っ、逆球)』
構えた所とは文字通り真逆。インコース低めとは逆のアウトコース高めへ。その投球をバラートは初球打ちしようとスイングするが、ボールはそのバットのわずか上を通り過ぎる。
「ストライーク」
構えた所とは違った。だがあまりにキレのいい投球に寺西は、ボールを掴んだミットを3秒ほど制止。先ほど左手に伝わった感覚を思い出し、自分の頭へと刻み込む。
『(正直、大馬の方が何倍もいいボールを何球も、何十球も投げていた。なのに、なのに、なんだ。この気持ちいい感覚は)』
「球速……じゃないよな?」
顔は動かさずに、目だけでバックスクリーンの表示を確認。目を向けてすぐに消えてしまったが、表示されていた数字は間違いなく『136㎞/h』だ。大馬の平均球速よりも10キロ程度遅い。
「いいぞ。その調子だ」
不思議そうにも嬉しそうな笑顔を浮かべながら倉本へとボールを投げ返した寺西。しゃがみこむと、今度はこんな球はどうだ? と、変化球を要求。さすがにランナー無警戒もまずかろうと、ついでに2塁牽制のサインも送っておく。
セットポジションに入った倉本は寺西のミットを凝視。倉本、寺西、そして2塁ランナー・筒野、誰もなかなか動かず。バッターも焦れはじめたところで、最初に動いたのは寺西。ミットを降ろす。それを合図にショート・新谷が2塁へ、倉本は逆モーションで振り返る。遅れて筒野が2塁へ戻り、セカンド・チャリスは2塁バックアップへ。
「セーフ」
なかなかに上手い牽制だったが、筒野は特に積極的に走ってくるようなタイプでもないため、軽く勢いを殺す程度のスライディングで余裕の帰塁。
『(それくらい。それくらいにゆったりでOKだ。ピンチだからって気負わなくていいんだからな)』
若干、気持ちに余裕ができてきたような倉本を見ながら、ミットを構えるは低めインコース寄り。そこへと視線を向けた倉本の2球目。
「ストラック、ツー」
『(お、いいボール)』
少し制球の乱れていたところだが、ここは要求通りのインコース低めカーブ。
『(お前にいったい何があったかは知らん。けど、間違いなく今日のお前はキレている。いいぞ。プロ初セーブ。決めてやろうぜ。お前がその気なら、俺たち先輩がいくらだってフォローしてやるよ)』
できれば進塁打も打たれたくない。サインは低めに沈むフォークボール。
完全に違う、言うなれば新・倉本はセットポジションから3球目。ややアウトコースへと外れるボール球。それがバッター手元で沈みワンバウンド。寺西のミットを弾きワイルドピッチか。そう思われるも、寺西が体を張ってボールを前に落としランナーの進塁を許さない。
カウント1―2。ボールカウントに余裕があるうちに勝負をかけたい、その4球目。
『(くっ、打たれたかっ)』
寺西はマスクを外しながら舌打ち。外を意識し始めたバラートに対し、インハイのストレートを要求。それを詰まらせたまでは良かったが、打球はセカンド真正面のゴロ。セカンド・チャリスが捕球して1塁アウト。しかしこの間にランナーが3塁に進んで1アウト3塁。
3回の表にも似たような状況があったが、あの時との決定的違いは1アウトか2アウトかと言う点。スクイズ、犠牲フライ、内野ゴロ間の生還。それらの可能性があるだけでも、天と地ほど違う厳しさ。
『7番、センター、金田』
さらに、よりによってバッターは強行策も小技もできる金田。前の打席は2アウト2塁で敬遠だったが、ここでフェザンツの取るべき作戦は?
