最終話 まだ序盤
「なかなか面白いヒーローインタビューじゃないですか」
「人の不幸の味はおいしいか?」
「蜜の味です。てか、不幸なんですかね。あれ」
帰ったかと思わせて、実はまだ帰っていなかった大馬。なにせ、さすがにユニフォーム姿で帰るわけにはいかない。着替えたり、シャワーを浴びたりする必要もあるのだ。今はロッカールームにて山野投手コーチと雑談中である。
「でもこれでよかったじゃないですか。だって、倉本のボールも復活したでしょ。ね、秋田フェザンツの正捕手で寺西選手?」
「ん? まぁ、最初の方はともかく、後の方はいい球だったかな。ググッと来る力のこもったいい球だった」
道具を手入れしながら答える寺西。
「だそうですよ、コーチ。もう最強じゃないですか。大馬、鳥野に、倉本。秋田フェザンツ盤石投手陣ですよ。頭文字を取って、OTKってとこですか?」
「「オタク?」」
「やめましょう。この略称」
自分で提案しておきながら、わずか3秒で却下。
盤石投手陣と言うよりは、東京遠征が秋葉原遠征と化すグループになりかねない。
「たしかにこの試合、倉本は序盤はともかくとして、いい投球をしたように見える。だがな、ハーラートップ独走中のお前や、今は戦線を離れているが、絶対的守護神の鳥野に比べると安定感に欠ける。今日の試合だけで安定感は判断できない」
「山野コーチ、それでいいんですよ。どうせまだシーズンは始まったばかり。その序盤で『使える』『使えない』はともかくとして『使えるかもしれない』と言う事が分かっただけでも大きいですよ。ウチは特に選手層も薄いですし、経営的にも厳しい分、外国人助っ人の緊急補強もできないですし」
「どうする、大馬。来年から投手コーチ兼任するか?」
「やめときます。あくまでもこれは経営陣的判断です」
今日は打線がかみ合わなかったが、秋田フェザンツは2部所属球団および新参組の中では、最も打線の強いチーム。それが7位に甘んじていたのは、何よりも投手力不足が原因である。
大馬・鳥野の2枚看板はいたが、大馬は先発で、仮に中4日のヘビーローテーションで回しても、休みを考慮しない場合5試合に1試合しか登板できない。そして鳥野は、投球スタイルや性格が先発に向かないのか、起用方法は1試合あたり1~2イニング程度の中継ぎ・抑えに限られる。つまり、大馬・鳥野の2人をフル活用したところで、それはリーグ戦全試合全イニングに対して20~25%でしか使えないことになる。さらに言えばこの2人が投げれば絶対に勝てるというわけではなく、大馬はこの時点で1敗、鳥野も2回の救援失敗うち1回で敗戦を喫している。
高校野球とは違い、1人の絶対的エースで勝ち進むのは不可能なのがプロ野球である。
「うちが勝とうと思うと、できることは2つ。打線を強化して点を取られた以上に取り返す。それこそ東京ルート製薬スパークス並みの乱打戦に持ち込む」
「もしくは、俺、鳥野以外に安定した投手を発掘するか。ですね」
ユニフォームを脱いでシャワーを浴びに行こうとする寺西が、去り際にそう言い残し、それを大馬が補足する。
「スパークス並みの乱打戦、ねぇ」
「ほら、今日のスパークスの試合、テレビでやってますよ。ほんと、爆発炎上してるじゃないですか。ルート製薬って火薬でも作ってるんじゃないですかねぇ」
山野はロッカールームのテレビで他球場の試合経過を確認。新参組の愛媛を相手にしている東京ルート製薬の試合速報は7回を終わって14―4。自称・投手力のチームである愛媛から14点を奪い、打力の低い新参・愛媛に4失点するという一応投手崩壊乱打戦である。
長打力と巧打力を併せ持つ、若き核弾頭・山河。俊足巧打のクセモノ・川野。日本プロ野球シーズン最多本塁打記録保持者のバラン。スパークスが誇る和製大砲・畑島。そして国際大会『International Baseball Championship in Japan』、通称・IBCJにてブラジル代表として出場した登録名『裕二』こと松井裕二。
