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キルロイド  作者: 武嶌剛
第一章 謎の美少女
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キルロイド

 時刻は、深夜を回っていた。


 一日の疲労をすべてぶつけるように、秀一がベッドへ倒れ込むと、


(くそ。母さんのばか。こんな時に説教なんかするかよ……)


 そう胸中で毒づいた。

 こんな時、過保護の親は困る。夜中に傷だらけで帰れば心配するのも無理はないが、説教などは明日でもいいだろうに……


(それに、謎は迷宮入りともきたもんだ。まったくサイアクな日だったな、ちくしょう……)


 秀一は怪我した身体を押して、金属探知機で部屋を調べたのだが、カメラは一台も見つからなかった。つまり、とんだ無駄足だったのだ。


 結局、ナルルデジタルデータ流出事件の真相も、あの殺人少女の目的も、何一つ分からず、謎のままというわけだ。まったくスッキリしない話である。


 そうイライラした気分で秀一が横になっていると、廊下からいつもの足音が聞こえてきた。


 彼はむくりと起き上がると、ドアのノックに返事して、彼女を部屋に迎え入れた。


「怪我はうずく? わたし、そろそろ帰るけど、ちゃんと眠れそうかしら?」


 むろん、それは春香であった。彼女は、自分の帰りが遅いことを心配して、母親と一緒に残っていてくれたらしい。なんでも、もう少し帰りが遅ければ警察沙汰になっていたとのことだ。


「ええ。なんだかすみません。春香さんにもこんな夜中まで迷惑かけてしまって」

「気にしないで。自転車で転んじゃったんだものね。仕方ないわ」

「いや、自分の不注意ですから……」


 もちろんそれは嘘である。本当の話をしたところで信じてもらえるわけがないからだ。まさか見知らぬ美少女に殺されかけたなんて――


 それから春香は後ろ手でドアを閉めると、急にこんなことを言い出した。


「それにしても、あまりにすごい怪我だったから……わたし、てっきり未来からやってきたロボットにでも襲われたのかと思っちゃったわよ」

「はは……春香さんが珍しいですね。そんな冗談をいうなんて――」


 そう言いかけたところで、秀一は言葉を飲み込んだ。

 ふと、ひっかかりを覚えたのだ。


(……ロボット……?)


 フェンスを切り裂く手刀に、ボンネットを破壊した謎のビーム。それからアスファルトを無音で滑走していた未知のブーツ……


 すべて、なんとなく合点がついてしまう。


「……」

「どうしたの、秀一くん? 急に黙って――」


 彼女は、いつものように微笑んでいた。そう、いつものように……なにを考えているのかよくわからない表情である――


 首を傾げながら、春香はこう続けた。


「いつもの秀一くんなら、こんな時は『俗物的な映画の見過ぎですよ、春香さん』みたいに、茶化した台詞を口にするんじゃないかしら?」


(なっ――)


 スプリングの音を軋ませながら、秀一が慌ててベッドの上で後ずさる。


「……その様子だと、本当に襲われたみたいね……」


 それは彼女のいつもの声色とは違っていた。いつものおっとりした言葉遣いから、おそろしく冷ややかな口調になっている。


 たまらず秀一が悲鳴をあげようとすると――


 その口は瞬時に塞がれていた。目にも止まらぬ速技で、彼女がいつの間にかベッドの上まで移動していたのである。


 漂うアロマの匂い。その甘い香りが今は危険なものに思えた。


「大丈夫。安心しなさい。私は味方よ。……騒がないと約束できるなら頷いて。三秒後に口を離すわ」


 秀一がコクコクと頷くと、彼女は約束通り、三秒後きっかりに拘束を解除してくれた。


「春香さん……いったい、何者なの……」

「私も貴方を襲ったロボットも、どちらも未来からやってきた存在なの。そして、貴方を襲ったロボットの正式名称は『キルロイド』。限りなく人間に近い姿をした殺人兵器なの」

(あの子が未来のロボットで……殺人兵器だって……?)


 普段の自分であれば、くだらない作り話だと思ったはずだ。しかし、一日を思い返せば根拠ばかりが山ほど集まる。反論のほうが難しい。


 さらに一階から母親の足音が聞こえてくると、春香はベッドを離れて、彼に背中を向けた。


「待ってよ。話はまだ終わってないのに――」


 だが、春香はすでに、いつもの調子に戻っていた。


「今日はもう遅いでしょう。お母様も心配するわ。話は……そうね。また明日の放課後にでも改めましょう?」


 そう言って彼女がドアを出ると、ちょうど母親と出会い頭になったらしい。


「あら、春香ちゃん。やっぱり帰るの? 今日、泊まっていっても良いのよ。若い女の子が危ないじゃない」

「ええ、お気持ちは嬉しいですが、大丈夫です。家も近いですしね」


 そうして見事な社交辞令をかわしてみせて、彼女は家を去っていった。


 しばらくして、母親が寝室に入った音を耳にすると、秀一は手元に握っていた名刺をあらためて見てみた。

 それは先ほど口を塞がれた時、彼女にこっそり渡されたものだった。


(如月、春香……)


 華やかなデザインで印刷された名前を読み上げると――


 秀一は、しばらく無言で呆けていた。


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