『(勝負するぞ。倉本)』
ベンチから敬遠のサインはない。そして寺西も敬遠はないと判断。ネクストバッターサークルには8番の白羽ではなく、控えの武藤が立っている。さらにその後ろではこちらも控えの上園が待機。敬遠したところでピンチを広げて2者連続の代打が想定できる。ここでの敬遠など自縄自縛に近い。
ここまで左打席に立っていた両打ちの金田は、倉本が左投げのため右打席へ。
内外野は共に1点を許さない前進守備でのバックホーム体勢。
3塁ランナーを少しだけ見てセットポジションに入る倉本。盗塁は九分九厘ないため、特に動きを気にすることなくモーション始動。すると突然バントの構えを取る金田に、倉本は無理やりアウトコースへと外す。
「ボール」
寺西が止めたがあわや暴投。一方で金田のバントの構えはただのゆさぶりで、ランナーも動きを見せていない。左投手に3塁ランナーが見えないのは、ランナーからのゆさぶりを受けないという意味で利点ではあるが、状況が分からないという意味では欠点でもある。
『(倉本。スクイズは気にするな。思い切れ。スクイズは俺たち、内野陣が防ぐ)』
アウトコース高めストレート。イニング始めと違って自信に満ち溢れる倉本が頷く。力いっぱいに振り下ろされた左腕から、きれいなバックスピンのボールが放たれる。コースは要求通り。コントロールミスでもなければ抜けてもいない。今日1番。
が、金田にとっては待っていた球。左足を踏み込み、アウトコースを逆らわずに右へ。
ボールのやや下を叩いた打球はライトへと舞い上がる。
「まずい、上げられた」
マスクを脱ぎ捨て、3塁ランナーのホーム突入に備えてホームベース上へ。倉本はいち早くマウンドを降りると、バックアップ体制をとるためにホーム後方へ。
『(3塁ランナーは……タッチアップ)』
打球は浅いとも深いとも言えない。通常守備での定位置あたり。筒野は当然、ハーフウェイではなく、3塁ベースに付いてのタッチアップ。
長い滞空時間。それだけにチャリスはライトとホームを結ぶ中間地点で中継に。吉崎は落球に備えてライト後方へ。そして落下地点に入っていた手嶋は、3歩4歩、ついでに5歩と後ろに下がる。
まもなくボールが落ちてくる。手嶋はタイミングを計り、筒野は体勢を低くしスタートの準備。
あと少し……あと少しで……
ボールが地面に近づいてきたその時、手嶋が動いた。前へと駆けだしながらグローブを右肩の近くへ。筒野の右足は既に宙に浮いて、左足が辛うじて3塁に接している状況。
「捕った。同点にはっ――」
手嶋が捕球するのと、筒野の左足が3塁から離れるのはほぼ同時。同点のホームへ一心不乱に全力疾走する筒野に対し、手嶋は右手にボールを持ち替えると、捕球前からの助走を生かしつつ送球体勢へ。大きく右腕を後ろに引き、前に振りだすと同時にグローブを付けた左腕を思いっきり後ろへ引く。
「させるかぁぁぁぁっ」
本日2度目のレーザービーム。今回の送球は、十分な助走と準備する時間があったせいで、以前のそれとは大違い。低く速く、そして伸びる。気持ちよさと同時に気持ち悪さをも感じさせる送球は、ホームへ一直線。
『(正捕手の意地に賭けて、ホームは絶対に守り抜くっ)』
ホーム後方を辛うじて空けた、守備妨害スレスレの完全ブロックで捕球体勢。手嶋からの送球がストライクでキャッチャーのミットへ突き刺さる。それからワンテンポ遅れて、筒野のスライディング。足がブロックの隙間からホームベースを狙う。その足へのタッチと、ブロックを突き破るスライディングが交差した。
白いラインパウダーと、薄茶色っぽい砂が舞い上がる。
寺西・筒野、両方が主審へと顔を向けた。
筒野の足は間違いなくホームに入っている。
しかし寺西は間違いなく筒野の足へとタッチはした。
足が早かったか。タッチが早かったか。
主審の判定は……
「アウトぉぉぉぉ」
終わった。
9回表。3つめのアウトが成立した。
それはつまり……
「よし」
寺西はウイニングボールを手に、ガッツポーズ。近くにいた倉本を抱きかかえる。さらにそこへ東海林や北見、チャリスに新谷が突撃。ケルビン、吉崎、手嶋も駆けてきているところを見るに、9人でホーム近辺がもみくちゃになるのも時間の問題であろう。
「大原さん。勝ったじゃないですか」
「そうだな。って、浩介。いつ戻って来てたんだ?」
「ついさっきです」
いつの間にかベンチから消えていたと思えばブルペンに現れ、ブルペンからこつ然と姿を消したと思えばベンチに現れる。神出鬼没がこれほど似合う人間もいない。
