第004話 前哨戦
俺が前世の記憶を取り戻してから季節が過ぎ去り、一年弱が経過した。
現在地は魔の大森林の最深部。以前訪れた結晶の岩場よりも遥かに危険なこの場所には、強大な力を持つ魔物がひしめいている。
今もまさに、巨大な熊型の魔物が群れを成して俺に襲いかかっていた。
「しっ……!」
「「ギャァァァッ!?」」
そいつらを、俺は剣の一振りでまとめて薙ぎ払った。
小さな街なら一体でも滅ぼせる魔物達。一年前の俺なら、逆に瞬殺されていたであろう怪物達は、地響きを上げて倒れ伏した。
「……!? 来たか……!」
すると、強大な気配が高速で近づいてくるのを感じた。
どうやら目当ての相手が来てくれたようだ。
俺は剣を握り直し、この魔境の主とも言える存在を待ち構えた。
「——ギギギギギ……ギシャァァァァッ!!」
そして森の奥の暗がりから姿を現したのは、人の背丈を越える巨大カマキリだった。
金属質な咆哮を上げながら、威圧するように六本の腕を広げている。
強烈な殺気に当てられ、うなじのあたりがチリチリする。
カオスマキアにおける隠しボスの一体、アスラマンティスだ。
闘神の名を冠する最強格の魔蟲で、ヴァッカスドラゴンと同格とされているが、その戦闘力は頭ひとつ抜けている。
今瞬殺した熊達とは比べ物にならない、文句なしの強敵だ。
しかしこいつを倒せないようでは、勇者相手に生き残ることもできない……!
「おぉぉぉぉっ!!」
俺は弱気を打ち消すように雄叫びを上げ、奴に向かって大地を蹴った。
「ギシュッ!」
奴の体から緑色の魔力光が溢れ、幾つもの風の刃が放たれた。
音速で迫る死の刃の群れ。俺はそれら全てを紙一重で避け、間合いを潰していく。
そして一足一刀の距離になった瞬間、奴がその六本腕をゆらりと構えた。
奴の腕先には、一対の鎌、拳、剣が備わっている。
それら全てが烟る様な速度で動き、俺の命を刈り取るために迫る。
ギキキィンッ!
まるで六つ子の達人が振るったかのような超高速の連撃。
俺はそれらを躱し、剣で弾き、生じた僅かな隙目掛けて武技を打ち込んだ。
「獄炎爪斬!」
ガァンッ!
しかし、手に帰ってきたのは恐ろしく硬い感触。
地獄の炎を纏った超高温の斬撃は、奴の胸部の甲殻を僅かに傷つけただけだった。
この手応え……凄まじい身体強化に加え、甲殻本来の強度が異常なんだ。だが……!
「一撃で通らなければ……何度も打ち込むだけのこと!」
「シャァァァッ!」
叫ぶ俺に、奴が咆哮で応える。
その後斬り合いは一時間以上も続き、切り結んだ回数は数千合を数えた。
俺の体には細かな傷が無数に刻まれ、奴は胸の甲殻にいくつか傷跡が刻まれている以外無傷だ。
普通なら不利を悟って逃げ出したくなる状況だ。しかし俺は奴の猛攻を掻い潜り、その胸部へ何度目かの武技を打ち込んだ。
「氷竜爪斬!」
バキンッ……!
手に帰ってきたのは確かな破壊の感覚。
俺が放った絶対零度の斬撃は、アスラマンティスの胸の甲殻を打ち砕いていた。
よし……!
俺は超高温の斬撃と超低温の斬撃を、幾度も交互に打ち込んできた。
それらによって奴の甲殻には熱疲労が生じ、その強度を著しく低下させたのだ。
奴の割れた甲殻の向こう側には、柔らかそうな筋繊維が見える。
「ギッ!? ギガァッ!!」
その瞬間、奴の殺気が爆裂するかのように膨れ上がり、六本の腕が異様な速度で駆動した。
アスラマンティスの奥の手、六つの武技を同時に繰り出す絶技だ。
今までと同じ方法でこれを受け切ることは不可能。しかし、奥の手を隠していたのはこちらも同じだ……!
「金剛硬体!」
自身の体を、世界最硬と言われるアダマンタイト並みに硬質化させる最上級の防御魔法。
その発動の直後、一撃必殺の攻撃が六つ同時に俺に炸裂した。
ドガァッ!!