攻撃は最大の防御と言わんばかりの超攻撃的オーダーを誇る東京ルート製薬スパークス。攻撃力と言えば一般的には東京買得ギガンテスの印象ではあるが、実際に超攻撃偏重の打ち勝つ野球と言えばスパークスである。
「いくらウチでもこれはできないだろうなぁ」
打撃に自信があるとはいえ、スパークスには敵わない。そう判断する。
「だとすると答えは1つですね」
大学時代の大馬やこの試合の倉本のように、気の持ち方次第で投球が劇的に変化するケース。プロ1年目前半は先発でボロボロも、1年目後半以降は中継ぎ・抑えで大活躍した鳥野のように、起用法次第で化けるケース。ピッチャーは心理状態や細かい技術が大きな影響を及ぼすだけに、このような突然変異が起きやすく、裏を返すと後者の方が可能性はあると言える。
「ここは山野投手コーチの手腕が発揮されるところです。今年のペナントレースは山野コーチにかかってますよ」
「よし、お前も手伝え。倉本を復活させた力量、他の場で発揮させてもらおう」
「選手に無茶言わんでください。あくまでもあれは、俺のアマ時代とあいつの現在が同じような状況だったからです。他の選手は知りません」
大馬もユニフォームを脱ぎ、シャワーに向かおうとする。それを山野が話しかけて間接的に阻止しようとするも、焼肉おごりが待っている大馬に無駄な時間はない。完全に無視してシャワーへ。
「よっ。今日の勝利投手に何か言いたいことはないか?」
「そうだなぁ。なんで球団社長の部屋に、まるで自分の部屋かのように入って来れるのかが聞きたい」
大馬浩介はノックも無しに、当然のように球団社長室へ。そしてやはり当然のようにソファに座ると、結局当然のようにテレビの電源を付ける。
「しれっとテレビを付けるな。もう7時半だ。そろそろ帰ろうと思ってたのに」
「仕方ないだろ。今日は寺西先輩と焼肉食ってきたんだから」
「飲んだ?」
「日本酒少し」
浩介はあまり飲むタイプではないが、酒には滅法強い。度数の強い酒を多少飲んだとしても、問題なく三平方の定理を証明できてしまうくらいに酔わない。
「それはそうとだ。8回1失点だぜ? 好投だぜ? 7勝でハーラートップだぜ。年俸アップ間違い無しだろ。最多勝利、間違いなし」
今は交流戦も間近に迫った4月終盤。その時期にして7勝と言う事は、ペースを落とさなければ30勝を越えるほど。ローテーションの確立された昨今に限定すれば、日本記録間違いなしである。
「今でも十分なほどに払ってるつもりだが?」
「なんで去年の成績が12勝5敗で3000万円なんだよ。いくらCクラスの7位とはいえ、貯金7のピッチャーがそれだけって。俺、集客やグッズ売り上げにも貢献してるだろ? 寺西先輩だって、チームリーダーやらせておいて年俸ケチってんだろ?」
年俸制限のできた今でも、他のチームでは倍以上の年俸提示はあることだろう。しかし秋田フェザンツの場合はそうもいかないようで。
「それは悪く思ってる。けど、本当に経営が厳しいんだ。球場の購入時にした融資の返済。遠征費用や、施設維持費。チームとしては地域活性化にも資金投入しないわけにはいかないし。ついでに固定資産税も。超一流の親会社がある古参組とは違うんだよ」
「そ、それは分かるよ。うん。一応、ここの主要株主だし。この間、ちょっと財務諸表を見せてもらったけど、なんとかやりくりしての微黒字だったよな」
「いつの間に? そもそも財務諸表を読めるのか?」
「まぁ、分からなくはない程度だけどな。収支とんとんってのくらいは分かった。たしか去年度会計期の税引き後純利益が2000万円くらいだっけ? 人件費を削りに削って」