「これで6位浮上ですか」
「ついでに、スパークスの結果いかんでは5位と0.5ゲーム差なんだけど」
「それはまずないですよ。大原さん。なにせスパークスの予告先発は大川。相手は新参の愛媛で、それも予告先発はエースじゃないですから。5位と1.5ゲーム差は変わらずでしょう」
チームからしても、予告先発からしても、まず勝てそうもない組み合わせである。なにせ東京ルート製薬スパークスは、順位こそ5位とやや低迷気味であるが、先発に昨シーズン新人王&最多勝の大川がいる挙句、日本最多本塁打記録のバランを筆頭に長打力のある超重量打線を誇るチームだ。
「上の順位はじっくり狙っていきましょうや。大原さん」
全員が帰ってくるのを出迎える監督は、戻ってきた選手へ次々とハイタッチ。寺西はハイタッチの後、手に持っていたボールをベンチの大馬へと軽くトス。
「それ、ウイニングボールな」
「どうも」
左手で捕ったボールを2秒ほど見つめたのち、遅れて帰ってきた倉本の元へ。
「お、大馬先輩……僕……」
打たれろと言われておきながら抑えた事で、どことなく気まずい倉本。おかしな話ではあるが、打たれて勝ち星を消すことは約束であったのは紛れもない事実だ。しかしそんなこと気にせず、大馬は倉本へと持っていたボールをトス。
「ナイス初セーブ。それ、ウイニングボールだ」
「せ、先輩……」
「あ、『小鳥遊』並みに難読の月見里さん。お疲れ様です。なんで3文字系の名前は難読が多いんですかねぇ」
何か言いたそうな倉本を無視した大馬は、ベンチ付近まで来ていた秋田フェザンツ広報の月見里を呼び止める。
「知らんがな。そんなこと。むしろこっちがその理由を知りたいさ」
見た目は30歳くらい。四角いレンズのメガネを掛け、青色ネクタイのスーツ姿。一般企業の次期係長候補平社員のような月見里は、無礼講エースの問いかけも、興味なさそうにあしらって本来の仕事へ。
「今日のヒーローインタビューだけど、浩介。行って来い」
「俺ですか?」
「もちろん。8回1失点の勝利投手がいかずして誰が行く」
「今日はパスしますわ。その代りと言っちゃなんだけど、俺の推薦はあいつで」
大馬が指さした先の倉本を見て、「う~ん」とわざとらしい唸り声を上げながら悩む月見里。
「ファンからしても、24歳の俺なんかより、18歳のあいつの方がいいですよ。それに、俺以外にも客寄せ作った方がいいですって。知ってますよ。俺の登板試合とそれ以外の試合だと、客数が明らかに違うみたいですね」
「24歳がおっさんなら、41歳は定年退職だな」
「いやいや、月見里さんは見た目若いんで大丈夫ですって」
「何が大丈夫なんだよ」
41歳にして年収が300万円を超えていない事か、それともまだ結婚していないことか。いったい何が大丈夫なんだ? と疑問に思って仕方がない。しかし、今考えるべきは、そちらの方ではない。
「ダメならダメで他の人でいいですわ。ただ、今日の俺はパスで」
「エースの推薦だししゃあねぇか。よっしゃ。分かった。今日は倉本でいこう」
「あざっす」
ヒーローインタビューに行く予定の無くなった大馬。「お疲れ様で~す」と間延びしたあいさつの後、焼肉をおごってくれる寺西先輩を連れてベンチ裏へと消えて行った。
「さてと……倉本」
「はい。えっと……こ、つきみざとさん、でしたっけ?」
「やまなし」
「す、すみません」
「間違われるのは慣れてるからいいさ。それにまだ倉本はルーキーだしな。覚えていないのも仕方ない」
呆れるわけでも怒るわけでもなく、いたって普通の表情の月見里。
「それで倉本。行って来い」
「どこにですか?」
「ヒーローインタビュー。初セーブだろ」
「え? ここは勝利投手の大馬先輩じゃ……」
「拒否された。それでお前を行かせろと」
早く行って来い。と、お立ち台を指さす。そこには地元テレビ局を始めとした報道陣たちが、ヒーローが出てくるのを今か今かと待ちわびている。
「ほら、早く行け。エース様からの推薦だぞ」
「は、はい。行ってきます」
お立ち台に行けと言われて断ることもできず。プロ入り後、初のお立ち台に上った倉本だが、ガチガチすぎて何度も噛み、言い間違え、笑いのネタになったのは言うまでもない。
『いやぁ、初々しさあふれるヒーローインタビューでしたね』
『ルーキーらしい、ルーキーらしい。いいよいいよ。今日の試合はよかったよ』
『さぁ、解説の浜井さんが絶賛のこの試合。ハイライトで振り返って見ましょう』
監督のインタビューも始まるところで、テレビの方はハイライトへ向かった。