第001話 余命一年のオーク
「や、やった……!」
薄暗い部屋の中、俺はコントローラーを握りしめながら歓声を上げた。
目の前のモニターにはゲームのクリア画面が映っていて、シンプルなテキストメッセージが添えられている。
『No.100:混沌を払う者 へのルートが解放されました』
「長かった……これでようやく、ラストエンディングを拝めるぞ……!」
今俺がプレイしているのは、カオスマキアという大人気RPGだ。
勇者が魔王を倒すという王道ストーリーながら、やり込み要素が凄くて、俺は「一生遊べるRPG」という謳い文句に釣られて買った。
結果、凝り性なこともあって激ハマりし、全100個中99個ものエンディングを回収してしまった。
社畜生活で体を壊してそのまま仕事を辞めたので、他にやることが無かったというのも大きいけど……
「やっぱり、他の全てのエンディングを回収するのが解放条件だったか。このルートをやるの、俺が世界初なんじゃないか……!? よし、すぐに続きを——」
そう興奮気味に呟いたところで、強烈な目眩と虚脱感に襲われた。
俺はそのまま椅子から床に転げ落ち、エナドリの空き缶が音を立てて散乱した。
「痛っ……あ、あれ……力が、入らない……?」
起き上がろうにも体が言うことを聞かず、目の前が徐々に暗くなっていく。
もしかしてこれ、やばい状況か……? そういえば俺、いつから飯食ってないんだ……? 最後に眠ったのって、一体いつだ……!?
「だ、誰か……救急車……病院……」
か細い声が一人暮らしの部屋の中に小さく響く。
そのまま五感が次々に閉じていき、意識が混濁し、思考もままならなくなっていく。
最後に感じたのは、死への強烈な恐怖、孤独感と後悔。
そして、ラストエンディングを見られない悔しさだった。
***
「——ハッ!?」
次に気が付くと、俺は見覚えの無い洋風の部屋でソファに座っていた。
「あ、あれ……俺、生きてるのか……? でもここは……?」
「あ、あのぉ、どうかされましたか……?」
混乱しながら呟くと、頭上から可愛らしい声が降ってきた。
俺は反射的にそちらを振り仰ぎ……
「うぉっ……」
思わず変な声が出た。
そこにいたのは、大きい、とにかく全てが大きい女の子だった。
身長は多分2m近い。可愛らしいメイド服を着ているけど、豊満すぎる胸やお尻のあたりの布地が悲鳴をあげている。なんというか、すごい迫力だ。
一方で、こちらを心配げに見下ろす顔は幼さが抜けきらず、柔和そうなタレ目は小動物を思わせる。
髪は肩に掛かるくらいの青いショートボブで、額には小さな角。両耳はやや尖っている。
あれ……俺、この子を知ってる。幼馴染の専属メイド、ラミルルさんだ。彼女はオーガなのでこんなに大きいのだ。
——でも、それって何かおかしくないか……?