全てを捌き切ることは出来なかった。
俺の剣は奴の拳に叩き折られ、鎌と剣を一撃ずつくらってしまった。
しかし致命傷には至らなかった。奴の斬撃は、硬質化した俺の体に浅く食い込んだだけだった。
アスラマンティスの複眼に驚愕の色が浮かぶ。俺は獰猛に笑い返し、折れた剣を放って拳を握った。
「ぜぁっ!!」
ドグッ……!
振るった拳は奴の胸の穴に突き刺さり、筋繊維を突き破り、内部組織を致命的に破壊した。
「ギッ……! ゴボッ……ギィィ……」
一瞬の硬直の後、アスラマンティスは大量の血を吐き、大地に倒れ伏した。
「ふぅー……アスラマンティスよ。俺様の軍門に降れ……! 調伏!」
奴にかざした俺の手から幾重にも魔法陣が展開され、禍々しい黒い光を放ちながら奴を包む。
光はそのまま奴の体に沈み込み、奴と俺との間に確かな繋がりが生まれた。
おぉ、一発で成功したよ……
安堵と疲労で、俺はよろよろとその場に座り込んだ。
「——見事なり。実に心躍る殺し合いだった……これより、我は貴公に仕えよう。我が主人、デュランよ」
すると、武人めいた渋い声が聞こえてきた。
声がした方に目を向けると、倒れたアスラマンティスがこちらをじっと見つめていた。
どうやら彼も年月を経た知性ある魔物らしい。
「うむ、よろしく頼む。お前のような手練を仲間にできて嬉しく思うぞ。本当にな……」
なんとなく周囲を見回すと、直径数百メートルの範囲で木々が残らず薙ぎ倒され、地面もえぐれてめちゃくちゃな状態になっていた。
その光景が俺達の戦いの激しさを物語っていた。
アスラマンティスは、隠しボスの中でも特に討伐難度が高い魔物だ。
まずどこかの酔いどれドラゴンと違って、チートめいた攻略法が存在しない。
扱う風魔法は強力無比で、六つの武技を同時発動させる絶技は凄まじい瞬間火力を誇る。おまけに防御力もピカイチだ。
加えて技量も達人級で超好戦的……というかはっきり言って戦闘狂だ。
それだけに、勇者との戦いの前哨戦としてはもってこいの相手だった。
あのアスラマンティスを倒せたんだ。きっと絶大な力を持つ勇者相手にも生き残れるだろう。
ちなみに、そんな強敵に何故タイマンで挑んだのかと言うと……この戦闘狂の場合、大人数で囲んで倒しても仲間になってくれなそうだなと思ったからだ。
調伏も一発で成功したから、多分正解だったんだろう。
「ゴフッ……」
咳き込む声に視線を戻すと、アスラマンティスがぐったりと脱力していた。呼吸も止まりかけている。あ、やばい。
「申し訳ない主人よ……貴公に仕えること、叶わぬやもしれん……」
「ま、待て、逝くな! すぐ治療する! お前達、もう出てきていいぞ!」
慌てて声を上げると、森の奥から地響きを上げて魔物の大群が現れた。
その数はおよそ一万。構成はまさに多種多様で、一見弱そうな青いタヌキのような魔物から、立体化した影のような魔物、そして小山のように巨大なゴーレムの姿まである。
一年弱の間、この魔の大森林でひたすらに魔物を倒し、仲間の数を増やし続けた結果だ。
以前はたった二匹しかいなかったのに、随分と大所帯になったものだ。
そして魔物使いである俺は、仲間が増えるほど経験値効率が上昇する。
結果、俺の位階は異常な速度で上昇し、現在はおそらく種族限界値付近にまで達しているはずだ。
さらに、模倣という新しいスキルも習得した。
これは仲間にした魔物のスキルをコピーできる超有用な魔法で、さっき戦闘中に使った武技や魔法もみんなからコピーさせてもらったものだ。
魔物使い……つくづく大器晩成型の天職だな。
さておき、今は早くアスラマンティスを助けないと。
「ヴァッカス! 急患だ、来てくれ!」
俺の急かす声に、魔物達の中から巨大な白竜が進み出た。
「はいはい。全く、デュランてば人使いが荒いんだから……」
めんどくさそうにしながらも、彼女はすぐに最上級の範囲回復魔法を使ってくれた。
彼女から発された清浄な光が、俺とアスラマンティスの傷を癒やし始める。
この魔法もコピーさせてもらったが、まだ技量の面で彼女には敵わない。
「ふぅ……いつも助かる。治療費は竜王の泪でいいな?」
「ふふん、分かってるじゃない。新入りさん。あなたも感謝しなさいよね?