古参の12球団を保有するのは例外を除いて超一流企業ばかりで、広告費として会社から球団へ大量の資金投入がされることもある。一方で新参の4球団やドリームリーグ所属球団の場合、一流企業であっても古参並に資金投入ができず、社会人野球部の上位互換程度に考えて親会社が保有しているケース。プロサッカーのように毎年いくつかの公式スポンサーを募ってそれで運営しているケース。秋田フェザンツのようにほぼ他社の資金的援助は無く、実質的に球団単体で経営を成立させている独立財政のケースなどが存在する。そうなると古参組と新参&2部で経済力に差があるのは仕方がない事である。
しかしそれを知っている大馬も脱力してしまう。
「でもさぁ、だったらどうして東広島レッドスナッパースはフェザンツと同じような状況なのにすげぇんだよ。昔からFA選手取らなかったり、てか取れなかったり、むしろ逆にFAで出て行かれたり、財政力の厳しさは有名だったけど俺たちより財政力はあるぜ?」
「あそこは広島県民が自分たちで支えるんだ。って意識が凄いからなぁ。それに存外、県外で女性陣から人気がある。ウチはまだできたばっかりだし、交通網とかの問題で潜在顧客が少ないんだよ。それを良くしようと地元の交通関係の会社に話はしてるけど、そっちの方の設備投資も痛いし」
「FAしようかなぁ。年俸低いし」
「ま、あと数年待て。そしたら財政状況もなんとかなるかもしれないから。どうせFA権取得に時間もかかるし」
「そうなんだよなぁ……トレード、志願します」
「ダメ」
「ウェーバー公示してくれ。移籍が決まったら400万円入るぞ」
「ダメ」
不満そうな浩介はソファにへたりこんだままで、特に見たくもない刑事ドラマを生気のない目で見続ける。
「で、浩介。なんとか今日の試合でフェザンツは6位に浮上したわけだが、これで新参組が弱小だってことのアンチテーゼができたわけだ。とりあえずはこれで大丈夫かな?」
「どうだかな。あの新名部義経がこの程度でそう簡単に身を引くかな。それに、アンチテーゼはペナントレース終了まで守り続ける必要がある。三日天下じゃ『偶然だ』で片づけられかねない。まぁ、天下と言っておきながらたかが6位だけど」
「そうだよな……だったらどうだ。いっそこの事を他のオーナーに話して反ギガンテス連合を作って……」
「八百長か? 野球協約違反だ」
たしかに他チームと連合して新参組を無理やり上位に押し上げることも理論的には可能である。しかしそれは紛れもなく野球協約355条――敗退行為の禁止に違反する行為に該当してしまう。仮にそれがなくとも、選手、球団は『意図的に負ける行為』を認めるとは思えない。意図的に負ける行為・順位を下げる結果は選手・球団のプライドを傷付けることになるほか、各球団にとって経営的なダメージにもなり得る。そしてもしその件が表に流出しようものならば、金の亡者たるマスコミが黙っているわけがないのだ。
だからこそ大きな力を持つギガンテス以外の古参組も、信用することができても頼ることができない。つまりこの場で信じ、同時に頼ることができるものは少ない。
「年俸、契約金、経常利益。プロは選手も経営陣も、金と欲にまみれた汚い世界だってのは否定しない。俺だってFA権があったら、いい契約条件の所を目指して真っ先に宣言するだろうしな。結局、選手にとって野球は『金儲けのための仕事』なんだ」
一旦はプロ野球という世界を非難する。しかしその直後に「だが」と付け加えた。
「プロ野球は子供たちに、ファンに、夢と希望を与える世界でもある。汚い世界かもしれないけど、一方で素晴らしい世界でもあるんだ。俺は、そんな世界をあんなヤツに渡しはしない。あの新名部からこの世界、日本プロ野球を守ることができるのは俺たち、新参組しか……いや」
言い切りかけて言い直す。