「クゥーン……?」
続いて隣から聞こえてきた鳴き声に視線を下げると、ソファの側に黒い犬が座っていた。
地球ではまず見ない大きな犬種で、人間の頭くらい簡単に噛み砕けそうだ。
しかし俺を見つめる瞳は優しく、親しげな雰囲気を感じる。
この子も知ってるぞ。彼は火を操るガルムという魔物で、親に捨てられていたところを俺が拾い、ベルと名付けた。俺の相棒だ。
ん……? やはり何かおかしい。記憶がこんがらがっているというか……
訳が分からず周囲を見回したところで、俺はびくりと固まった。
ソファの背後の壁に据えられた窓。そこに映る俺の姿に強い違和感を感じたからだ。
「え……だ、誰……?」
ソファから立ち上がり、よろよろと窓に近づく。
歪んだ窓ガラスに映っているのは、緑色の肌と尖った耳を持つ少年だった。
まだ大人になりきっていない顔付きや体の感じからして、中学生くらいの年齢だろう。
髪は短く切りそろえた黒髪。人相は悪いものの、どこか愛嬌のある整った顔立ちをしている。
そうだ……これは俺の顔だ。魔族のオークとして生まれた俺の。
そのまま呆然と窓の外を見下ろすと、そこには中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
ただし大通りを行き交うのは人族ではなく、俺のようなオークやゴブリンといった魔族の人々だった。
「あの、デュラン様……?」
「うぐっ!?」
デュラン。ラミルルさんにそう呼ばれた瞬間、強烈な頭痛と共に記憶が完全に蘇った。
——思い出した。地球世界の俺はカオスマキアのプレイ中に死んだ。
しかしその後、カオスマキアの世界に酷似した異世界に転生し、地球世界のことは忘れて生きてきた。
魔界の辺境に領地を持つヨーヴル男爵家の嫡男デュラン。それが今の俺なのだ。
そしてこのデュラン。原作にも登場する、ある意味での人気キャラなのだが……
「デュラン様……!? デュラン様!? しっかりして下さい!」
「ワンワン!」
頭を抱えガックリと膝を突いた俺の元に、ラミルルさんとベルが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫。ラミルルさん、ベル。心配かけてごめん」
立ち上がってそういうと、ラミルルさんは目を見開き、ベルは不思議そうに首を傾げた。
「ラ、ラミルルさん……!? それに、あのデュラン様が謝罪を!? あわ、あわわわわ……! どうしましょう……す、すぐに神官様をお呼びしないとぉ!」
「クゥーン……」
あ、そうだった……このデュラン、かなりアレな性格だった。
「デュフフフ、この俺様を心配とは……ラミルル。お前も随分と偉くなったものだなぁ?」
「ひぃっ……! す、すみませぇん! ほっ、よかったぁ。いつものデュラン様です」
「ワフーン……」
独特な笑い声と共に嫌味を言う俺に、彼女達は揃って安堵の息を吐いた。
うーん、このリアクション……心苦しいけど、暫くはこの悪徳貴族的言動を続けた方が良さそうだ。原作ファンとしてもデュランのキャラは尊重したいし。
——いや、今はそれよりも重要なことがある。俺はごくりと唾を飲み、口を開いた。
「ところでラミルル。今は……何年のいつだ?」
「へ? えっと、暗暦1313年の春ですけど……」
「1313年……てことは、来年じゃないか……!」
その答えに俺は再び頭を抱えた。
原作におけるデュランは、第一章の序盤で勇者と戦う中ボス的な立ち位置だ。
敵なのにどこか憎めないキャラクターで、登場から退場まで一貫した小悪党ムーブは芸術的ですらあり、最弱のボスとの呼び声も高い。
それが逆に受けたのか結構な人気キャラでもあり、俺もかなり……いや、はっきり言って大好きだ。
まぁそれはさておき……今から1年後、俺達魔族の帝国は人族の隣国へ大規模攻勢を仕掛ける。
その時、デュランは手勢を率いて勇者の村に攻め込み、あっさりと返り討ちにされるのだ。
つまり俺の余命は、あとたった1年しかないということになる……
「あ、あのぉ、デュラン様。このあとは天職神授の儀式の予定ですけど、延期にしましょうか……?」
ラミルルさんがおずおずと切り出した言葉に、俺は弾かれたように顔を上げた。そうだった……!
14歳になったこの世界の人々は、神から「剣士」や「魔法使い」などの天職を授かり、武技や魔法といったスキルを使えるようになる。
原作ではデュランの天職は不明だったけど、原作知識を持つ俺なら勇者に対抗できる程に鍛えられるはずだ……!