あ、あなたお酒飲める? このあたしが、飛び切り美味しいのを飲ませてあげるわ」
「む……かたじけない。酒は嗜む程度には……」
ヴァッカスが早速アスラマンティスに先輩風を吹かせている。でもその酒って、多分俺からの横流し品だよな……?
「デュラン様ー!」
「ワンワン!」
声に振り返ると、魔物の群れの中からラミルルとベルが飛び出してきた。
突進するような勢いで向かってくる彼女達に、俺は慌てて立ち上がった。
ドンッ……!
重量感のある音と共にラミルルを受け止めると、彼女はそのまま俺を思い切り抱きしめた。
今のラミルルは、装甲メイド服とウォーハンマーを装備している。そこに彼女自身の重さも加わり、総重量はえらいことになっているのだ。
一方ベルはというと、おとなしく側にお座りしている。エラい。
「ご無事で……ご無事で本当に良かったですぅー……! 手出し無用って言われてたのに、わたし、何度も飛び出しそうになってしまいましたぁ……」
その涙声にちくちくと罪悪感が刺激される。彼女に全身を包み込まれているので見えないけど、また泣かせてしまったようだ。
必要な戦いだったとはいえ、もう少しやり方があったのかもしれない。
ところで、彼女の豊満すぎる胸部のお陰で呼吸が全くできない……
俺が控えめに腕をタップすると、彼女はすぐに解放してくれた。
「あっ……ご、ごめんなさい! く、苦しかったですよね……?」
「ぶはっ……! ふぅ。少々天国に行きかけたが、大丈夫だ、問題ない」
目の前に立つラミルルをみて思う。彼女は本当に変わった。
オドオドとこちらの顔色を窺っていた頃と違い、目に強い光が宿り、優しさの中にも芯の強さがある印象だ。
俺ともかなり打ち解けてくれたらしく、結構気安く接してくれるようになった。すごく嬉しい。
ヴァッカスを仲間にした後、彼女は俺の修行に同行したいと申し出てくれた。
優しい彼女に戦いは向かないのではと思ったのだけれど、その意思は固かった。
以降、彼女は俺と一緒に過酷な魔の大森林に潜り続け、精神的にも肉体的にも強くなった。
最初は戸惑っていた重戦士の天職も今では受け入れ、かなりの手練に成長している。
——あと体の成長もすごい。俺も多少は背が伸びたが、彼女からしたら誤差みたいなもんだ。
彼女の身長は2mに達したし、さっきも身をもって知ったけど、その、各部の発達がものすごい。
「さて、俺達の怪我も治ったようだな。早速だが、アスラマンティスの歓迎会をするとしよう。福利厚生は大事だからな」
俺はそういうと、どこからともなく大量の食料と巨大な酒樽を取り出した。
これも仲間からコピーさせてもらったスキルで、いわゆるアイテムボックス的な魔法だ。めちゃくちゃ便利で助かっている。
ちなみにコピー元は、アオムジナという青い狸型の魔物だ……
「ラミルル、手伝いを頼む。位階が上がったとはいえ、流石に一万人分の料理を一人でするのは大変だ」
「はい、お任せください! ベルちゃん、火を起こしてくれる?」
「ワオン!」
俺は彼女達が楽しそうに準備を始めるのを脇目に、改めて万軍に達した仲間達を見回した。
今から一週間後、魔界は人界への侵攻を開始する。
そして一ヶ月後には、俺はあの強大な力を持つ勇者と対峙しているはずだ。
限られた期間で最大限戦力を拡充し、俺自身も限界まで鍛え上げた。
大丈夫だ。俺は絶対に生き残って、ラストエンディングを拝むことができるはずだ。
——でもなんでだろう。何かが引っ掛かる。俺は、何か重大なことを見落としているのか……?