パ・リーグ所属の新参組、栃木モンキースは去年1部に昇格したばかりで古参とやりあう力はなく、ましてや今年昇格したばかりの岡山ピーチカルテッツ、愛媛ホワイトドッグスはそれ以上に力がない。つまり頼られる存在は1つに限られた。
唯一、3年連続1部リーグの新参組――
「俺たち、秋田フェザンツしかねぇ」
「社長」
「何か用か?」
「秋田フェザンツが神奈川ナイトスターズを下し、6位に浮上したようです」
女性秘書が東京買得ギガンテスの球団社長、新名部義経に報告する。しかし新名部はその報告に驚きも怒りもせず、普段通りの様子でタバコをふかしている。むしろ笑みすらも感じ取ることができる。
「そのくらい知っておるよ。少しネット中継で試合を見させてもらったが……いやぁ、まったくナイスゲームだったよ。投手戦、むしろ守備戦とでも言うべきかな。お互いに好プレーが連発する試合。あの試合にサブタイトルを付けるなら『ファインプレー集』と言ったところか」
余裕を演じ、いや、心から余裕を持って拍手を送る。
「で、では、ギガンテスがチーターズの神見に完封で負けたのは……」
「もちろんそれも知っている」
「そ、そうでしたか」
「秋田フェザンツ。新参にして古参の上を行くとは大したものだ。特に大馬浩介君。20そこそこの齢にしてプロ第一線で戦えるとはすばらしい。最近は面白い選手ばかりだ。北海道食品の二刀流・小谷翔汰は、それこそ投手をしながらに上位を打てる逸材。西摂のルーキー捕手・梅崎龍太は、ウチの安形の後継人にふさわしい人材だ。いつかウチに欲しいものだ」
「そ、そうですね……」
広がるに大きな夢に、もはや秘書はついていけなさそうな顔で相槌。だが、すぐ新名部は面白そうな顔から真面目な顔へと表情を変える。
「たしかにフェザンツはいい選手を持っている。しかし、まだペナントレースは始まったばかり。開幕スタートダッシュより、中盤・後半の方が体力のある古参の力だが出るもの。その体力の差に付けこむ手を打てば、古参を切り崩すのはそう難しい事じゃない」
短くなったタバコを灰皿に押し付け火を消すと、胸ポケットから新たなタバコを取り出す。
「ペナントは途中で何位かじゃない。最終的に何位かだ。新参ごときが古参を抑えて上位にいけるわけがないだろう。くっくっく、貴様らの命運も今年で尽きるまでだ。もっとも、若者の悪あがきくらい見届けてやらないでもないがな……」
「そう……ですね。たしかに長いペナントレース。序盤はどの選手も体力は十分ですし、疲労の溜まってくる夏頃からが大きく力を分けるでしょうね」
「君もそう思うか。はっはっは」
秘書の一見的確とも思える指摘に、その場の流れと面倒くささを理由に同調して高笑いする新名部。しかし心の内では彼女をあざ笑う。
『(ふん。バカが。何が『選手』だ。プロ野球の世界で勝負を決めるのは『選手』なんかじゃない。結局はその選手を動かす『金』だ。金こそがペナントレースで勝ち抜くための体力だ。新参と古参の資金力の差。それをこれから見せてやろうじゃないか。たかが選手ごときが金の力に勝てると思うなよ)』
日本プロ野球と言う『夢』を守るため、片や日本プロ野球と言う『ビジネスモデル』を守るため、水面下で激突する2人の意地。
残された時間はシーズン終了までの約5ヶ月。
球史に残る下剋上への挑戦が始まった。
プロ野球への天道しかり、今作しかり、金儲けを敵視するような内容を書いているわけですが、
日下田は別に金儲けがいけないことだとは思っていません
純粋に極端な金儲け主義は物語的に敵役にしやすいからです
ついでに新規チーム名
元ネタは桃太郎
秋田フェザンツ(キジ)
栃木モンキース(サル)
愛媛ホワイトドッグス(イヌ)
岡山ピーチカルテッツ(桃・4人組)
さて、ひとまず今話で終了です
連載予定がない読み切り式なのは『孤高のマウンド』と同じですね