「いや、延期はしない……神殿に行くぞ、ラミルル! ベル!」
「えぇ……!? ま、待って下さい〜!」
「ワンワン!」
俺はどすどすと駆けてくるラミルルさん達を引き連れ、儀式が行われる神殿へと急いだ。
——そしてその数時間後。俺達は儀式を終え、男爵屋敷の元の部屋へ戻ったのだが……
「お、終わった……」
俺はソファーに力く座り込み、ぐったりと項垂れた。
儀式自体は滞りなく完了した。神官が魔族の神、暗黒神エレボロスへ祈りを捧げると、俺の脳内に天啓のようにその天職名が浮かんだのだ。
『魔物使い』
カオスマキアでは、プレーヤーである勇者はゲーム後半に様々な天職を習得可能になる。
俺も魔物使いを鍛えようとしたことがあるのだけれど……実はこれ、超有名なハズレ天職なのだ。
天啓が知らせる初期スキルは二つ。一つは普通の攻撃スキルでこれはまぁいい。
問題は二つ目の馴化だ。
これは魔物使いの代名詞とも言える魔法で、倒した魔物を確率で「仲間」にできる。
問題はこの成功率が、自身のレベルに反比例するということだ。
この仕様のせいで、俺も含めた殆どのプレイヤーは一体も仲間を作れなかった。
それに加え、仲間の魔物の数に応じて獲得経験値が頭割りされてしまうという、特大のデメリットまでついてくる……こんなにしんどい天職は他に無い。
「よく考えたら、原作のデュランはベルを従えて鞭を持ってたもんな……そりゃあ天職は魔物使いに決まってるか……はは、はははは……」
乾いた笑いが俺の口から漏れ出る。
そういえば原作のデュランは、今の俺の体型とはかけ離れた、ブクブクに太った巨漢だった。性格も今よりさらに酷かったと思う。
きっと授かった天職に絶望し、グレてしまったんだろうな……
ハズレ天職の魔物使いでは、強大な力を持つ勇者に対抗することは不可能だ。
何せ鍛える方法が思いつかない。やはり俺は、一年後に死ぬ運命らしい……
そのまま凹んでいると、ラミルルさんが泣きそうな様子で近寄ってきた。
「デュラン様……あの、その……す、すみませぇんっ……!」
「——何を謝る。お前には何の落ち度もない。何もな……」
「で、でもぉ……うぅ〜……」
ラミルルさんが涙目で大きな体を縮こまらせる。
実は彼女も儀式で天職を授かったのだ。それも、「重戦士」という中々に良い天職を。
ちなみにこの男爵領の領主、つまりは俺の父親の天職も「重戦士」だ。彼女からしたら気まずくてしょうがないんだろう。
「クゥーン……」
一方ベルは、気遣うように俺の手を舐めてくれている。
彼は自動的に俺の仲間に組み入れられたらしい。
彼との間に確かな繋がりが生まれ、それを介して彼の不安や気遣いの気持ちが伝わってくる……ごめんな、情緒不安定な飼い主で……
——いや待て……俺は、何を諦めようとしているんだ……?
俺が死ねば、ラミルルさんは、ベルはどうなる……? この世界の俺の両親だって悲しむはずだ。
それに俺は、まだカオスマキアのラストエンディングを見ていない。
バカみたいに時間と労力を注ぎ込んで、完全クリア直前まで行ったんだぞ……?
せっかく大好きなゲームの世界に転生したのに、ストーリーの序盤も序盤で、あっけなく勇者に殺されるのか……!?
「そんなの……死んでも死にきれない……!」
俺は絞り出すように叫び、必死に思考を巡らせた。
前世の心残り、カオスマキアのラストエンディングを見るためには、勇者達の魔王討伐を密かに手助けし、ストーリーを望む方向にガイドしていく必要がある。
けれどそのためには、まず一年後の勇者戦を生き残らないといけない。
ならば必要なのは力だ。考えろ。俺は誰よりもカオスマキアをやり込んできた人間だ。何か……何か方法があるはずだ……!
「——魔物使い……レベル……魔界……そうだ……! この状況なら、あれが使えるはず……!」
考え抜いた結果、たった一つ、現状を打開できそうな道筋が見つかった。
非常に高リスクだけど、成功すれば勇者にすら対抗できそうな方法が。
俺はゆっくりと立ち上がると、心配げにこちらを見る二人に向かって深々と頭を下げた。
「ラミルル、ベル。頼みがある。俺様に、お前達の命を預けてくれ」




